ねえ知ってる?

 四葉に込められた五つ目の大切な願いを










四葉の中の五つの願い











 何時も何時も危険なことばかりして。

 何時も何時も独りで全て抱え込んで。

 心配で心配で仕方なかったから、彼が幸せであれるようにと願った。










「時間をかけなければ無理そうですね…」


 きっと今彼に告げるだけの決意は自分には出来ていないから、ゆっくり決意が固まるまでの時間稼ぎをしようと思った。
 元に戻った彼の幸せを願うのと共に…。



















「ん?」


 有名過ぎる程有名な両親や、自分宛に届く無数の手紙の中に一際鮮やかな白を見つけて新一は首を捻った。
 その純白の封筒の表を見れば『工藤新一様』とだけで、切手も貼っていないうえに後ろには差出人の名前も無い。

 脅迫状か何かの類かとも思ったが、その何処か彼を連想させる様な淡く輝く純白に何故か警戒する気にはなれずに新一はその場で封を切った。


「…やっぱりな」


 予想通り中から出てきたカードの独特の紙の材質とペンのインク、そして彼らしい気障な文面に新一は笑みを零す。





親愛なる名探偵殿へ


無事に元の姿へ戻った貴方に

私から四つのお祝いの言葉を送る事をお許し下さい


  先ずは一枚目……貴方に相応しい名声を





「名声か…」


 確かに『江戸川コナン』では得ることの出来なかった名声を今の自分は得ることは出来るかもしれない。
 それを新一が望む望まないに関わらず。


 相手を知らなければ皮肉とも取れるその祝いの言葉に笑みを深めれば、封筒にもう一枚紙の様な物が入っていることに気付く。


「…栞?」


 取り出して見てみれば、それはカードと同じ材質で作られている純白の栞。
 そこにはクローバーの葉が一枚綺麗に押し花になって貼り付けられていた。


「成る程。それで四つって訳か」


 一緒に入っていたカードの文面と栞とを見比べて新一は一人納得する。
 だとすれば先ほどの言葉も花言葉の類なのかもしれないが、それを調べようとは思わなかった。

 どうせ知るのならば彼からの言葉で知りたかったから。




















 それから一週間後同じ様に無数の手紙を郵便受けから取り出せば一週間前と同じ純白を手紙の中に見つけて、逸る気持ちを抑えつつ部屋に入ると他の手紙を放り出して封筒を開封した。





親愛なる名探偵殿へ


元の身体に戻られたからといって

読書のし過ぎはいけませんよ? 


二枚目は私の心配も込めて……貴方に素晴らしい健康を





「ったく…解ってるよ」


 毎日毎日お隣の科学者や幼馴染の彼女にも言われている事を彼にも言われて。
 ほんの少しぶすっとしながらも、彼が自分の事を気にかけてくれている事に妙にくすぐったい気持ちになる。

 何だか複雑な表情をしながら封筒を探ればやはり前回と同じ様にクローバーの貼り付けられた栞が入っていて、新一はカードを封筒にしまうのと交換にそれを取り出した。


「栞を送ってくる奴にンな事言われたって説得力ねえんだよ」


 彼に聞かせたらどんな顔をするのだろうかとそんな言葉を紡ぎ、近くにあったお気に入りの小説に栞を挟んだ。
 残りの二つの言葉に思いを馳せながら。




















「ついてねえよなあ…」


 天気予報は晴れだったというのに軽く降ってきた雨の中帰宅すれば、今し方入れて行きましたとばかりに郵便受けの一番外に入っていたにも関わらず濡れた後の見えない純白の封筒を見つけて。

 手で服の雨を掃った後、手紙を手に取ると急いで部屋へと駆け込み一旦手紙を置いてタオルを取りに戻る。
 濡れないように先に自分の濡れた部分をタオルで拭いて、完全に全てが乾いてから部屋に戻り封筒を再び手に取った。





親愛なる名探偵殿へ


余り丈夫な身体ではないのですから

せめて何時でも傘ぐらい買える様にはしておいて下さいね?


