さあ、ショーの幕は上がった
主役は彼と彼女
所詮俺は、君等を楽しませるだけの唯のピエロなんだからさ…
仕組まれた崩壊【第五章】
『Ladies and Gentlemen…』
流暢な英語で紡がれる彼のショーの始まりを告げるセリフ。
あんな事があった後で。
あんな風に言われた後で。
本当はまともに観れる筈などなかったのに―――気付けば新一の視線は舞台へと引き寄せられていた。
『今宵は私のショーへようこそ。暫しの時間ではありますが…今宵一つの奇跡を貴方に……』
そう言って快斗は観客へ頭を下げると、その手の周りにふわっと金の粉の様なモノが舞った。
その粉が徐々に大きくなっていき、数羽の金の蝶になって会場をふわふわと飛んで……消える。
幻想的な光景に観客もうっとりとした溜息をついた。
そこからはもう、観客も、そして新一も、唯々快斗を見詰め続けていた。
快斗の手から生まれていく魔法に、唯々魅了されていく。
生まれては消え、消えては生まれる魔法に感嘆の溜息が溢れた。
時間すら忘れて、マジックという名の魔法をただ見詰め続けた。
そして、ショーも終盤に迫った頃、ステージに一つのテーブルが用意された。
快斗は何もないところからカードを取り出すとにっこりと笑う。
『そちらの青いワンピースの素敵なお嬢さん。宜しければこれから私が語る物語のお手伝いをして頂けませんか?』
青いワンピース。
その単語に新一はその場を見渡した。
それは明らかに―――蘭を指していた。
「えっ…私…?」
「っ…」
一体何を考えているのかとも思ったが、それでもショーを中断させる訳にはいかなくて。
新一は仕方なく蘭に向けて無理矢理に笑顔を作った。
「いいじゃないか。行ってやれよ」
「で、でも…」
「大丈夫だって。アイツ居るんだし」
「そ、そうだよね…」
新一の言葉に多少は安心した蘭は席を立つとステージへと歩いて行った。
蘭を快斗は笑顔でステージへと上げ、その手にカードを取らせる。
『私がこの物語を無粋にも壊してしまわないように、どうぞこのカードを確認して下さい』
蘭がカードを確認し、さらに快斗はそのカードに仕掛けがないと示す様にカードをテーブルに広げて見せた。
そして再度カードを纏めると、蘭にきって貰いカードを受取った。
『有り難う御座います。これで私も安心してこの物語の語部を努める事が出来ます』
そして、コホンっと一つ咳払いをして語り始める。
『ある日、自国の国王を守るべき筈の騎士は、あろう事か他国の女王様に恋をしました…』
言いながら、右手でカードを捲り、目の前のテーブルに置いていく。
一番上に乗っていたのはスペードのジャック。
二番目にはハートのクイーン。
『それに気付いた王様は、女王様を騎士から引き離す為に塔に閉じ込めてしまいます。』
三枚目に取り出されたのはハートのキング。
そして、塔に閉じ込められるという様にハートのクイーンは再びカードの束の中へ閉じ込められてしまう。
『少し意地悪な役を頼んでしまって申し訳がありませんが、王様の為です。女王様を抜け出せない様にしっかりと閉じ込めてもらえますか?』
そう言って、蘭に快斗は再びカードを渡した。
蘭はちょっと戸惑いながらもこくんと頷くとそのカードを切る。
そのカードを受取って、快斗はそのカードの束をテーブルの右端へと置いた。
