そろそろ終わりにしようか?
本当はそうも思ったんだけど…
もう少し、もう少しだけ楽しもうか
今まで大人しく
こんな茶番に付き合ってたんだから
もっともっと可愛い顔見せてくれるよね?
仕組まれた崩壊【第一章】
お互いに無言で食事を口へ運んで。
快斗がビールを一口飲んでテーブルへとグラスを置いた瞬間、新一が漸く口を開いた。
「ごめん…」
少し俯いて、小さく呟いた新一の声に快斗は苦笑して。
そのさらさらの黒い髪を撫でてやる。
「いいよ。それだけ新一は優しいって事だから。それに、新一が優しいのは俺も分かってるし」
「でも…」
「ただ…俺は、新一と楽しく一緒に居たいんだよ。新一がずっとそんな顔してたら俺だって辛いんだ。それは分かってね?」
「んっ…」
こくんと小さく頷いた新一に満足して。
快斗は空になった皿を下げるため席を立った。
「新一、珈琲飲む?」
「ああ…」
「りょーかい♪」
そのまま皿を持ってキッチンへ入って。
快斗は一人ニヤリと小さく笑う。
「ホント…新一は素直で優しいね…」
何も気付いていない彼。
何も知らない彼。
可愛くて可愛くて仕方ない。
「もっともっと…可愛い顔見せてもらわないとね…」
小さくクスッと笑って、快斗は新一の珈琲を淹れ始めた。
「どーぞ♪」
「ああ。さんきゅー…」
快斗から珈琲の入ったマグカップを受取って。
新一はそれをただ静かに飲む。
いつもの様に食後直ぐに本を読みにソファーに移動するとか。
いつもの様に調べ物があるからなんて書庫に移動する事はせずに、ただ静かに快斗の傍に居た。
「新一、そんな顔しないで?」
「………?」
自分でも分かって居ないのだろう。
今どんな顔をしているのかなんて。
何の事か分からないと首を傾げた新一に快斗は苦笑する。
「新一、俺は食器片付けちゃうから、ソファーで本でも読んでて?」
「………」
「ほーら。新一がそのままじゃ、俺も気になって片付けられないから、ね?」
「んっ……」
こくんと小さく頷いてソファーに移動した新一を見送って。
快斗も立ち上がるとキッチンで片づけを始めた。
洗い物をしながら、ふと気付いた様に新一に声を掛けた。
「そう言えば新一、今度の日曜日時間取れそう?」
幾ら工藤邸が広いとは言え、キッチンからリビングまでは声は通る。
それに姿は見えなくても、新一の気配も快斗には手に取るように分かる。
快斗の言葉に新一がビクッと反応したのも。
『わりぃ…日曜日は…』
「何か用事出来ちゃった?」
『あ、ああ…』
言い辛そうに、言い淀んだ新一に快斗も少しだけ端正な眉を顰める。
予想はしていた事だが、彼が覚えていない事に少なからず心が痛む。
「どうしても…駄目?」
『悪い……』
「俺も、結構早く言ってたつもりだったんだけど?」
四月最初の日。
今年は珍しく日曜日で、だからどうしても時間を取ってもらいたくて。
その日こそは、どうしても自分のショーを見て欲しくて。
だからもうずっとずっと前から言っておいた筈…。
『どうしても外せない用事なんだ』
返って来た予想通りの答えに、洗っていたマグカップをぎゅっと握り締める。
「知ってるよ…」
予想と違わぬ状態にギリギリとその手に力が籠もっていく。
そう、知っている。
彼が誰と約束しているかなんて疾うに知っている。
だってアレは俺の最後の賭けだったから。
『んっ…? 何か言ったか?』
「ううん。何でもないよ♪」
自分の黒い気持ちを隠して。
快斗は努めて明るい声を出した。
そして、その次の瞬間本当に小さな小さな声で呟いた。
「新一…悪いけど、俺はこのままの状態がいいなんて一欠片も思ってないんだよ……」
彼に聞こえないように、自分の歪んだ欲望を小さく小さく吐露した。
「しーんいち♪ はい、デザート♪」
「………」
リビングのソファーの前にあるテーブルに置かれたのは綺麗なガラスの器に盛られた苺。
快斗の物はたっぷりと練乳の掛かったもの。
新一の物はそのまま。
それに食べやすい様にプラスチックの棒が刺さっている。
しかし、新一はそれを一瞥するとまた視線を本へと戻してしまう。
「こーら。新一も食べなきゃ駄目!」
「何でだよ。別に食べなくても死なないだろうが」
「俺だけ食べるのは気が引けるの!」
「んなもん知るか! 勝手に食え!」
べしっと新一が叩くと涙目になった快斗がぎゅーっと新一を抱き締めた。
「だってだって…美味しいモノは新一と分かち合いたいじゃんかー!」
「俺は甘い物はいらない」
「苺ぐらいなら食べれるでしょ!?」
