新一さえ覚えていてくれたら
新一さえあの日だけでいいから俺を選んでいてくれたら
俺はこの関係を壊す気なんてなかったんだ
だからコレは
君自身が招いた事なんだよ?
仕組まれた崩壊【第二章】
「んっ……」
眩しさに意識が浮上する。
まともに目が開けられなくて、その眩しい光を遮る様に右手を目の上へと被せる。
するとその手を誰かに外された。
再度襲ってくる眩しさ。
それに眉を寄せながらも渋々目を少し開いた。
「おはよ、新一♪」
少しだけ目を開けていた新一の顔の上に影が落ちる。
その影のお陰で、漸くきちんと目を開ける事が出来た。
「……はょっ……」
まだ頭がきちんと起きてこない。
未だ落ちて来そうになる瞼を少しだけ上げているのがやっと。
そんな新一の様子に目の前の顔はクスッと笑った。
「眠そうだね」
「んっ…」
「しょうがないな…もうちょっと寝かせててあげるよ」
シャッとカーテンの引かれる音がした。
遮光加工のしてあるそれは、明るい光を遮り暗い影が落ちる。
それに安心して新一は再び瞼を閉じた。
「おやすみ、新一」
軽く額に柔らかく触れる感触。
そして離れていく温もり。
それを感じてから新一は再び眠りに落ちた。
「あー…良く寝たっ……」
新一を部屋に残しドアを閉めてから快斗は思いっきり伸びをした。
時間は現在午後一時過ぎ。
確か寝たのが朝五時過ぎだったから、結構寝た訳だ。
快斗は普段の睡眠時間は大して多くない。
多くないというか、大して寝なくても起きてしまうのだ。
それは些細な物音とか。
それは些細な気配とか。
そういった物で目を覚ましてしまう。
だからいつもそんなにゆっくりは眠れない。
まあ、寝なくても大して問題なく身体は動くのだけれど。
(でも、新一と一緒に居るとよく眠れるんだよね♪)
クスッと小さく満足げに笑って。
快斗は遅い大分遅過ぎる朝食を作るべく、キッチンへと向かった。
「明日、か…」
キッチンへ行く途中、リビングにかけられているカレンダーがふと目に入って快斗は溜息を吐く。
四月の最初の日。
エイプリルフール。
彼と出逢った最初の日。
そして、彼とそういう事になったのは去年のその日。
まあ、日付的には狙った訳だけれど…。
あの日、自分は彼に『好きだ』と告げた。
彼も自分を『好きだ』と言ってくれた。
だから明日で一年になる。
彼とのこういう関係は。
『恋人』と呼べる関係ではないと自分でも分かっている。
ましてや『友人』なんて関係でもない事は。
半ば強引に。
半ば割り込む形で。
彼とはそういう関係になった。
だから彼が『恋人』という俺の言葉に嫌悪感を示すのも分からなくも無い。
彼女を優先させるのも分からなくも無い。
そして―――その日を覚えて居なくても仕方ないと思う。
それでも…それでも、だ。
それが寂しいと思ってしまう。
それは罪ではないと思う。
彼だって悪いのだ。
自分の事を彼は決して拒んだりはしないのだから…。
最初は快斗もずっとこのままでいいと思っていた。
彼女の事も知っていて。
自分にも彼女が居て。
それでいいと思っていた。
彼の傍に『恋人』でなくても自分の居場所があればそれだけで良かった。
でも、いつからだろう。
彼を自分だけのモノにしてしまいたいと思ったのは。
いつからだろう。
彼女と楽しそうにしている彼を見ると、信じられないぐらいの愛憎の気持ちが生まれてしまうようになったのは。
「いっそ、俺の事最初から嫌っててくれれば…」
そう考えて首を横に振る。
きっと彼が嫌った所で自分は無理矢理にでも彼を自分のモノにしてしまうだろう、と。
そんな妙な自信がある。
幾らでも、そう、幾らでも方法はあるから。
「ごめん、新一。でも俺はもうこれ以上―――」
――――この気持ちを抑えておく事なんて出来ないんだ…。
「おはよう♪」
「おはょ…」
ペタペタと少し大きめのスリッパを引き摺って、まだ眠そうに目元を擦りながら起きて来た新一に快斗は微笑みかける。
そんな姿を見せるのは自分だけだと知っているから。
