「なあ快斗」


「ん?」


「手品用の薔薇って棘ないよな?」








手品用の薔薇








「そりゃないでしょ。怪我しても困るし、怪我されても困るし」
「そうか」


 いつもの様に本を読む新一の横で手品の練習をしていたら突然そんな事を尋ねられた。
 どうして突然?と快斗は首を傾げたが新一からの答えはない。


「じゃあ、そんな新一君にはこれをプレゼント♪」


 反応してくれない新一に、快斗は何も無かった筈の手の中から綺麗な薔薇を一輪出して新一に渡す。


「いらない」


差し出された薔薇には目もくれず、視線は本に落としたまま新一はそっけなく答える。


「…え?」
「それ棘ないんだろ?」
「そりゃ大事な新一君に怪我はさせられませんからね♪」


 もちろん、と胸を張る快斗に新一はふぅっと小さく息を吐いた。


「じゃあ、いらない」


 相変わらずのそっけない返事に快斗は不思議そうに首を傾げる。


「何で? 手品用の花じゃ不満?」
「棘が無い薔薇なんていらねえよ」


 不機嫌そうにそれだけ言うと新一は快斗を残して書斎に行ってしまう。


「ちょ、新一! 待ってよ!」


 直ぐに追いかけたが、無情にも快斗の目の前で書斎の扉は閉められてしまった。



――――――ガチャ。



 (鍵まで掛けられた…)


 快斗がその気になれば直ぐに鍵の一個や二個ぐらい直ぐに開けられるのだが、これは彼の意思表示だから。
 入ってくるな、という…。


(俺なに気に障る事したんだろ…?)


 彼が書斎に篭ってしまう時は自分が何かした時。
 う〜ん…、最後に話してたのが…。


(『棘が無い薔薇なんていらねえよ』か…)


 棘の無い薔薇が何故そこまで気に入らないのか?


「う〜む…」


 何がそこまで気に入らないのかさっぱり解らない快斗は書斎の扉の前で頭を抱え考え込んでしまうのだった。








 一方書斎に篭った新一はというと…。


「ムカツク…」


 一人書斎の椅子に腰を下ろすと盛大にむくれていた。


「バ快斗が…。だいたいKIDなんてやってる分際ならそのぐらい解れよな…」


 ぐちぐちと快斗に対し悪態をつきながら昨日の志保との会話を思い出していたのだった。






『工藤君、借りいてた本を返しに来たのだけど』
『ああ、その辺置いといてくれ』


 すっかり推理小説に夢中の新一は本に目線を落としたままでそれだけ言うとまた本の世界へ旅立とうとしていた。
 が、志保は志保で自分の会話を進めようとする。


『あら、今日は黒羽君はいないのかしら?』
『快斗なら買い物に行ってるけど何か用か?』
『ええ、昨日貰った薔薇のお礼にこれを渡そうと思って』


 志保の持っている物に興味を引かれ顔を上げてみれば、彼女が持っているのは快斗の好きなケーキ屋の箱だった。


『昨日の手品用の薔薇か?』
『いつも貰ってばかりじゃ悪いでしょう?』

 博士の来客用の物を買いに行くついでだったのだけれど。

『そっか。じゃあ俺が渡しといてやるよ』
『そうね。じゃあお願いしようかしら』


 それだけ言うと志保は冷蔵庫へその箱をしまう。


『それにしても薔薇の御礼にしちゃ幾分豪華過ぎるんじゃねのか?』
『量が半端じゃなかったでしょ…?』
『なるほどな…』


 誰が世話すると思ってるのかしら、と表面上嫌そうに語る志保の瞳が酷く優しいのに新一は安堵する。
 彼女も穏やかになったよな、と。


『そういえば、彼に貰ったの棘のない薔薇だったのよ』
『そりゃそうだろ。手品用の花なんだから』


 突然そんな事を言い出した志保に新一はさも興味なさそうに答えた。


『その様子だと知らないみたいね』
『は? 何のことだ?』


 何かを企んでいるような哀の瞳に新一は怪訝そうに志保を見詰める。
 こういう瞳をしている時は必ずといって何かあるから。


『いいのよ。世の中には知らない方が良い事もあるものよ』


 しかし予想に反して、黒羽君に宜しくねとだけ言い残すと志保はさっさと帰ってしまった。


『一体何なんだよ…』


 後に残された新一は一人訳が解らず、しばし呆然として志保が出て行った方向を見詰めていた。






(ムカツク…)


 どうやら志保とのやり取りを思い出し余計に腹が立ったのか新一の眉間の皺は深くなる一方で。


(だいたいなあ、そんな花なんか配りまくってんじゃねえよ!!)


 あの後、志保の言った事が気になって取り敢えず花言葉を調べて判明した事。

 薔薇は色だけでなく、棘の有る無しによって花言葉が変わるという事。
 そして棘のない薔薇の花言葉は、一般的には『誠意と友情』。

 けれど、もう一つ…『初恋』という意味もある。


(何が『初恋』だ!ふざけんじゃねえ!!)


 てめえは俺のもんじゃねえのか!なんて快斗が聞いたら泣いて喜びそうな事を心の中で叫びつつ新一はイライラを募らせていた。




 ―――――コンコン



「新一?」


 控えめなノックと共に問題の人物が声をかけてきた。
 ここで乗るべきか蹴るべきか…。


「…新一?」

(しかとだ、しかと)


 ここは蹴るべきだと判断してだんまりを決め込む。


「ごめんね新一」


 反応が返って来ない事で新一がかなり御冠だと判断したらしい快斗は素直に謝罪の言葉を述べてくる。
 が、それが余計に気に食わなかったりするのだが…。


(だいたいあいつ俺が怒った意味解ってんのか?)


 ここに篭る前のあいつの反応からすると、どうやら自分の思っている事は理解していなかったようだから。
 しかし、それを確かめるとなるといやでも快斗と口を聞かなければならない訳で…。


『で、てめえは俺が篭城してる理由が解ったのか?』
「多分…」

でも、もしかしたら俺の思い上がりかもしれないんだけど…。


 自信なさそうにそう続ける快斗に新一は返事を返さない。


「新一?」
『言うだけ言ってみろ』

 俺の怒ってる理由が解ったんならな。

「『棘のない薔薇』の花言葉ってさ…」
『ああ』
「『誠意と友情』の他に『初恋』もあるんだね…」

 って言っても、今調べて知ったんだけど…。

『そうらしいな』
「それで…怒ってる?」
『………』
「だとしたら俺凄い嬉しいんだけど…」
『…勝手に嬉しがるなバ快斗』
「だって嬉しいんだもんv」


 新一の口調の僅かな変化からそれが正解である事を理解した快斗は途端にご機嫌になる。


『………快斗、コーヒー』
「はいはいv」


 どうやら新一の機嫌も少しは浮上したらしい。
 この分ならコーヒーを淹れて戻ってきた頃にはこの扉を開けてくれるだろう。
 そう判断して快斗はルンルンとキッチンへと向かうのだった。






 それから快斗が手品で出す花の中にはバラは含まれなくなったらしい。









END.


久しぶりに快斗にべた惚れ(?)新一(笑)


top