血の様に赤い薔薇
血の様に赤い石
ねえ、名探偵
凄く綺麗だよ?
赤
「…こんな所に閉じ込めて……どうしようって言うんだ?」
「別にどうするつもりもありませんよ。ただ名探偵が欲しかっただけですから」
そう言って狂った怪盗は笑って見せる。
何もいけない事は知らないという様な綺麗な笑みで。
笑う。
裏も表も無く。
綺麗に綺麗に。
彼は笑う。
「……お前は何がしたいんだ?」
「だから言っているでしょう? 名探偵には『赤』がとてもよくお似合いだと」
赤一面の部屋。
視界に広がるもの全てが赤の世界。
壁も。
床も。
カーテンも。
全てが赤。
頭が痛くなりそうな程、赤い世界。
それに加えて、室内に広がるのは噎せ返る様な薔薇の香り。
毒々しい程の赤い薔薇が所狭しと飾られている。
そして異常な程に赤いシャンデリア。
使われているのは赤い石。
それがルビーなのか、ガーネットなのか、それとも違う石なのか。
怪盗程宝石に詳しい訳でもない新一には、この赤一色の部屋の中では判別がつかない。
「それで、全部を赤く染めて俺を其処に閉じ込めてるって訳か?」
「ええ」
「………」
力いっぱい頷いて彼はまた笑う。
楽しそうに。
幸せそうに。
「どうして俺に『赤』が似合うなんて思うんだ?」
「名探偵の肌は雪の様に白くて、本当に抜ける様に白くて…だからとても赤が映えるんですよ」
「ま、確かに白いのは認め…」
「それに…」
「…?」
「血塗られた道を歩いて来た名探偵には―――血色の『赤』が一番お似合いですよ」
笑う。
彼は笑う。
悪魔の黒い言葉を吐きながら、天使の真っ白な笑顔で彼は笑う。
「だってそうでしょう? 名探偵は人殺しなんですから」
「違う…っ! 俺は、っ…………はぁっ……はぁ……」
泣き叫びながらまた夜が明ける。
ここ数日間見続けている同じ夢。
彼が笑う。
俺に似合うのは『赤』だと言って。
彼は笑う。
俺を『人殺し』だと言って。
「っ…!」
喉を押さえ、こみ上げてくる吐き気とも嗚咽とも付かないものを押し止める。
それでも押さえ切れなかった涙だけが一筋、一筋と、頬を伝って零れ落ちる。
「違う…俺は……」
今此処には自分しか居ない事は分かっていた。
アレが夢なのも当然分かっていた。
それでも、自分は違うのだと、自分はそんなモノではないのだと、言い訳めいた説明をしたくてどうしようもなくて言葉が溢れた。
「俺は……望んでない」
そう、望んだのはこんなモノじゃない。
ただ望んだのは『真実』。
ただ、それだけ。
「俺が望んだ訳じゃない……」
赤く染まる視界も。
赤く染まる両手も。
全て望んだモノじゃない。
自分を取り戻すために行った罪を否定することなど出来ないと知っている。
けれど―――望んだ訳ではない。
死体を見て何も感じない人間が居る訳じゃない。
感覚が麻痺する程に、何千何万の死体を見ている訳じゃない。
ましてや…自分が追い詰めた人間が死んで何も感じないなんて事、ある筈がない。
ただ、平静に見えるのは…平静で在ろうとしているだけ。
けれど、そんな弱音なんて誰にも言えない。
自分はいつでも冷静に『名探偵』で居なければならない。
そうでなければ、『真実』に一番近い所には居られなくなる。
「……俺は……」
何もかも見透かした様なあの瞳が頭に浮かんだ。
濃紺の様な紫煙の様な、穏やかでいて、酷く心を掻き乱す色をした彼の瞳が。
「望んだ……訳じゃないんだ……」
どこまで呟いても言い訳にしか聞こえないであろう言葉を、そうだと分かりながら紡ぐ。
そうしていなければこのまま狂ってしまいそうで。
「……俺はこんな事望んでなかったんだ」
それは、ひっそりと紡がれる『名探偵』の『本音』。
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