ねえ、新一
 折角の記念日を君は忘れてしまっていたよね?


 きっとそうだろうと最初から分かってはいたけれど
 アレは最後の賭けだったんだ


 だから、新一
 俺は―――俺なりの方法を使わせてもらうよ?















仕組まれた崩壊【第三章】
















「新一! こっちこっち!」
「ああ、わりぃ…ちょっと出かけに目暮警部に捕まっちまって…」
「いいのよ。事件でしょ? 名探偵さんも大変ね」


 日曜日の午後三時過ぎ。

 約束の時間から二時間も過ぎてしまったというのに、蘭は待ち合わせ場所で待っていてくれて。
 しかも、笑顔で俺の事を迎えてくれた。

 本当に優しいのだと思う。
 それにいつも甘えてしまって申し訳ないとは思うけれど、どうしても事件を優先してしまう自分。
 それはもう本能とも言える物で、本人にも止められる訳ではない。

 それを彼女は理解してくれている。
 本当に良い恋人なのだと思う。


「ホント悪い…」
「いいってば。それより、今日は荷物持ち宜しくね?」
「ああ」


 早く早く、と蘭に急かされるままに駅から程近いショッピングモールへと連れて行かれた。









「コレなんかどうかな?」
「んー…ちょっと色派手過ぎるんじゃねえか?」
「そうかなぁ? でも折角テレビに出るんだからこれぐらいしないと…」
「は、ははっ……」


 何でも『名探偵の私生活に密着』とかいう番組に今度おっちゃんが出演するらしい。
 その洋服選びらしいのだが……幾らなんでもいい歳をした大人の男にその色はと思ったんだけど…。


「うーん……やっぱりコレにしよ! じゃあ、買ってくるからちょっと待ってて貰っていい?」
「ああ」


 そう言ってレジに行った彼女を見送って。
 新一の目は近くにあった綺麗な色のシャツの上で止まった。


「コレ…」


 綺麗な綺麗な濃藍。
 彼の瞳の色よりも暗くは見えたけれど、彼を連想させるソレを思わず手に取っていた。


「アイツに似合いそうだな」


 本当に、彼女と居る時に何を考えているのかと思う。
 それでもソレは余りにも綺麗な色だったから―――。


「しょうがねえな…買っててやるか」


 思わずソレを買ってしまったのはほんの気紛れ。
 ただ、色が綺麗だった。それだけだ。




















「新一、何買ったの?」
「あ、ああ…ちょっと、な。最近洋服買ってなかったから…」
「ふーん…」


 蘭がレジをしている間に一つ空けた他のレジで会計をして一緒に店を出た。
 新一の手に袋が持たれているのに気付いて訝しげに蘭は見詰めて来たが、それ以上深く追求はしてこなかった。


(メンズ物しか扱ってない所だもんな…)


 これがレディースの物も扱っている所だったら怪しまれる所だろうが、その心配はない。
 それに複雑な思いが生じる。


(相手が男だなんて思わねえよな…)


 溜息を吐きそうになって、慌ててそれを押し留める。
 一昨日快斗に言われた言葉を思い出して。



『隠し通してやるのも優しさだろ? 新一がそんなんじゃ蘭ちゃんにばれる日もそう遠くないよ?』



 確かにそうなのかもしれない。
 そう思う。

 快斗との関係も。
 蘭との関係も。

 どちらもまだ手放せないし、手放したくない。
 きっと人として、恋人としては最低なのだろうと思うけれどそれが事実。

 だから、今は…今だけは―――。


「新一? どうかした?」
「いや、何でもねえよ。そろそろ夕食でも食うか?」
「あ、それなんだけど…」


 ごそごそと蘭が鞄を探る。
 それに新一が首を傾げていると、


「ココに行きたいの」


 何処かの情報誌に印が付けられている物を出された。


「ココって…ダイニングバーじゃねえか」
「そうだけど、料理が凄く美味しいんだって。今日はショーがあるらしいから、普通に未成年でも入れるって…」
「ったく…しょうがねえな」


 今思えばその時気付くべきだったのに。

 彼女に対する罪悪感か。
 それに対する謝罪のつもりだったのか。

 彼女に言われるままにソコに行く事に決めた。








































「………」
「新一、どうしたの?」


 店の前に着いて。
 表の黒板に書いてあったその名前を見た瞬間固まった。



Kaito Kuroba



 それは紛う事なく、彼の、アイツの名前だった。


「蘭、やっぱ他の店に…」

「あ、蘭ちゃん! 来てくれたんだね♪」
「!?」


 後ろから声を掛けられて。
 その聞き覚えのある声に身体が反射的にビクッと反応した。

 そして振り向けば―――案の定そこには快斗の姿があった。


「あ、黒羽君。今日はお招き有り難う」
「こっちこそ。来てくれてありがとう♪」
「これ、そんなに大したものじゃないんだけど…」
「えっ…俺に?」
「うん。折角招待してもらったから…」
「ありがとう、蘭ちゃん♪」


 そう言って蘭が差し出したのはさっきの店の袋。
 ああ、それであの色だったのか…と新一は妙に納得して、けれどその内容の中に引っかかりを覚えた。


「お招き有り難う、って…?」
「ああ、ごめんね。新一のことビックリさせようと思って蘭ちゃんには『新一に内緒で一緒に来てね』って言っておいたんだ」


 ぱちっと気障ったらしくウインクをしてくれた快斗。
 その行動に頭がくらくらした。


「快斗…お前…」
「あ、ごめん。そろそろ用意しなきゃいけないから、また後で。楽しんで行ってね♪」
「うん。ありがとう」


 ヒラヒラと手を振って。
 従業員入り口から入って行ってしまった快斗と、その姿に笑顔で手を振っている蘭の姿に眩暈がした。

 どういうつもりなんだよ…アイツは。


「蘭、俺ちょっと…」
「だーめ。黒羽君に聞いたわよ? 一回も彼のショーを観に行った事ないんでしょ?
 だから観に来て欲しいけどきっと今回も来てくれないだろう、って黒羽君凄く寂しそうだったんだから!
 友達だったらちゃんと観てあげなきゃ、ね?」
「……って、お前いつ快斗と会ってたんだよ」
「えっ…? 先週の日曜日に園子と遊びに行った帰りに偶々会って、話したんだけど…」


 その蘭の言葉に絶対にわざとだと確信した。
 アイツが『偶々』蘭に会うなんて考えられなかったから。


「それで、今日俺と買い物に行くなんて言い出したのか?」
「ううん。買い物したかったのは本当だし……新一、内緒にしてたから怒ってるの?」
「………」


 確かに怒っている。
 正確に言えば、蘭にではなくアイツに怒っている。

 けれどソレを言える訳もなく、新一はぐっと堪え軽く首を振った。


「いや、ただビックリしただけだ…」
「それならいいんだけど…とりあえず、入ろ?」
「ああ…そうだな……」


 仕方ない。
 ここまで来て帰る方が余計に怪しい。

 そう決意して、新一は少し重めの木製の扉を押した。















 さあ、最後のゲームの始まりだ。


 ねえ、新一。

 俺の切札…使わせてもらうよ?


























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