『有り難う御座いました。それではお手伝い下さったお礼に心からの敬愛を籠めてコレを…』
そんな言葉と共にポンッという小さな白い煙幕に包まれ表れたのは真っ白な薔薇。
それを受取ってにこやかに蘭は席に戻って来た。
「ちょっとドキドキしちゃった…」
「ああ、お疲れ様」
そんな風に言ってちょっと恥ずかしそうに戻ってきた蘭の手に持たれていたのはアイツらしくない小輪の薔薇。
「コレ、手品用の造花の花なのかと思ったら生花なんだね。ビックリしちゃった」
「………」
「真っ白で可愛いね」
「あ、ああ…そうだな…」
確かに綺麗だが、舞台栄えさせるならもっと華やかな色の方がいいと思うのだが…。
そう一瞬新一は思ったが、正直それを気にしていられる程、新一にも余裕がなかった。
あの光景を、新一は胃が痛くなりそうな思いで見ていたのだから。
随分な設定ではないか、と。
意図的としか思えなかった。
あの時、新一の方を快斗がちらっと見た気がした。
それは気のせいだったかもしれない。
けれど、蘭がカードをきり終わって戻ってきた時には新一は居た堪れない気持ちでいっぱいだった。
そんな新一の気持ちを知ってか知らずか、快斗は物語を勧めていく。
『それでも安心出来ない王様は、その騎士を殺してしまう様に自国の兵士に命令するのです』
そう言ってカードの束の一番上から取り出されたのはハートのジャック。
先程取り出されたスペードのジャックの横に、ハートのジャックが置かれた瞬間、二枚の薄っぺらなカードがむくっと起き上がった。
そして争う様に飛んだり跳ねたりを繰り返す。
しかしそれも段々と高さを落として行き、ハートのジャックはそのまま立ち上がったままだったが、遂にスペードのジャックは倒れ一瞬小さく燃えた炎によって半分ほど燃えてしまう。
会場からはそれを「あぁ…」と惜しむ様な声が聞こえた。
『可哀相な騎士は王様の国の兵士に負けてしまいます。それでも女王様への想いは消えないまま…』
その声と共に、半分になってしまったスペードのジャックが再び起き上がる。
よろよろと、苦しそうに。
『最後の力を振り絞り、女王様に一目だけでも会いたいと必死に塔までの道のりを一歩一歩、歩いて行きます』
ゆっくり、ゆっくりとそのスペードのジャックはカードの束へと近付いていく。
するとふわりと風が吹き、カードがぱらぱらとスペードのジャックの脇をすり抜けて飛ばされていく。
『おやおや、お節介な魔法使いが女王様の願いを聞き届けた様ですね。それでは…私も協力すると致しましょう』
そう言ってクスッと笑うと、快斗はパチッと指を鳴らした。
すると、そのぱらぱらと飛び散るカードの中から一枚がむくっと起き出した。
それは……望まれたハートのクイーンだった。
『こうして、騎士と女王様は漸く最後の一目だけ会う事を許されました。それが―――最後の逢瀬だったのです』
快斗が少しだけ声のトーンを落としてそう言うと、半分だけになったスペードのジャックを支えるように、ハートのクイーンも一緒にぱたりとテーブルに倒れ落ちてしまう。
ヒラヒラと舞い散っていたカード達が白い薔薇の花弁に変わりひらひらと二枚の倒れた上に降り注いでいく。
『出逢わなければ二人は幸せだったのかもしれません。けれど……出逢えたからこそ幸せだったのかもしれません……』
そう言って快斗は神妙な面持ちをしてみせる。
『今貴方の隣に大切な人は居ますか?
