――――チョキン。チョキン。
小気味良い鋏の音が庭に響いていた。
〜特技〜
「貴方そんな事まで出来たの?」
何やら鋏の音がするので隣を覗いてみれば、そこでは快斗が庭で新一の髪を切ってやっていて。
その手馴れた様子に思わずそんな言葉が漏れてしまった。
「あ、哀ちゃん♪ おはよう♪」
時刻は午後1時半。
どちらかといえば『こんにちは』の時間だと思うのだけれど…。
「おはよう。で、一体何処でそんなもの覚えてきたの?」
敢えてそれには突っ込まず、最初の疑問だけを繰り返してみた。
「それは企業ヒミツですVv」
ニッコリと営業スマイルで微笑まれ、哀は美容師でも食べて行けるわねと思う。
「まあ、大方職業病みたいなもんでしょうけど」
「職業病って哀ちゃん…;」
あんまりな哀の言い分に快斗はがっくりと肩を落とす。
「俺のこれは普通特技って言うんじゃないの?」
「まあ一般的にはね」
「あの…それって暗に俺が『一般じゃない』って言ってます?」
「あら、あんな副業を持ってる分際で一般だと思ってたの?」
「いえ…思ってません…;」
哀に真顔でそう言われれば快斗には返す言葉もなかった。
「で、貴方は一般的に特技と呼ばれるものを一体幾つぐらい持っているのかしら?」
まあ、かなりの数になりそうで聞くのも怖いのだけれど。
「ん〜マジックは言うまでもないし、家事全般…は実際哀ちゃんも見てるしねえ。あとは…和裁も洋裁も出来るしパッチワークもいけるよ♪」
快斗の考え込む時のポーズは彼と同じで、すっかりそれが移ってしまったことに哀は微笑ましさを覚える。
が、その内容の中身はいささか引っ掛かりを覚える。
「和裁に洋裁にパッチワーク…」
「あ、あと編物もばっちり♪」
「…既に一般的な男子高校生の特技じゃないわね」
もっとも家事があそこまで出来る時点で一般的な男子高校生とはかけ離れているけれど。
「あとはねえ…着物の着つけも出来るし、茶道も華道もいけるけど?」
今度着物の着つけしてあげようか?
「まるで『日本の良い奥さん』の見本の様な特技ね…」
結構よ。夏の浴衣ぐらいは頼むかもしれないけど。
「やっぱり〜?俺ってば良い奥さんでしょ♪」
新一限定のだけどね。
と満面の笑みで返され哀はげっそりとする。
もう少し男子高校生らしい特技はないのかしら…。
「でも、やっぱり一番の特技は新一を喜ばせることかなVv」
もちろん昼も夜もね♪
ウインク付きでそう微笑む快斗の顔は今まで見た笑顔より一層輝いて見えて。
(本当に幸せそうに笑うのね…)
それは貴方と出会ってからの彼にも言える事だけれど。
そんな表情を見せられれば少しからかってみたくなるのは当然の事。
「その分怒らせるのも得意でしょ?」
「哀ちゃん…それは言わないお約束だよ〜」
「ところで、どうやら眠り姫がお目覚めみたいよ?」
「えっ? 新一起きた?」
髪を切っている間にすっかり眠りに落ちてしまっていた新一の顔を覗きこむ。
「…かぃと?」
どうやら目はあけたものの、まだ頭がしっかり働いてはいないらしい。
「おはようVv」
ちゅっ、と額にキスを落とせば、新一はくすぐったそうにしながらも同じ軽さで快斗の頬にキスを返す。
そのキスに快斗もまたキスを返して、それにまた新一も同じ様に…。
「……見てられないわ」
そのラブラブな新婚さんも真っ青な程のいちゃつきっぷりに溜め息を吐いて、哀は早々に帰宅を決める。
「あ、哀ちゃん。今ケーキ焼いてるから後で食べに来てね♪」
そんな哀の様子に敏感に気付いた快斗から三時のお茶のお誘いが掛かる。
「ええ、是非伺うわ。その前に…あなたには一撃ぐらい入りそうだけどね」
楽しげに謎の言葉を残しながら去って行った哀を見送って、新一の方に目線を戻す。
そこには顔を真っ赤にしながらわなわなと震えている新一が居た。
「…快斗」
呂律がきちんと回っている。どうやらちゃんと起きたらしい。
「ん? 何?」
「てめぇ…灰原の前で何すんだよ!!」
「あ、新一! 暴れちゃ駄目!!」
切った髪の毛散らかるでしょ。
「んなもん、てめえが後で片付けやがれ!!」
そんな叫びと共に繰り出された黄金の右足。
けれど、その辺は快斗も慣れたもので軽やかにそれをかわす。
が、それこそが新一の狙いだった。
――ニヤリ。
快斗がかわした瞬間、新一の口の端がかすかに上がる。
「えっ? …………っぅ…」
「お前は何時も避ける方向が同じなんだよ」
逃げる位置を計算されてもう一度繰り出された蹴りは流石に避けられず、見事にくらってしまう。
「…新一…流石だけど痛い…」
「だったらもうちょっと頭使いやがれ」
それだけ言うと、新一は沈み込んでいる快斗を残し家の窓へと手をかける。
「あ、そうだ。それちゃんと片付けてから来いよ?」
思い出したようにそんな無常な言葉を最後に快斗に浴びせると、今度こそ自分はさっさと家の中に入ってしまった。
「新一〜」
呼びかけてみても、その本人は既に家の中。
聞こえるはずもないのだけど…。
「自分だって同じことしてきたくせに…」
――――ぼふっ!