三枚目は貴方が雨に濡れない事を祈って……貴方に充分な富を





「…今日は財布忘れただけなんだよ!」


 あいつどっかで蘭と俺の帰りの会話聞いてやがったな…。
 何処で聞かれていたのかと思いを巡らせて、けれど思い当たるところは無くて悔しさにカードを指先で弾いた。


「ったく…お節介な奴だよなお前は…」


 けれどそれが彼の優しさからなのは痛い程解っているから口元にはやはり笑みが上ってしまうのだけれど。
 カードをテーブルに置き、封筒を探ればやはりクローバーの葉の貼り付けられた栞が出てきて。

 これが三枚目であるから…。


「あと一枚か…」


 それが楽しみであり、終わってしまうのが残念で。
 新一は複雑な気持ちを抱えたままカードと栞を再び封筒にしまうと、それを大切に引き出しへと仕舞ったのだった。




















「今日で最後か…」


 一週間に一通送られてきていた彼からの手紙。
 彼が最初の手紙で言っていたのは『4つ』
 そして今日は最後の手紙が届く筈の日。

 その事に朝からソワソワと浮き足立つ気持ちを抑えられず、本に視線を落としてはいるがページを捲る手は止まったまま。

 気にはなるがそれでも自分には待つことしか出来ない。
 時間の進むのが異常に遅く感じられて、仕方なくコーヒーでも淹れるかと立ち上がった時窓の外を一つの影が通り過ぎた。

 その一瞬見知った彼の気配を感じて、けれど新一は急ぐでもなくゆっくりと郵便受けへと向かった。

 彼の正体を知りたいという好奇心は無い訳ではないけれど、それよりも今は彼の祝いの言葉の続きをゆっくりと聞きたいと思ったから。

 郵便受けに目指す純白を見つけて、他の手紙はそのままにそれだけを手に取るとリビングのソファーに腰を下ろし封筒を開封した。





親愛なる名探偵殿へ


貴方に送るお祝いの言葉もこれで最後になりました

最後に心を込めて貴方にお祝いを


この手紙を心待ちにして下さっている事を祈りつつ……貴方に満ち足りた愛が訪れますように





「満ち足りた…愛?」


 最後の彼からの祝いの言葉に新一は首を傾げた。
 今までのものは少なくとも何かの関連性はあったのに…。


「…ん?」


 首を傾げつつ封筒に何時もの栞を求めれば、封筒の中には何時もの様に栞ではなくもう一枚カードが入っていた。






今宵四枚目のクローバーの葉と共に

貴方の元へ五つ目の願いを持って参上します






「あいつらしいな…」


 てっきり四枚目で終わりだと思っていたのに、毎回毎回予想を裏切ってくれる彼の行動に新一は気分が高揚していくのを感じる。
 そして、関連性がなかったのはその為かと納得すると新一は引き出しから今まで届いた封筒を大切そうに取り出した。


 一枚目は『名声』

 二枚目は『素晴らしい健康』

 三枚目は『富』

 四枚目は『満ち足りた愛』


 関連がありそうで関連のない四つの祝いの言葉。

 祝いの言葉の書かれた四枚のカードと、クローバーの貼り付けられた三枚の栞。
 そして予告状の様な最後のカード。

 それらをテーブルの上に広げて新一はふむ…と何時ものポーズで考えに浸る。

 彼の五つ目の願い…とは何なのか、それを推理する事で時間潰しをする。
 それは迷宮無しの名探偵と言えども、決して答えの出ない推理ではあったのだけれど。















 ひっそりと夜の帳が降り工藤邸に明かりが灯された頃、一つの白い影が新一の部屋のベランダへと降り立った。
 視界の中に待ち望んだ純白を確認した新一はベランダの窓を開け、自分の部屋へと彼を招き入れてやる。


「こんばんは。名探偵」
「随分早かったんだな」


 予告通り今宵ではあるけれど、彼にしては随分と早い訪問時間。


「余りお待たせするのもどうかと思いまして」
「別に待ってねえよ…」


 不機嫌そうに言ってもきっと待っていたのは彼にはばれてしまうだろうけれど、それでも自分を保つ為にその言葉を紡ぐ。


「ええ、解っていますよ」
「………ムカツク」


 何もかも見透かされた様に言われた彼の言葉に何だかどっちが探偵だか解らないと思いながらそう言えば、常のポーカーフェイスではなく素の表情で苦笑されて。
 その彼の表情に新一の機嫌も少しは浮上したのだけれど、それを表面には出さずに表情は不機嫌さを保ったままにする。