「新一、眠いのは分かるけどとりあえずシャワー浴びてきちゃいな?」
「んっ…」
こくんと小さく頷いて。
素直にペタペタというスリッパの音を響かせて新一は浴室へと行ってしまう。
そんな子供のような新一に快斗の口元は緩みっぱなし。
新一が出て来て直ぐに食べれるようにと料理を手早く盛り付けていく。
「よしっ! 完璧♪」
綺麗に綺麗に盛り付けて。
新一が食が細いのはもう嫌って程分かっているから、食べやすい様にも心がけて。
これも…俺がここに居られる存在意義だから。
「快斗、今何時だ?」
「ん? 今はえっと…三時半だよ」
「げっ…」
シャワーを浴びて完全にきちんと起きた口調で快斗に時間を聞いた瞬間、しまったといった顔をした新一に快斗は首を傾げた。
今日は土曜日。
確か特に何も予定はないと言っていた筈。
でなければ自分もここには泊まらないから。
「どしたの?」
「いや…いくら休みの日だって言ったって寝すぎだろ…」
「いいんじゃない? それぐらい昨日は無理させ過ぎた自信あるし、それに…」
「ん?」
「新一君があんまり可愛いから俺も加減出来なかったし♪」
「っ…このバ快斗! そういう事昼間から言ってんじゃねえよ!」
「それなら夜は良い訳?」
「そ、そういう問題じゃない!」
わたわたと顔を真っ赤にしながら叫ぶ新一は本当に可愛らしいと思う。
こういう関係になってから快斗がこうして泊まった日も少なくない。
今日よりも、そりゃもう思いっきり可愛がってしまった日がない訳ではない。
それでも擦れる訳でも無く。
それでも慣れる訳でも無く。
こうしていつも可愛らしい反応をしてくれる。
それが本当に愛しくて堪らない。
「ほんと新一はいつでも可愛いねv」
「うっせーよ! 男相手に可愛い可愛い言うんじゃねえ!///」
「はいはい。もう新一君ってばほんと可愛い♪」
「っ……もう、勝手に言ってろ!」
幾ら反論したって可愛いだけなのに。
いつもいつもちゃんと相手をしてくれる新一が可愛くて仕方ないから快斗もこうして構ってしまう。
それでも―――足りないと心は貪欲に叫び続けるのだけれど。
「はーい。そうします♪」
「………」
「ほーら、そんな怖い顔してたら美人さんが台無しだよ? 機嫌直してご飯食べて?」
「………」
まだ少しむうっと眉間に皺を寄せたまま、それでも快斗に促されるままに新一は椅子に座った。
目に前に一品また一品と置かれていくおかずを見詰めている。
「どうしたの?」
「……食欲ない…」
「分かってるけど、食べなきゃ駄目だよ? 俺は今日夜居ないんだから」
「えっ…?」
快斗の言葉に新一は視線を快斗へと向ける。
その驚き様に快斗は苦笑を浮かべる。
「言ったでしょ? 明日はマジックのショーがあるんだって。流石の俺でも前日の夜ぐらいは準備しないとね。
こっちにも少しは道具もあるけど…それでも実家じゃないと出来ない準備もあるから」
「あ、ああ…そうだった、な」
「ねえ、新一…」
少しだけ残念そうな顔を浮かべた新一に快斗は決意して表情を真面目なモノにすると、新一の向かいの椅子に腰を下ろしじっと新一を見詰めた。
「ん?」
「明日、どうしても無理…? 少しでも、最後だけでもいいんだ…だから…」
「……悪い…」
快斗から視線を逸らし、新一は小さく断りの言葉を口にした。
その一瞬、快斗がどんな表情をしていたのかなんて知りもせずに。
「……そっか。それならしょうがないよね…」
「ほんと悪い。でも…」
「いいよ。用事なら仕方ないよね」
「快…」
「気にしないで。ショーなんて…これから幾らでもあるんだから……」
新一が視線を快斗に戻した時、快斗はいつも通りの表情で笑っていた。
そして、そのまま食事を勧めてくれた。
本当に……いつも通りに。
だから新一は知らない。
快斗がその一瞬―――今にも凍りつきそうな程冷たい眼をしていた事なんて。
ねえ、新一。
新一の中の俺は一体どういう存在なのかな…?
そろそろ――――はっきりさせてもいいよね?