昼下がり2

 

 

 

夢だと思った。

優しく頭を撫でられる感触に、ぼんやり眼を開くと、彼がこちらを見て笑っていた。

それがずいぶん幸せそうな笑顔だと思ったので、自分も嬉しくて、キスしたいと思った。

気持ちが通じたのか、目元にやわらかい感触が触れた。

これは、良い夢だな、とぼんやり思う。

リーマスが嬉しそうに笑っている。自分から触れて、キスをくれる。

現実の彼は、それこそ、犬に触れる10分の一も自分に触れようとはしてくれない。

こういう行為に関して彼にはまったく積極性というものが無かった。

笑いながら口唇に触れる感触を確認する。

間違い無く良い夢だ。

もっとも、あまり自分につごうの良い夢を見ると、あとで彼の顔を見られなくなる。

そう思いながら、彼の髪を抑え、少し長いキスをした。

手を緩めると、少し間があって、彼が途惑うような顔をした。

こちらを見たまま、考えこむような気配がある。

ああ、やっぱり夢か、とおもった。しかし、目は覚めなかった。

彼の右手は長いことボタンを触っていたが、何度目かのキスの後、手元に視線を落とし、両手でボタンを外し始めた。

それから、こちらを見て、思い出した様にキスをする。

またボタンに視線を落とす。

彼の手が胸元に乗せられ、大腿に体重がかかった

彼の身体は仰天するほど軽かった。

常々痩せ過ぎだとは思っていたがやはりこれは酷い。

森の精霊とか樹の妖怪ではあるまいし。

そんなことを考えているうちに、彼の手が額やほほに触れ、首の血管のあたりを撫でるひんやりした指の感触を認識して眠気が飛んだ。

彼の手がシャツの前ボタンを全部外して、やたらに真剣な顔のまま、胸もとにキスを落とした時には、これが現実だと認めないわけにはいかなかった。

自分の置かれた状態と状況にこれはまずい、と思ったし、逃げ出したい衝動に狩られた。

情けないが、頭から血の気が引くのが分かった。

とっさに剥き出しの肩に置かれていた手に触れて、一瞬間、彼と見あう。

彼の顔は真剣そのものだった。

彼は、慎重といって良いような手つきで、一つ一つ確認する様に自分に触れていたが、自分を見下ろし、不安げな顔をした。

対応を検討し始めた頭の中で、いろんな言い訳や説得方法が羅列される。

けれど、彼が自分と同じ行動をとるという理由で彼を止めることは…どう考えてもものすごく不公平だ。

それを納得できる理由など見つけ出せない。

無理矢理にではあるが、彼に苦笑してみせると、観念して身体の力を抜いた。

改めて自分の状態を検証してみれば、シャツは腕に引っかかったまま。

どうにも上手くボタンを外せなくて途中で放り出したという呈だ。

たぶんそう言うことだろう。

そして脚の上には同い年の旧友がのっかっている。

改めて正気になってみても動くこともままならない、という重さではないが、自由に身体を動かせる状況ではなかった。

なにより、自分はさっきまで居間のソファで昼寝をしていた。

まだ窓の外は十分に明るい。

こんな状況で、自分のこういう状態を見せつけられるのはどうかと思う。

いっそ視線をさえぎりたかったが、自分も同じように視界から逃れようとした彼を戒めたことを思い出した。

彼が腕を投げ出したときがまざまざと浮かび、あきらめて目を閉じた。

わき腹に薄い舌の這う感触があって、身体が総毛だつのがわかる。

視覚が消えた分、もしくは緊張しているせいで、触覚が過敏になった気がした。

首や胸元にゆっくりと彼の舌や唇が触れるたび皮膚がざわつき、触れられた個所の体温が上がる気がして、感覚が不安になる。

なにより彼に見られていることが羞恥心を生む。

呼吸が浅く速くなる。

じりしりと熱は体内に蓄積していく。

わき腹をゆっくり撫でる手の圧力に背筋が強く緊張する。

気がつけば、押し広げられたまま伸ばされた脚は、持ち主の言うことを聞かない。

自分で身体を制御できない。

声を抑えるために歯を食いしばる。つまらないプライドだ。

いつもは彼の反応を不満に思ってしかけるくせに、と嘲う。

彼の指が丁寧に皮膚に触れるとときおり痙攣する様に動くのに、痺れたように震える身体が自分のものかどうかも怪しくなってくる。

触れられてもいないくせに、中心はそろそろ痛みを覚えるくらい熱を持ちはじめ、居たたまれなさはどうしようもない。

いっそ彼の手を取って押しつけようかと考えたし、彼を引き倒して滅茶苦茶にしたいとも思った。

触れられたとき、刺激に喉がうめくのは押さえられなかった。

とたん、手が離れる感覚があった。

シリウス、

かすれた声が耳に吹き込まれて、いつのまにか堅く瞑っていた目を開けた。

続けられた言葉に耳をうたがった。

シリウス、もしかして辛いの?続けても平気かい?

無理やり目を向けると本当に不安そうな顔のリーマスが覗き込んでいた。

苦しい?痛いとか・・・やめるかい?

どうしてここでそんなせりふがでるのか本気で理解不能だ。

ここで止められたら、自分は間違い無く懇願する羽目になる。

どうか続けてくれと。

これは意趣返しか?

…それとも、付けを払うということか。

自分の身体も精神も腹ただしいほど醜くて滑稽だ。

こちらを覗きこんでいるリーマスの首に、震える手を伸ばす。

彼の耳に続きを促すと、彼が動くのを待たずに腕を取って自分の上に引き倒した。

 

 

 

つぶやき

夏祭り前に緊急入院し、あきらめきれずに当日友人を代理主席させて配布した無料本に掲載。

先生は仕返しのことなど忘れていたけど、結果的には仕返しになってます、みたいな。

うん、黒田が切れた。


初出 07.18.07
再掲 10.03.28


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