壊れかけの心。
 曇りそうで曇らない瞳。
 それを壊したいと思ったのは、そして本当の意味で救いたいと思ったのはきっと俺だけ。

 だから、作り上げたのは偽りの真実。












――真実に隠された本当の真実――
(<嘘×嘘>side K)













「今晩は。お嬢さん」
「こんな真夜中に一体何の御用かしら?」

 訪れた先は怪しげな雰囲気を隠そうともせずに周りに放っている一軒の古い屋敷。
 そこにいるのは常の自分なら知り過ぎている程知っている相手。
 しかしそれは、あくまでも「上辺だけ」ではあるが。

「言わなくては解りませんか?」
「………貴方本当にやる気なの?」
「ええ」

 にっこり微笑んだ怪盗に流石の魔女も顔を少しだけ歪める。
 それにも怪盗の表情は変わる事はない。

「全てを壊すつもりなのね?」
「はい」
「それが彼にとっての本当の幸せだと?」
「ええ。少なくとも私はそう思っています」
「……随分と自分勝手な考え方ね」

 言われた言葉に怪盗は今度こそ苦笑を浮かべた。
 言われた言葉は間違っていない。
 寧ろ正し過ぎるぐらい正しいのを怪盗も知っている。

 けれど選ぶのは…その自分勝手な考え。


「………貴方はそれで幸せなの?」

 きっと一生恨み続けられるわ。
 本当の真実が解っても、解らなくても。
 きっと一生貴方は彼に恨み続けられる。


 ――それでも貴方は本当に幸せ?


「ええ。幸せですよ。これ以上ない程に」
「そう…。なら私に出来る事は一つだけね」

 貴方が幸せになれるなら…私は協力を惜しまないと誓ったもの。

「有り難う御座います」

 優雅に一礼した怪盗の姿を何処か遠くを見ている様に魔女は見詰めて。
 そして口の端を歪めた。

 何時の頃からかこの怪盗に捕らわれたのは自分。
 その怪盗に大切なものがある事に気付いたのはその次の瞬間。

 だから、せめて彼が幸せになれる様に……自分に出来る事は一つしかない。

「………明日また此処に来なさい」

 その時には完成している筈だから。

「解りました。それではまた明日…月明かりの下でお会いしましょう」

 ふわりと重力を感じさせずに飛び立った怪盗を魔女はその姿が見えなくなるまで見詰め続ける。
 それは恋と呼ぶにはもう擦れ切っていて…それでいて酷く温かいものだった。















「下準備は完璧」

 全ての用意を整え、怪盗は自分だけの巣へと戻った。
 そこで罪の証の白い服を脱ぎ捨て『黒羽快斗』へと戻る。

「あとは明日…か」

 ベットへと身体を投げ出し、天井の木目を見詰める。
 自然のものであるそれは幾つもの螺旋と点の集まり。
 じっと見詰め続けていればそれは人の歪んだ笑い顔に見えてくる。
 正に「点が三つあれば顔に見える」と言われている通りに。

「俺みたいだな…」

 その歪んだ笑顔を見詰め、自身もその笑みを作り上げ呟く。

 何時の頃からか歪み始めた心。
 そしてポーカーフェイスの下で、歪み始めた笑顔。

 だからこそ思い始めたのは…そして実行に移そうと決めたのは歪んだ計画。

 温かく見守る事も出来た。
 生温い愛情で包んでやる事も出来た。

 けれど選び取ったのは一番残酷で、そして一番最低な方法。

「……悪いな。名探偵」

 それは何に対しての謝罪だったのか。
 零れ落ちた言葉は、歪んだ笑顔と共に快斗の心の中だけに留められた。















「随分と早かったのね」

 夜の帳が下りた頃、怪盗は再びその屋敷を訪れた。
 しかし、夜の帳が下りたとは言ってもそれは怪盗がこの屋敷を訪れるには早過ぎる時間。

「私は待つのが嫌いでして」
「…知ってるわ」

 いっそ待つのが好きな人間であったなら良かったのにと魔女は内心で溜息を吐く。
 そうすれば、こんな計画を…彼が壊れる前に壊してしまおうなんて思いつく事もなかっただろうに。

「これが例の薬よ」

 そんな内なる思いなど億尾にも出さずに、魔女は一つの小瓶を怪盗へと渡した。
 そしてもう一つ、小さな人型の人形も忘れずに。

「時間は1時間。それが過ぎれば自動的に貴方の魂は元の肉体に戻るわ」

 でも痛みは…貴方が望む通りに事が動いた時の苦しみは当然貴方の魂が感じる。
 つまり、死ぬ程の痛みを味わうの。
 貴方はそれでもコレを使うのかしら?