言い終わらないうちに、窓から顔面に投げつけられた物体。
でも、その柔らかさの為痛みはない。
これも彼の照れ隠しの現れだから。
「………まあ、そんな照れ屋さんなとこも可愛いんだけどね」
――――ばふっ!!
「こらこら新一君。クッション投げないの」
流石に二度目はきちんと受けとめて、投げてきた本人に投げ返す。
「お前が変な事言うからだ」
「本当の事でしょ♪」
「…バ快斗」
「まったく…照れ屋さんなんだからVv」
俺にべた惚れの癖にVv
――――ばふっ!ばふっ!ばふっ!
「ぐはっ……」
「けっ…さっさと片付けてコーヒー煎れやがれ」
(新一…三ついっぺんに投げるのは卑怯…)
心の中でいじけつつも見事なまでに全て顔のど真ん中直撃だったクッションを拾い上げ、快斗は一先ずそれを隅に寄せる。
「さて…新一君のご機嫌がこれ以上下降しないうちに片付けちゃいますか」
工藤家の家政婦(夫?)と言われるだけあってお掃除はお手のもの。
あっという間に散らかった庭を綺麗に片付け、クッションを持って家に入ろうとする。
…が、窓が開かない(汗)
「新一君…鍵閉めたね…」
俺はこれぐらい直ぐ開けられるって解ってるくせに〜♪ お茶目さん♪
流石は現役の泥棒(怪盗って言ってよ!by快斗)ふんふ〜ん♪なんて鼻歌を歌いながら、もののの数秒で鍵を開けてしまう。
ちなみに、これが某有名作家の自信作の鍵であった事は彼の名誉の為に敢えて伏せておこう。
難なく鍵を開け、さっさと家の中に入った快斗は早速新一の姿を探す。
「新一〜何処〜?」
リビングを除いてみても、そこに目指す彼の姿はなく快斗は首を捻る。
(う〜ん…書斎かな?)
きっと何時ものように書斎に篭って本を読んでいるのだろうと思い、書斎まで足を運ぶ。
「新一〜?」
が、そこにも目指す新一の姿は無く…。
新一の自室はもちろんのこと、バスルーム、客間、キッチン、果ては地下室(何)まで見て回ったが新一の姿は何処にも無く…。
「新一〜!! どこ〜!!」
泣き叫びながら探しまわる快斗なのだった。
「彼きっと今頃半狂乱よ」
一体どうやって出てきたのよ。
「それは企業ヒミツだ」
あいつも知らない父さんの脱出用ルートがあんだよ。
所変わってここは阿笠邸のリビング。
そこでは快斗が今まさに捜し求めている新一が哀と一緒に優雅なティータイムを楽しんでいた。
「それよりどうしてここに来たのかしら?」
彼が貴方を探すのを解っていながらわざわざここに来たんでしょ?
「あいつの特技を一つ増やしてやろうと思ってな」
ニヤリ、と不敵に笑う新一に哀はようやく事態を飲み込むことが出来た。
「聞いてたのね」
起きてたの?
「正確には聞こえていたって言う方が正しいけどな」
半分だけ寝てたようなもんだから。
「まったく…貴方も彼も器用よね」
色々な意味で、と苦笑する哀に「そうかもな」と新一も一緒に苦笑するのだった。
その後、快斗の特技に『新一を見つけ出すこと』が加わったのかどうかは定かではない…。
END.
『職業病』を使いたいが為に書きなぐったブツ(爆死)
え?半分起きてたのに新ちゃんが可愛らしい?それは前後半を書いた時期が空い……ごほごほ。
いやいや、あのラブラブっぷりは確信犯なのかそれとも半分寝ていたから寝起きなのか。
それは皆さんにお任せします♪(逃)
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