「さっき飯食ったばっかりだから腹一杯なんだよ!」
「大丈夫! 一個ぐらい入るから!」
「別に入れたくねえんだって!」
じたばたと快斗の腕の中で新一はがむしゃらに暴れる。
けれど、抜け出せる筈も無く出来るのは腕の中から快斗を睨みつける事だけ。
そんな新一に快斗はにこやかに笑うと新一の分のお皿から一つ苺を摘み上げ新一の口へと運ぶ。
「ほら、あーんv」
「………」
ぐっと唇を結び。
絶対に食べない、という態度を取る新一。
そんな新一の態度に快斗もむっとした顔をする。
「俺が折角『あーんv』してあげてるのに、そんなに食べたくないの?」
「………」
答えた瞬間に口に入れられては堪らない。
そう言う様に新一は快斗を睨み付けた。
「ふーん…じゃあ、俺が食べたくなるようにしてやるよ」
クスッと笑って、快斗はふっと新一の耳元に息を吹きかけた。
「ぁっ…」
「はい。あーん♪」
「んっ…ぐっ…」
口の中に無理矢理苺を入れられて。
ぎゅっと顎を押され、口を無理矢理閉じさせられてしまう。
「………」
無言で快斗を睨みつける新一に快斗は満面の笑みを浮かべる。
「はい。ちゃんと噛んでね〜♪」
「………」
むうっとしたまま。
それでも仕方なく新一はゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。
「こんのっ…バ快斗! 何しやがんだ!」
「ん〜? だって新一が耳に息吹きかけたぐらいで声あげちゃうから悪っ…」
「るせー! この年中色惚け野郎が!」
「むっ…それは聞き捨てならないセリフだ…」
「何だよ。文句でもあるのかよ」
「俺は色惚けな訳じゃない」
「じゃあ、何だよ」
「新一惚けなだけだ!」
「威張って言うな! このバ快斗が!!」
べしべしと腕の中で胸を叩かれて。
仕方がないので快斗も強行手段に出る事にした。
「新一君♪」
「な、何だよ…」
妙に笑顔な快斗に新一も何やら不穏な空気を感じ取った様で。
顔を引き攣らせて快斗を見詰める。
「それだけバ快斗、バ快斗、って連呼してくれるって事はそれなりの覚悟があるって事だよね?♪」
「ちょ、ちょっと待て!」
「なーに?♪」
笑顔でルンルンと新一のパジャマのボタンを外そうとする快斗を何とか押し留めて。
新一は最後の抵抗を試みる。
「さ、さっきシタだろ…?」
「うん。シタね」
「じゃ、じゃあ…」
「でも俺はアレじゃ足りないの」
「た、足りないって…」
「それに明日は土曜日でお休み。一日ずーっと寝てても平気でしょ?」
「ちょ、ちょっと待てよ…それ…」
「やーだ。待った無しだよ。新一君♪」
チュッとほっぺに軽くキスをして。
快斗は抵抗する新一を軽く組み敷いた。
「バ快斗! 退けよ!」
「いーや♪」
「嫌じゃねえ!」
「いやったらいーや♪」
楽しげに快斗は新一両手を左手だけで頭の上に縫い止めてしまう。
悔しげに睨み付けて来る新一のその目さえ、快斗にとっては極上のスパイス。
「ソレ、煽ってるだけだよ? 新一君♪」
「るせー! 離せよ!」
「嫌だって言ってるだろ? そんな風に可愛い顔見せられて我慢出来る程俺忍耐力ないもん♪」
「楽しそうに言うな! 少しは我慢を覚えろ! 俺の身体が持たない!」
「大丈夫。壊さない様に気をつけるからv」
「気をつけるとかそういう問題じゃねえ!」
ブチブチと文句を言い続ける新一のボタンを右手で全部外して。
露になった白い肌にすっと手を滑らせる。
「んっ…」
「ほーら、新一だって嫌じゃないだろ?」
「ふざけっ…離せよ! このバ快斗!!」
「ふーん…そんなにして欲しいんだ?」
ニヤッと快斗が笑った瞬間、新一はしまったと思った。
快斗にこういう表情をさせてしまったが最後。
絶対に…絶対に朝まで離してもらえないのを経験で知っているから。
「ちょ、ちょっと待て、快斗!」
「なーに?」
「ここリビングで…」
「ああ、大丈夫だよ。汚れたら俺が掃除するから♪」
「そういう問題じゃ…」
「そういう問題だろ? いいんだよ。新一は何も考えずに大人しく感じてればね…」
チュッと首元を吸われ、新一の白い肌に紅い痕が残る。
自分の付けたソレに満足する様にそこに快斗は舌を這わせた。
「やめっ……や、快、斗っ……」
「イイ声♪ そのまま気持ち良くなっちゃいなよ♪」
それからはもう快斗にされるままで。
新一はゆっくりとその熱に浮かされていった。
ねえ、新一。
アレは俺の最後の賭けだったんだよ?
――――どうして覚えててくれなかったのかな…?