もし今いらっしゃらなくても、この先きっと巡り逢える筈です。その出逢いをどうか大切にして下さい。
もしも今、隣に貴方の大切な方がいらっしゃるのなら――――――――その方を…どうぞ大切にして下さい』
そう言って快斗が頭を下げ、照明が落ちた。
会場がシンっと静まり返る。
ただ、一筋ライトがテーブルに当たったままだったから。
そのライトの中、ふわっと風もないのに花弁が舞い上がり、舞い上がった花弁は淡い桜色へと変化する。
その下からむくっと現れたのは――――半分にスペードのジャック、もう半分にハートのクイーンが描かれたカード。
そして、快斗の声だけが其処に響く。
『そうそう、お節介なのは魔法使いだけではなかったようです。余りにも二人を不憫に思った神様が―――二人をいつまでも見守っていてくれる事でしょう』
ふわりと舞い上がった桜色の花弁がカードの周りに一瞬だけハートを作るとそこで照明は落ちた。
舞台の照明が落ちて、元の白熱灯が灯っても会場は少しの間余韻に浸っていた。
それは新一としても例外ではなく、その余韻に酔っていると新一の手に暖かい手が触れた。
「蘭…」
「ねえ、新一…私達……ずっと一緒だよね?」
不安そうに尋ねてくる彼女。
きっと最近の新一を見て何かに感付いたのかもしれない。
確信はなかったが、そんな気がした。
頷けば良かった。
アレだけの魔法の後だ。
余計な言葉も、余計な行動も必要ない。
ただ頷けばそれで良かった。
それで上手く行く筈だった。
全て―――何もかも上手く行く筈だったのに…。
「ごめん…蘭…。俺本当は―――」
けれど、新一の口から発せられたのは、肯定ではなく否定の言葉だった。
「あー…何やってんだかな、俺……」
舞台を終え、控え室で快斗は一人ソファーの背に凭れ掛かったまま天井を見上げていた。
我ながら馬鹿な事をしたと思う。
しかも今日は彼との記念日だというのに。
でも、どこかすっきりとした思いもあった。
「まあ…いいか……。コレで全部はっきりしたんだから」
最後の賭けだった。
彼女にアレを渡した時から考えていた事。
そして―――昨日決めた事。
もうこれ以上自分の気持ちを押し留めておくなんて無理だった。
こんな気持ちを押し殺したまま新一の傍に居られる筈などなかった。
本当は彼を自分のモノにしてしまいたかった。
許されるなら彼を攫ってでも、無理矢理にでも自分のモノにしてしまいたかった。
けれど、彼をきっとどんな方法で手に入れても、例え彼がもしも万が一望んで俺を選んでくれたとしても――彼女を裏切った事に彼はきっと一生苦しむだろう。
苦しめたくない。
傷つけたくない。
彼を―――悲しませたくない。
本当は彼を傷つけて。
傷つけて、傷つけて。
ボロボロになった所を優しく抱き止めてやろうと思っていた。
そうすれば、素直に彼は自分の腕の中に納まっただろう。
けれど、傷付く彼をずっと傍で見て居られる程自分は冷淡な人間にはなりきれなかった。
だから、彼を悲しませる自分なんて彼の前から居なくなってしまえばいい。
だって彼にはちゃんと彼女が居るのだから。
だから、安心して自分は居なくなる事が出来る。
優しくて。
強くて。
真っ直ぐで。
自分みたいな犯罪者とは比べ物にもならない天使がいるのだから。
余りにも穢れがなさ過ぎて。
純粋過ぎて。
自分とは違い過ぎるその存在に嫉妬して少しばかり意地悪をしてしまったけれど、きっと彼女は気付いていないと思う。
アレは自分の最後のちょっとばかりの意地悪だ。
でも、今頃は彼と仲良くやってくれているだろう。
それで快斗は良かった。
やっと肩の荷が下りた気がした。
「……さてっ、と。後片付けでもして帰るかな……」
本来なら、いつもなら閉店時間までショーを見てくれたお客さんの相手をして過ごして、その後スタッフに混じって飲みにでも行くところだが、流石に今日はそんな気分になれないだろう事は最初から分かっていた。
だから、知り合いであるここのマスターに頼んで申し訳ないが今日は終わったら直ぐに帰して貰えるようにお願いしてある。
正直彼と彼女に会うであろう前にさっさと帰りたかった。
一つ溜息を吐いて快斗はソファーから起き上がった。
その時、そのポケットからするっと一枚のカードが抜け落ちた。
「ああ、最初に抜いたヤツ入れっぱなしだったっけ……」
使ったのは五十二枚。
今の自分には丁度いい。
快斗はクスッと笑ってそのカードを弾いた。
タロットカードの愚者が原型となったとも言われているそのカード――――――ジョーカーを。