「それは困りましたね…ならこれで機嫌を直しては頂けませんか?」


 新一の不機嫌そうな顔にKIDが更に苦笑するのと共に、ポンッと何時もの様に取り出されたのは血の様に真っ赤な薔薇とそれと対照の真っ白な霞草の花束。


「……ンなもん用意してたのかよ…」
「名探偵にお渡ししたくて」
「男に薔薇の花束なんか用意するなって…。まあ一応貰ってはやるけどな」


 新一は嫌そうに、けれどしっかりとその花束を受け取ってとりあえず彼にソファーを勧めてやる。


「ありがとうございます」
「取り合えず、これ花瓶に生けてくるから待ってろ」


 花束を持って部屋を出ようとして、新一はKIDを振り返る。


「ついでにコーヒーでも淹れて来るがお前は何がいいんだ?」
「お任せしますよ」
「…俺ははっきりしない人間は嫌いなんだが?」
「それでは紅茶を頂けますか?」
「わかった」


 それだけ言うと新一はドアを開け廊下へと出る。
 彼を視界から外した後、相変らず苦いのが駄目なんだな…等と思いながらドアを閉め一呼吸置き不思議な緊張から自分を解き放つ。

 何かが何時もと違う…そんな気がする。

 常の彼とは何故か纏う雰囲気が違う気がして、けれどそれがどう違うのか自分でも明確には解らなくて。
 でもそれが不快な物でない事だけは明確に解っているから、新一は小さく口元に笑みを上らせると花を生ける為静かに階段を下りていった。










「ふぅ…」


 新一が出て行った部屋の中でKIDは天井を仰ぎ見ながら溜息を吐いていた。

 告げようと思っていた言葉を言い出すにはまだ決意が固まっていなくて。
 決意を固める為にわざわざ一週間おきなんて手間と時間のかかる事をしたというのにそれでも時間は足りなくて、自分自身に時間を作ってやりたくてあんな物を出してみたりして。
 土壇場での自分の行動に内心で苦笑しつつ、そっと手の中で最後の一枚の栞を弄ぶ。


「最後の一枚…」


 これを渡す為に今日はやって来た筈なのに取り出してしまったのは別の物で。
 それでもあれも彼に渡したい物ではあったのだけれど。

 時間に余裕を持って来た事が幸いしているのか、それともそれが災いして中々言い出せないのか。
 最後の言葉も今まで同様にあのカードで伝えた方が良かったのだろうか…。

 そんな気弱な事を考えて、それでもその考えを振り払うかのように緩く首を振る。
 これだけは自分の口で、自分の言葉で伝えたいと思ったから。


「貴方に五つ目の願いを…」


 そっと口の中だけで予行練習のように呟いて、一人きりの部屋の空気を震わせた。










 ――コンコン


 そのままぼおっと天井を見上げて待っていれば、自分の部屋にも関わらず律儀にノックしてくれる新一にKIDは笑みを零す。


「入るぞ」
「どうぞ。…まったく自分の部屋に入るのにノックは必要ないでしょうに」
「お前の場合は別なんだよ」


 トレーの上に2つのカップと砂糖とミルクを乗せて戻ってきた新一に苦笑しながら言えば何やら意味深にそう言われて。
 何がどう別なのか今一つ解らなくはあったのだが、取り合えず彼の中の別格に居られるならそれはそれでいいかと勝手に納得して。


「ほら」
「ありがとうございます」


 隣に腰を下ろした彼に勧められるまま紅茶に口を付けた。
 しかしそこで同じ様にコーヒーに口を付けた彼の持ってきたトレーの上に、彼には必要の無いものを見つけて首を捻る。


