真っ白な真っ白な鳥

 その鳥が真っ赤に染まる瞬間を見た

 それを現実にしたくなくて

 だから最低な手段を使ったんだ








選択(side S)








 真っ白な鳥が真っ赤に染まる。
 ゆっくりゆっくりとその鳥が地上から落ちてくる。

 その光景に叫ぶ事すら出来なくて。
 苦しみに耐えるかの様に胸元を握り締めたところで目が覚めた。


「んっ…」


 薄暗い室内で静かに目を開く。
 そこで先程までの光景が夢だったのだと気付いた。

 ほっとして胸を撫で下ろせば視界の端を白が過ぎる。

 気付いた時にはベットから飛び起きてその白を掴んでいた。


「どうしたんですか?」

 どうしてそんなに泣きそうな顔をなさってるんです?


 声をかけられてはっとする。
 自分が握り締めていたのは彼のマントだったから。


「…………何でもない」


 けれどそれに気付いても、さっきまで見ていた夢が頭から離れなくて。
 それをぎゅっと握り締めたままの手を離す事が出来ない。


「何でもないならどうしてそんな顔をなさってるんですか?」
「………」


 じっとこちらを見詰めてくる彼の瞳を見ていられなくて、彼から視線を外す。
 このまま見詰められていたら彼に解られてしまいそうだから。

 視線を逸らしても彼が困っているのは気配で解る。
 背けた視線を少しだけずらして時計を見る。

 予告時間まであと30分しかない。

 彼を困らせてはいけない。
 彼の邪魔をしてはいけない。

 頭ではそう解っているのに感情がついてこない。

 どうしようもなくぎゅっとマントを握る手に力を籠めれば、


「言って下さらなければ解りませんよ?」


 とその上から優しく手を添えられる。
 その手の暖かさに泣きたくなって、けれどそれが彼を尚更困らせるだけだと解っているから。

 だから、


「………何でもない」


 と言って俯く。

 彼から自分の表情が隠れる様に。
 けれどそんな自分にも彼は優しくて。


「名探偵」


 優しく優しくそう呼ばれ、頬に手が添えられる。
 けれどその気配が、その呼び方が、そして自分の握り締めている白が彼が彼ではない事を示していて。

 先程の光景が頭の中で何度も蘇る。


「……か…いと…」


 口から出たのは彼の本当の名前。
 夢を現実にしたくなかったから。
 彼から少しでも赤く染まった白を遠ざけたかったから。

 涙と共に彼の名前が口から零れ出たのは本当に無意識。


「新一」


 何かを感じ取ったらしい彼が呼んでくれたのは自分の名前。

 『名探偵』ではなく『新一』。

 その事に少しだけほっとして、けれどその次に貪欲なまでに願うのは、彼から更に彼を引き離す事。
 それがどれだけ卑怯なやり方か解ってはいても、もう止める事など出来なかった。


「……い……くな……」
「新…一…」


 喉が渇き切っている様な気がする。
 何とか紡いだ言葉に流石に快斗も息を飲んだのが解る。

 それでも新一にはもう止める事は出来ない。


「いく…な……」


 搾り出す様にそう言ってぎゅっとマントを握る手に更に力を籠める。
 自分でも手が、身体が震えているのが解る。

 嫌われたかもしれない。
 こんな弱い自分なんて呆れられるかもしれない。

 そう考えると怖くて怖くて、ぎゅっと目を瞑る。
 けれど返って来たのは優しい優しい言葉。


「新一が行くなって言うなら行かないよ」


 そう言われて、頬に添えられていた手が自分の手を優しく包み込んでくれる。


「新一が行って欲しくないなら俺は行かない」


 優しいけれどはっきりとまるで誓いを立てるかのようにそう言われる。
 それは静かに静かに新一の心の中に落ちていく。

 甘い甘い誘惑の様に。


「………」


 ゆっくりと目を開いて彼の顔を見詰める。
 微笑んでいる顔は裏の顔など微塵も感じさせない明るくて穏やかで優しい物。

 その笑顔は『黒羽快斗』のもの。

 それに安心して新一はこくんと小さく頷く。
 頷いた自分に快斗は一瞬ほっとしたような表情を見せて、優しく抱き締めてくれた。


「行かないから大丈夫だよ」


 そして再び紡がれる誓い。


「傍に居るから」


 強くけれど自分を安心させるように言い聞かせるように言われた言葉に、胸が一杯になって、


「かいと…」


 彼の名前を呼ぶことしか出来ない。

 言いたい事は。
 伝えたい事は。

 伝えなければならない事は沢山ある筈なのに、頭が回らない、言葉が出てこない。


「何処にも行かないよ」


 抱き締められている腕に力が籠められる。


「愛してる」


 その言葉に胸がちくっと痛む。

『愛してる』

 それは新一だとて同じ事。

 彼がどれだけの思いで今まで『KID』を続けてきたか解っているのに。
 自分は其れを一番近くで見て来たのに。

 それなのに自分は彼からそれを奪おうとしている。

 でも、それは裏を返せば彼がいかに危険に曝されてきたかを一番知っているという事。
 彼が何時銃弾に倒れる事になっても不思議ではないと知っているという事。

 だから…だから卑怯だとは思っていても……。


「俺も……愛してる……

 だから…だからいくな…。


 そう言わずにはいられなかった。
 彼を…彼を失うなんて考えられないし、考えたくなかったから。


 自分でも最低だと思う。

 彼が自分を大切に思ってくれている気持ちを。
 彼が自分を愛してくれている気持ちを利用して彼を縛り付けるのだから。


「俺はたった今から唯の『黒羽快斗』だよ」


 自分の言葉に快斗は頷いて、眩しい程の笑顔を自分へと向けてくれる。

 それは自分が彼に裏の顔を捨てさせた瞬間。
 自分が彼を無理矢理愛情という鎖で縛り付けた瞬間。

 選んだのは最低な手段で彼を縛り付ける事。

 けれど自分の中に蟠る罪悪感で、彼の命に比べればほんの些細な痛みで、彼を守れるのなら。
 それすらも喜びになる。

 選び取らせたのは極々普通の人生。
 それは彼の為であると同時に自分の為の選択。








END.


無理矢理です…かなり無理矢理終わらせてるのがバレバレですι
もっと盛り込まなきゃいけないブツは嫌と言う程あったはずなのに…ι
逃亡します…探さないで下さい…(逃)


ちなみに、いらん裏設定(ぇ)
実は………この話しの新一さんは予知能力を持ってます(核爆)
んで、予知夢なんですね、これ。
だからここまで必死で止めてる……………ほんといらん裏設定ι(逃)


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