 魔女の問いかけに怪盗は口の端を少しだけ持ち上げる。

「もちろん」

 それは一欠片の迷いもなく。
 戸惑いもない怪盗の答え。

「ならいいわ…」

 迷いがあるなら、戸惑いがあるならまだ止めようもあった。
 偽の薬を渡す事も考えた。
 それでもきっと…自分の力など本当はなくてもこの怪盗は計画を実行に移すだろう。


 それならば…自分が共犯者になりたい。


 それは魔女の切実な願い。
 そしてそれは魔女も怪盗によって歪んでしまったという事。

「魔女殿。一つだけ確認しても宜しいですか?」
「何かしら?」

 最後の最後での詰めの確認。
 それはとてもとても大切な事だから。

「死体はどうなります?流石に消えてしまっては困るのですが?」
「もちろんそのままよ。当然それは抜け殻になり貴方の魂は元の身体に戻るから安心なさい」

 魔女の解答は白い怪盗を満足させるもの。
 この計画には死体が必要不可欠だから。

「ご協力感謝します」

 これからその計画を進めようとするには余りにも爽やかな笑み。
 それは極上の微笑み。

 その笑みを浮かべたまま怪盗は魔女に向かって一礼すると、ポンッという音を立て煙幕の中へと姿を消した。
 最後に一言…、


『貴方の事はわりと好きでしたよ』


 そんな残酷な一言を残して。


「わりと…ね」

 その去り際の一言に魔女は笑みを浮かべる。
 その笑みが怪盗のものとさして変わりがなかったのを知っているのは二人を見ていた青白い月だけ。















「この薬を飲めば…」

 全ては計画通りに。

 何時も以上に湧き上がる興奮。
 それは今まで警察と対峙して来た時のものなど比べ物にならないもので、けれどそれは酷く気持ちの悪い興奮。

 それは人一人を殺す行為なのだから。

 けれどそれに興奮を覚えるのは確か。


「さて…」

 ベットの上に座って横に小さな人型を置いて、それから瓶の蓋を開け中に入っていた怪しげな青い液体をこくっと一気に飲み干す。
 一瞬の躊躇いも躊躇もなく。
 それがどれだけの苦痛を自分にこれから与えるのか全て理解した上で。

 まあ尤も、死ぬ程の苦痛など流石の怪盗とて今までに経験をした事はないのだが。


 ―――ドクン…。


 飲み干した直後に身体が熱くなる。
 そのまま身体はどんどんと熱を増し、そして快斗の身体は真っ白な光に包まれる。

 最後に見たのは…瞼の裏に広がった鮮やかな白だった。















「………ん…」

 頭がガンガンと痛む。
 無性に喉が渇いている。

 働かない頭を何とか起こし、重い瞼を持ち上げる。

 視界に広がったのはつい先程まで見ていた自分の部屋。
 それに安堵して、自分の身体ではない身体のチェックにかかる。

 視界は良好。
 聴覚も正常。

 それから、壁に掛けられている姿見に視線を移し自身の姿を確認する。
 鏡に映った姿は本物の『黒羽快斗』そのもの。
 思わず上手くいかなかったのかと隣を見れば、死んだ様にぐったりと眠っている自分の姿。
 まあ、魂が抜けているのだから半分死んでいるようなものなのだろうが。