「名探偵?」
「何だ?」
「そのお砂糖とミルクは?」
「あ? ああ、お前用にと思って。前に入れてたからいるかと思ったんだが…」


 コーヒーじゃないから必要なかったか?と新一に問われて、KIDはほんの少し驚いた顔になる。


「覚えていて下さったんですか?」
「ああ。流石にコーヒーに砂糖五杯入れる奴は初めて見たからな」


 くすくすと笑いながら言われれば流石に少し恥ずかしくなって。


「名探偵…それを言いたくてわざわざ持ってきた訳じゃありませんよね?」


 なんて嫌味の一つも言ってしまいたくなったのだけれど。


「それもあるかもな」
「名探偵!」
「冗談だ」


 肯定されてムキになれば余計に笑われて。
 KIDはふぅっと溜息を吐いてソファーの背もたれに少しだけよりかかる。


「名探偵…余り虐めないで頂けますか?」
「悪い悪い」


 言葉こそ謝ってはいるが更に笑い声が大きくなっている事に何だかバツが悪くなって。
 少しだけ彼から視線を逸らす。


「そんなに拗ねるなって」
「拗ねてませんよ」
「拗ねてるじゃねえか」


 視線を逸らしたKIDにからかうように新一はそう言って、わざとKIDと視線を合わせてくる。
 意図的に合わせられた綺麗な蒼が視界に広がって、その蒼さに魅了されて気がつけば腕の中に彼を閉じ込めてしまっていた。


「KID…?」


 突然のKIDの行動に戸惑いがちに呼ばれた名前に答えることなく、KIDはそのまま新一を抱きしめたままで彼に問う。
 きっと今を逃したら一生言えない…そんな気がしたから。


「名探偵…四葉のクローバーに込められた願いをご存知ですか?」
「いや…知らない」


 そして返ってきた予想通りの言葉にKIDは満足げに微笑んだ。


「四葉のクローバの葉には一枚に一つずつ込められた願いがあるんですよ」


 一枚目は『名声』

 二枚目は『素晴らしい健康』

 三枚目は『富』

 四枚目は『満ち足りた愛』


「それ…今まで貰ったカードの…」
「ええ。そしてこの願いが込められた四枚の葉がそろった時の意味は…」
「意味…は?」


 意味深に言葉を切ったKIDに新一はKIDの腕の中で首を捻る。
 すると突然それまで新一を抱きしめていたKIDが突然新一から手を離し、新一の頬を包み込むように新一の顔に手を添える。


「四枚の葉が揃った時の五つ目の願いは………True Loveなんです」
「True Love…?」


 KIDの言葉を反芻する新一にKIDは静かに頷くと、自分の心を落ち着ける為にほんの少しの間を置いた。
 そして不思議そうに揺れる新一の瞳をしっかりと見詰めて先を続ける。


「…名探偵。私からの五つ目の願いを聞いて頂けますか?」
「何だ?」
「私は…貴方の事を愛しています」
「…お前が俺を…?」
「はい」


 にっこりと微笑んではっきりとそう告げれば、KIDを映したままの新一の瞳が驚きで数度瞬かれて。
 名残り惜しくはあったけれど彼から手を離してポンッという音と共に最後の一枚の栞を取り出し彼に差し出す。


「名探偵…受け取って頂けますか?」

 私からの五つ目の願いを受け取って下さいますか?


 KIDの不安と戸惑いを含んだ最後の一枚に新一は手を伸ばし、けれどそれを受け取る寸前で手を止めた。


「…受け取ってもいいのか?」


 躊躇いがちに言われたその言葉にKIDは先を急かすでもなくただ優しく微笑む。
 そんなKIDの表情に新一も笑顔になるがそれも一瞬の事で、直ぐにその表情は硬いものになる。


「俺はお前にとって害にならない存在では無い筈だ。出来る限りそうはなりたくないけれど…何時かもしかしたら敵に回らなければならない日が来るかもしれない」

 ―――それでも俺にこれを受け取る資格はあるのか?


 真っ直ぐに、何時でも真実を見つめ続けてきた瞳がKIDの真意を探るように向けられて。
 新一の不安を払拭する様にKIDはただその瞳を優しく見つめ返す。


「貴方に捕まるなら本望ですよ」

 ―――受け取って頂きたいのです。他でもない貴方だから。


 KIDの言葉に頑なだった新一の表情がこれ以上無いと言う程輝いて、四枚目の最後の栞はその葉に込められた願いと共に新一の手の中にすっぽりと包み込まれる。
 受け取って貰えた事にKIDはにっこりと微笑んで、そっと新一を抱き寄せた。

 抱き寄せられた腕の中で新一はその温もりに目を細めつつ、頭をKIDの胸に預け呟いた。


「なあ…KID…」
「何ですか?」
「今度探しに行くのに付き合ってくれないか?」
「何をです?」

「四葉だよ…俺もお前にやらなきゃいけないだろ…?」



 ―――四葉に込められた大切な五つ目の願いの……真実の愛をな…










END.


サイトを立ち上げた時からずっと使いたかったネタ。
やっと書けたよ…中途半端だが(苦笑)




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