小学校からの帰り道

 見たくない光景に遭遇した












 それは私だけの秘密












「おい怪盗。人の帰り道でてめえは何してんだよ」


 小学校からの帰り道にある小さな公園。
 その公園のベンチに座り、鳩に餌をやっていた学ラン姿の青年にコナンは声を掛けた。


「あ、名探偵。お帰りなさい」
「お帰りなさい、じゃねえよ。何やってんだよこんなとこで」


 のほほーんとした顔でベンチに座ったままコナンに微笑みかける青年にコナンは軽く眩暈を覚えた。
 大げさに頭に手を当てて顔を顰めても青年は笑ったまま。


「何って、鳩に餌やってるんだよ」
「んなもん家でやれ」
「だってえ…偶には外にも出してやらないとね…?」
「つーか、こんな普通の公園でそんな鳩出してんじゃねえよ」


 真っ白な鳩。
 手品の助手でもあるその鳥は普段の手入れが良いのだろう。本当に真っ白で。
 典型的な例えだと思うけれど、真っ白な色はさながら雪の様で、日に照らされれば更に白く輝いて見えた。


「ん? 何で? 手品用の普通の鳩だよ?」
「だから……普通の公園に居る鳩に混じってそんな綺麗に手入れされた鳩が居たら何事かと思うだろうが」


 しかもそんなに大量に…。

 付けたし気味にそんな事を言ってコナンは思いっきり溜息を吐いた。


「大丈夫だよ」
「何がだよ」


 けれどそんなコナンにも動じず青年は笑顔を絶やさない。


「今は誰も来ないから」
「誰も来ないって…」
「今はね、通行止めだよ。この辺りは」

「………は?」


 目を点にして見詰めてくるコナンに楽しそうに青年は語る。


「通行止めなんだよ。今日は」
「通行止めって、工事か何かか? そんなのやってた覚えはないけど…」
「工事なんてしてないよ」
「じゃあ、どういう事だよ」
「そのままだよ」
「そのままって…」
「そのままはそのまま」
「………てめぇ、鳩に餌やる為に通行止めにしたっていうのかよ」


 漸く青年の言っている意味を理解したコナンは、もう思いっきり呆れたのを示す様にさっき以上に大きな溜息をこれ見よがしに吐いてやる。
 もっとも、青年にはそんなもの通じないと分かっているのだが。


「違うよ」
「ん…?」


 けれど、そんなコナンの言葉に青年は少しだけ真面目な顔になる。
 先程の笑顔とは別に用意された仮面。


「今日は名探偵に話が有って来たんだ」
「俺に…話?」
「そう」


 真っ直ぐに向けられた視線。
 その眼差しの真剣さにコナンの姿勢が思わず伸びる。

 彼が座っていてくれたのは救いだった。
 でもきっと彼は計算して座っていてくれたのだろうけれど。


「話しって言うよりは言いたいことがあった、ってところかな」
「言いたい事? お前が俺に?」
「ああ」
「一体何だよ」


 訝しげに訪ねるコナンに青年は―――クスッと笑った。
 けれどそれは先程の笑顔など全部嘘だと思わせるような、背筋すら凍りそうな冷たい笑みだった。


「なあ、名探偵。最近お前俺のフィールドに入ってき過ぎだよな?」
「お前のフィールドって…」
「お前のフィールドは殺人だろ? こんな犯罪者は二課に任せとけよ」
「………」
「名探偵は俺なんて追ってる暇があったら、さっさと元の姿に戻れる様に情報収集でもした方がいいんじゃないの?」
「っ……」


 思いもしなかった言葉。
 その言葉にコナンの顔が歪められる。

 それでも青年は辛辣な言葉を止めようとはしなかった。


「暇潰しに俺のとこ来られても困るんだけど?」
「……!」


 見開かれた瞳。
 徐々に潤んでいく蒼。

 それを青年はただ冷静に見詰めていた。


「はっきり言ってさ、邪魔なんだよ。名探偵は」
「………」
「俺を捕まえるつもりなんか本当はないんだろ?
 名探偵は楽しみたいんだけなんだよ。頭脳戦という唯のゲームをな」
「違う!」


 懸命に。
 零れ落ちそうになりそうな雫を押し留めてコナンは叫ぶ。


「違うっ…! 俺はゲームなんて…」
「ゲームなんてしているつもりはない、か?
 その割には俺を捕まえるより、俺との追いかけっこを楽しんでる気がするんだけど?」
「っ……」