 流石に少しだけ怖くなって、隣で眠っている自分の口元へと手を当ててみる。
 正常な間隔で手にかかる息。
 それに安堵して快斗はその手を引いた。

 目標を達しても自分が生きていなければ仕方がない。
 偽りの自分が死ぬだけでは足りないから。

「それでは…準備と参りますか」

 自分の生死を確認する、なんて通常ではあり得ない事をさくさくと済ませ快斗は残りの作業に取り掛かった。















「変装は完璧。下準備も完璧。後は…結果を御覧じろってね」

 髪型を変えただけだから元に戻るもの簡単。

 彼女が見破れればそれまで。
 けれどその前に、見破る隙など与えるつもりはない。

 何事も先手必勝。
 勿論負ける気など毛頭ない。
 自分が勝つ以外の未来なんて認めない。


 カツカツと足音を立てて工藤邸へと向かう。
 名探偵が居ないのは知っている。
 職権乱用…かも怪しいがそれは警察無線を盗聴してしっかりと確認済み。
 今日も彼は事件が恋人。
 そしてその彼の振りをして彼女も呼び出し済み。
 もちろん事件が解決した振りをして。

 計画は順調。
 後は実行するのみ。















「お邪魔しまーす」

 無人の工藤邸に足を踏み入れる。
 もちろん、此処へ辿り着くまでに息子思いの世界的推理小説家が凝りに凝って作った仕掛けが散々あった。
 けれどそれすら自分には対応しきれない。
 だって、今の自分は唯の『黒羽快斗』ではないから。

「流石は名探偵のお宅。立派なもんだねえ」

 広く長い廊下を抜け、リビングへと入る。
 広い広いリビングの中には絶妙な配置でセンスの良い家具類が置かれている。
 きっとこれは彼の母親の趣味なのだろう。

 広いリビングから続くダイニングへと入り、対面式のキッチンへ足を踏み入れる。
 広いキッチンには最近使われたとはとても思えない綺麗な綺麗なフライパンや鍋類が壁のフックに掛けられている。

「まあ確かに名探偵は自分で料理なんかしなそうだけど」

 余りに使われた形跡のないそれらに苦笑して。
 けれど目指すのはそれではないから、キッチンのシンク下の扉を開ける。
 通常なら此処に…。

「みっけ♪」

 目指すものを見つけて、けれどそれもかなりの数刺さっていて。
 その中でも彼女に扱えそうな物を選ぶ。

「やっぱこの辺かねえ…」

 取り出したのは通常の大きさの包丁。
 まあ彼女にコレを差し込むだけの力があるかは知らないけれど、その辺はご愛嬌。
 後から自分で差し込んでもいい訳だし。

「さてと。コレを此処において…」

 わざとらしく、目に付く様にそれをテーブルの上に置かれていた果物籠の横に置いて。
 もちろん彼女が取り易い位置に。

 これで準備完了。
 後は彼女が来てくれれば……それでいい。




















 ―――ピーンポーン


 軽やかなチャイム。
 それはこの惨劇を演じ始めるには軽やか過ぎる合図。


「よ。早かったんだな」
「今日は部活が早く終わったから…」
「そっか」

 そんな何気ない会話をしつつ、彼女を家へと招き入れる。

「何か飲むだろ?」
「あ、私が淹れようか?」
「いや、いいから座ってろって」

 ああ、そうやって何時も名探偵に淹れてあげてる訳ね。
 まあそれも今日で終わりだから良いんだけど。
 あ、最後ぐらい淹れさせてあげれば良かったか?

 内心で暗くクスクスと笑いながら、それでも表面上にはそんな事は微塵も出さず。
 あくまでも『工藤新一』を演じ続ける。

 ふと視線をお湯を注いでいるカップから彼女へと向ける。

 可愛い可愛い彼女。
 その彼女は自分の幼馴染にも似ていて、彼がどれだけ彼女を大切に思っているのか少しだけ解る気がする。
 それは自分が幼馴染に抱いている感情と彼が彼女に抱いている思いが同じなら、の話だが。

 でも何にせよ彼が彼女を大切に思っているのは事実。
 だからこそ…この計画は完璧。


「ほら」
「あ、ありがとう」

 そういって紅茶の入ったカップを受け取る彼女は確かに可愛い。
 普通の男ならこれで参るかもな。

 彼女にカップを渡して、その向かい側に自分も座る。

「それで、何なの話しって?」

 単刀直入だねえ。
 いや、そういうさっぱりしたとこは俺も嫌いじゃないけど。

「いや…実は…」

 言い辛そうに口篭る。
 ほんの少し視線をずらして。

 彼女が少しだけ顔を赤らめたのが解る。

 ああ、期待してるんだ。
 ごめんね。今からそれを裏切ってあげる。

 だってそれが必要だから。

「何よ。男なら男らしくハッキリ言いなさいよ」

 そう言って急かす言葉さえ今の俺には心の中の笑いを誘う言葉にしかならない。
 ねえ、君は解ってる?


