ごめんね、新一
全部俺の我儘だと
全部俺の意地悪だと
本当は自分でも分かってるんだ
でも、一つだけ言えるのは
このままの状態で居られる程
俺の想いは生半可な想いじゃないって事だけ
仕組まれた崩壊【第四章】
中に入ると店内は薄暗く、けれど暖かい白熱灯の間接照明で足元まできちんと見えるぐらいの明るさはあった。
外から見た感じではそこまで広くはないのかと思ったのだが、中に入るとそうでもないのだと分かる。
正面にステージ。
その前に四人掛けテーブルが八つ。
左奥に恐らく六人程座る事が出来そうなカウンター。
意外にも広さのある場所だったが、テーブル席には一つを除いては『Reserve』の文字の書かれたプレートが置かれている。
蘭がなるべく早く付く様に計算していた様で、時間には大分余裕があるから人は疎らにしか入っていないが、今日は予約無しではほぼ入れないのだろう。
それに余計に足が進まなくなった。
彼は自分を今日誘ってくれて。
それでもきっと断られると踏んで、蘭にまで手を回して俺がココに来る様に仕向けた。
正直頭が混乱して正常に考える事が出来ない。
彼の意図が余りにも分からない。
「工藤新一様、毛利蘭様ですね?」
「ええ…」
「どうぞこちらへ」
入り口を入って少し行った所でそう声を掛けられた。
ここのスタッフの様で、ベストスーツを来た男に案内されるままに席に着く。
其処はステージの正面の席で、恐らくは一番良い席を彼が選んでくれたのだろうと予測がついた。
「新一、ここ一番良く見えるんじゃない?」
「あ、ああ…」
「やっぱり黒羽君、新一に観て欲しかったんだね。だってこんな良い席…」
「悪い、蘭。俺ちょっと…」
トイレに立つ振りをして、新一は席を立った。
どうしても――― 一言アイツに言ってやりたくて。
少し席を離れて、蘭がこちらを見ていないのを確認してからこっそりとさっき案内してもらった男に声を掛けた。
「すみません。本番前で忙しいとは思うんですが、かい……黒羽さんに会えますか?」
「ええ。承っております」
どうぞこちらへ。
そう言って彼は当然の様に控え室へ新一を連れて行ってくれた。
快斗があらかじめ頼んでおいたのだろう。
それにもっと眩暈がした。
全て――彼に躍らされていたのだと。
―――コンコン。
「どうぞ」
予測済みなのだろう。
誰かも確認せずにそう言った快斗に遠慮する事なく新一は扉を開いた。
「……お前、どういうつもりだ」
「何が?」
「何がじゃねえよ…とぼけるのもいい加減にしろ」
本当は胸倉に掴みかかってやりたい位だったが、きちんと舞台衣装に着替えていた快斗にそうできる筈も無く。
ましてや外に居るスタッフに聞かれる訳にもいかないから怒鳴る事も出来ず。
新一は押し殺すように声を絞り出すと快斗を睨み付けた。
「蘭まで懐柔して…お前一体どういうつもりなんだ?」
「別に。俺はただ純粋に新一に観に来て貰いたかっただけだよ」
「でも、昨日は別にいいって…」
「ああ、言ったね。でも新一だって言ってくれなかったよね? 今日の約束の相手が蘭ちゃんだって」
「それは…」
後ろ暗さがなかったと言えば嘘になる。
快斗の約束を断って蘭と出かける。
それを、昔は素直に言っていた筈だった。
言えなくなったのは―――いつからだったのだろう。
「それにしたってこんなやり方…それにお前、もう先週蘭を誘ったって…」
「ああ、誘ったよ。新一がこうでもしないと来てくれないって予想してたからね。
俺の方が例え先に新一を誘ったって新一は蘭ちゃんを優先する。そんなのは分かってたから」
「っ……」
「俺は……今日に賭けてたんだよ」
「賭けてた…?」
「新一が今日ココに自主的に来てくれるか、それとも……俺の作戦でココに来る事になるのか。それに俺は最後の賭けをしたんだ」
「どういう意味だよ…」
じっと新一を見詰め、少し冷めた様な声で、それでいてどこか子供が拗ねている様な色を湛えながら、それでも淡々と語る快斗に新一は訳が分からず戸惑うばかりで。
そんな新一の困惑の表情に快斗は自嘲気味に笑って見せた。
「さぁ? そんなのは自分で考えてみろよ、名探偵」
「快、斗…」
目の前の快斗の表情に新一はどう取り繕っても動揺を隠せなかった。
それは嘗て――自分達がこういう関係になる前に、それこそきちんと話も出来なかった頃に向けられた彼お得意のポーカーフェイス。
その意味に新一は気付く事が出来なかった。
「悪いけど、本番前なんだ。そろそろ行ってくれないか? 気が散る」
「でも…」
「話なら後で聞くよ……全部終わった後に、ね」
そこまで言って、これで終わりだと言う様に新一から快斗の視線が逸らされる。
その眼はもう真剣その物で、快斗の視界にはもう自分は入っていないのだと新一は痛感した。
「悪い。本番前に…邪魔したな…」
一言小さくそう呟くと、新一はそっと控え室から出て行った。
少しだけ、寂しげに笑った快斗の表情の変化に気付く事が出来ない程俯きながら―――。
「あ、新一。もしかして黒羽君に会いに行ってたの?」
「あ、ああ…」
少し長い時間席を外していたからだろうか。
こっそり行ったつもりが結局はばれてしまった。
「新一? どうかしたの? 気分でも…」
「いや、大丈夫だ」
顔に出てしまっていたらしい。
心配そうにこちらを伺う蘭に新一はそう言って笑って見せる。
彼女に気付かれてはいけない。
今、彼女に気付かれる訳にはいかない。
「それならいいんだけど…。新一、まだ時間あるし…」
「ああ。何か食おうぜ?」
努めて、努めて、新一は普段通りの自分を演じる事にした。
「そろそろだね。何だかワクワクしちゃう!」
「ああ…そう、だな……」
午後九時五分前。
彼のショー観たさに集まった観客が店内を埋め尽くしていた。
チラッと後ろを見れば何人か立ち見客までいる。
今まで知らなかった。
アイツがこんな風に人に観られている事など。
けれど、予測はしていた。
だから―――来たくはなかったというのに…。
そんな新一の気持ちなどお構い無しに照明が暗くなっていく。
これから始まるショーが、新一にとってどれだけのモノになるのかなんて気にも止めずに。
新一、俺はね
本当に本当に新一の事大切だって思ってるから
だから、だからね
今日全てはっきりさせてしまおう?
これ以上、悩んで苦しむ新一の姿を俺は見ていられないんだよ…。