 きっと傍から見れば兄弟喧嘩の様に見えるのかもしれない。
 兄が理不尽に弟を責めている。
 そう見えるのだろう。

 青年は何処か遠くからこの光景を見るように頭の奥底でそんな事を考えていた。
 そして、もう終わりにしようとも。


「とにかく、もう邪魔しに来るなよ」


 それだけ。
 それが最後だと言う代わりに青年はベンチから立ち上がり指をパチッと鳴らす。

 その瞬間、足元に広がっていた白い絨毯も消えてなくなった。


「そんな事お前に…」
「言われる筋合いはない、か?」


 どこか遠くを見詰めながら青年が呟く。
 けれど、次の瞬間、


「兎に角邪魔なんだよ。もう来るな」


 その瞳は改めてコナンを捉えていた。
 今までとは違う、威嚇するかの様な目で。


「それだけ言いに来たんだ。じゃあな…」


 もう、いいのだと。
 これ以上話すことはないのだと言う様に青年はコナンに背を向けた。










「待てよ」










 けれど、予想外な事にもう一度振り返る羽目になってしまった。


「何だよ」
「お前の言い分は分かった」


 其処にはもう、先程の潤んだ蒼は存在していなかった。


「だから、俺の質問に一つだけ答えてくれないか?」


 真っ直ぐに向けられた蒼。
 それを藍もまたまっすぐに受けとる。


「何だ?」

「お前は…楽しんでなかったと言えるのか?」


 真っ直ぐ、何の疑いもなく放たれる言葉。
 その余りの真っ直ぐさに青年も流石に苦笑を浮かべた。


「それは名探偵の想像に任せるよ」
「こないだ煙草を吸わなかったのもそのせいなんだろ?」


 ああ、アレか。
 どこか遠くでそんな声が聞こえた気がした。


「何の事かな?」
「しらばっくれるのかよ。俺が忠告までしてやったってのに…」


 むすっとした顔をしたコナンはいつもの彼そのもの。
 それに少しだけ安心して青年は踵を返す。


「あれは、俺と白馬に気付かせる為にわざとやったんだろ?」
「さあね。忘れちまったな」


 コナンの言葉にももう振り向かず、ひらひらと手を振った。
 もう振り返る必要はないから振り返らない。


 だってきっと振り返ったらばれてしまうから。










 ――――今自分がきっと泣きそうな顔をしている事が。






























 ソレに気付いたのはいつだったか。
 ソレを悟ったのはいつだったか。

 彼は自分を心配してくれている。
 彼は自分に興味を持ってくれている。


 それがどれだけ不味い事なのかつい先日まで気付かなかった自分はきっと、甘い誘惑に取り付かれて冷静な判断が出来ていなかったのだろう。


 連日数を増してくる組織の追っ手。
 それは彼と対峙している時ですら同じ。


 そして致命的だったのは―――こないだのあの事件。


 煙草を、彼の忠告通り吸わなかったのは二つの理由がある。

 一つは彼の身体に負担をかけたくなかったから。
 たかが煙草、とは言っても害になる事に変わりはない。
 毒薬を体内に取り込んだ身体はきっと本人が思っているよりずっと脆くなっているから。
 だから少しでも負担を掛けたくなくて吸わなかった。

 例え本人が忠告してくれたとしても。

 本当なら理由はこれだけの筈だった。
 これだけで良かった筈だった。


 けれど、二つ目の理由は――――煙草に仕込まれていた『毒』

 未だに誰かは分からない。
 けれどきっと、犯人はあの中に居る。

 それはすなわち、『探偵』の中に『犯人』がいる事になる。

 きっと―――組織の人間が。



 そう知った時、目の前が一瞬にして真っ暗になった。



   敵が多くなって面倒、とか。
 自分の命が危ないから、とか。

 そんなつまらない物じゃない。

 『探偵』の中に『犯人』が居るとしたら。
 そしてそれに誰も気付いていないのだとしたら…。




 危険なのは…誰だ?




 そこに思い当たってしまったから、あんな突き放すような真似をした。
 彼は―――彼だけは、危険な目にあわせたくない。

 例え常に危険の中に身を置いているような状態であったとしても。
 彼だけは全ての危険から遠ざけておきたい。




 例えそれで………自分が彼に憎まれる結果になってしまったとしても。










「まだ、貴方を失う訳にはいかないんですよ。名探偵…」










 帰り道、呟いた快斗の肩にさっき消した筈の白い鳩が一羽止まった。





「お前も、そう思うよな…?」





 快斗に頷く様に頭を擦り付けるその鳩にだけ聞こえる様に快斗は小さく、本当に小さく呟いた。




















「いいんだよ。俺の片想いなんて実らない方がさ………」























えー…雪花姉さん、大変お待たせしました。
無理矢理感漂う感じですが宜しければお受け取り下さいませ。

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