夜のひんやりとした空気が好き


 何だかあいつが傍に居るみたいだから








一時の再会








「結構冷えるよな」


 11月とは言っても夜になれば結構な寒さになる。

 けれどそう呟いた本人はかなりの薄着で。
 そんな服装をしていれば寒いのは当たり前だと誰もが思ってしまうのだけれど。


「風も冷たいし…でも悪くねえかも」


 こんな風にひんやりとした夜の気配はあいつを思い出すから。
 こんな夜は思わずもう二度と会う事のないあいつに思いを馳せてしまうから。


「懐かしいよな…」


 最初に対峙した時はお互い名前すら知らなくて。
 初めての邂逅では結構ムカツク事を言われて。
 何度か偶然に色々な現場で出会って。

 結構楽しかったよな、なんて不謹慎にも笑いが零れる。

 罪を背負う者なのに、夜に紛れた方が楽な筈なのに、それでもあの純白を纏い続けて。
 そんな矜持の高さにも惹かれたのだけれど。


「何か無性に会いたくなったな」


 記憶の中の彼は何時も不敵な笑みを浮かべていて。
 捕まえたかったけど捕まえたくなくて。
 最初はその事に戸惑いすら覚えたけど最後には自分の気持ちに気付いて。

 そんな事を考えながら思わず呟いていた。


「会いたいな…KIDに…」
「そんなに私に会いたかったのですか?」
「!?」


 思いもよらない所から突然声をかけられて。
 上を見上げれば何処かのご家庭の屋根の上に優雅に佇む一つの影。

 その気配はやっぱり夜の気配に似ていて。
 けれど今彼が纏っているのは昔の純白の衣装ではない。


「お前びっくりさせんやめろよな」

 つうかそれ不法侵入だから降りて来い。

「おやおや、お気に召しませんでしたか?」

 解りました。貴方のお顔も拝見したいですしね。


 ふわっと二階建ての家の屋根から新一が歩いていた道へと降り立つ。
 普通の人間なら良くて骨折ぐらいの行動も彼にかかればなんて事はなく、足音一つ立てずに新一の眼前に降り立った。


「今晩は名探偵」
「久しぶりだな」
「ええ、貴方がそんなに私の事を思っていて下さったとは知らなかったもので」
「俺も知らなかったよ」


 こんな夜じゃなきゃ思い出さなかった。
 こんなひっそりとした涼しい夜じゃなきゃ思い出さなかった。

 自分がこんなにこいつに会いたかったなんて気付きもしなかった。


「会いたいなら言って下されば良かったのに」

 貴方の為ならいつでも会いに来ますよ?

「うるせえよ。俺のこと迎えに来たのはお前じゃねえだろ?」
「けれど貴方が私に会いたいと言って下さったものですから」

 ついつい出て来てしまいましたよ。貴方に会う為だけに。

「ったく、しょうがねえな」


 目の前の嘗ての想い人に苦笑しながら呟けば突然その腕の中に抱き込まれた。


「まったく、相変わらず薄着なんですね」

 そんな事だから私の事を思い出すんですよ。

「誰かさんが出かけに居なかったからな」

 そう思うなら温めることだな。


 お互いに終える事のないこの遊戯にくすくすと笑い合いながらお互いの身体を暖めるように抱きしめ合う。
 まるでそれしか知らない子供の様に、ただお互いを暖めるために。


「少しは暖かくなりましたか?」
「ああ。大分温まったな」
「それでは私の事などもう忘れてしまわれますか?」

 貴方が思い出したのはこの夜の冷たい気配のせいでしょう?

「…忘れた方が幸せだろうな」

 お前との対峙は楽しかったけれど、それよりも今は極上の幸せがあるから。
 忘れた方が幸せなのかもしれないな。

「また思い出して下さいね?」

 完全に忘れられてしまうのは寂しいですから。
 いくらその方が安全と言えどもね。

「…たまには薄着してやるよ」

 まあどうせ誰かさんが出かけに居ない時限定だろうけどな。


 ぶっきらぼうに呟いてその胸に顔を埋める。
 身体に熱が伝わるのと同時に心まで温かくなった様な気がして不思議だった。


「でもね新一。俺はそうそう新一に薄着させるつもりはないんだけど?」
「…変わり身が早いってのはまさにお前の為にある言葉だよな」
「だってKIDに新一とられたくないし〜♪」
「どっちお前だろうが」

 ったく、自分にまで妬くなよな。

「俺の中では違うの!!」
「あー、解ったからさっさと帰るぞ」
「って待ってよ新一!」


 するりと快斗の腕の中から抜け出してさっさと帰路へ着く。
 そんな自分を追ってくる快斗に笑みを零しながら夜の闇にこっそり呟いた。


「またいつか涼しい夜に会おうな…」







END.


涼しい夜は彼を想う…?


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