 それが死刑宣告を急かしている発言だって。


「実は俺…好きな奴がいるんだ…」
「えっ…」


 更に色付いた頬に俺は内心で笑みを深める。
 ねえ、知ってる?期待した後の絶望がどれだけ痛いのか。


「だから………お前の気持ちには応えられない」


 そう言った瞬間彼女の瞳がこれ以上ない程見開かれる。

 残念だったね。期待通りの言葉じゃなくて。
 悲しい?痛い?辛い?
 その思いをどうする?

「どういう…事…?」

 ああ、成る程。
 自分で更に絶望を深めちゃうのか。可愛そうに。

 クスクスと心の中で笑う声が止まらない。
 それは無抵抗の小動物でも虐めている気分。

「休学してる間に他に好きな奴が出来たんだ。だから…」
「だったどうして『待ってろ』なんて言ったのよ!!」

 バンッとテーブルに手を付いてそう叫んだ彼女から俺は視線を少しだけ逸らす。
 気まずさを更に増す為に。

「お前は大事な俺の幼馴染だったから…」
「何よそれ…」

 ぽろぽろと彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
 その綺麗な綺麗な雫が頬を伝い、テーブルへと落ちる。

「だったら最初から私にはそんな感情は持ってなかったって事…?」
「ごめん…」

 それが最後。
 最大限に見開かれた瞳。
 零れだす涙。
 止めようのない長年の思い。

 それは歯車を狂わすピースが全て揃った瞬間。

「何なのよそれ……私はずっと……ずっと新一だけ見てきたのに…」

 彼女の視線が用意した刃物へと向かう。
 それからは計画通り。

 予想通りにそれを手に取った彼女を驚愕の表情を作って見せた俺が見詰める。

「蘭…」
「ねえ…私はなんだったの…?」

 一歩一歩近づいてくる彼女。
 それを動けない振りを演じている俺はじっと見詰める。

「新一を…私だけのものにしてあげる…」
「っ…」

 寸分違わず胸へと突き立てられた銀。
 そこから零れだした赤。

 予想以上の痛みに流石の『新一』の口からも苦痛の声が漏れる。

「ねえ…ずっと一緒だよ?」

 何処か遠くを見詰める様な彼女の瞳。
 それはきっと俺と酷く似ていて――――。



「………残念だったね」



 ―――もっと此方側に引き寄せたくなった。
 あんたを…彼がこれ以上無い程大切にしているあんたを綺麗なままでなんかいさせない。

「!?」
「俺はあんたの大好きな『工藤新一』じゃないよ」

 気配を、そして整えていた髪型を血に塗れた手で乱す。
 その瞬間出来上がるのは『黒羽快斗』。

「貴方は…」
「残念だけど俺は『黒羽快斗』」

 ちゃんと覚えておきなよ?
 あんたが殺した人間の名前なんだからさ。

「!!」

 信じられないと目を見開いた彼女に俺は最後の力を振り絞って笑みを作る。


「可愛そうだけど、あんたはもう『新一』の傍には居られない………」


 視界が霞んでいくのを何処か楽しみながら、そう言ってクスッと笑う。
 最後に見えたのは――――彼女の絶望の顔。

























 ―――悪いけど名探偵は貰っていくよ?

























 その日一人の少年の死亡が警察によって確認される。
 そしてそれが『黒羽快斗』である事は彼の母親によって確認され、犯人が…彼女ではない無実の人間が『工藤新一』の偽りの推理によって捕らえられた。

 けれどその裏に隠された本当の真実を知るものは…怪盗と、魔女の二人だけ。










 And tha's all…?


すみません!ごめんなさい!(平謝り)
お願いですから石は投げないで下さい…。
実はずっとやりたかったネタなんです。まあ、hitに持ってきちゃった辺りは救えませんがι

読んで少しでも引き摺って貰えたら自分的には満足(爆)←最低
ちなみに苦情は受け付けませんのであしからず。


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