『俺のモノになれよ』


 言われた言葉が間違いじゃないかと思った
 間違いじゃないと分った後は、眩暈がした

 正気じゃない
 気が狂ってる

 ホントにコイツは
 一筋縄じゃいかない


 だけどな、名探偵


 俺はまだ
 誰かのモノになってやる訳にはいかねーんだ…












君を振る理由













「キッド、俺はお前が好きだ。だから、俺のモノになれよ」


 某月某日、某現場。
 警部やら白馬やらを上手く巻いた後、結局最後まで追い掛けて来た探偵と高層ビルの屋上でいつもの様に対峙していれば、突然言われたその台詞。
 流石のキッドもその言葉に目が点になった。

 言われた言葉は最初、音だけの認識しかされず、脳に届かなかった。
 もしかしたら脳が聞く事すら拒否したのかもしれない。


「……名探偵。お前遂に身体だけじゃなく頭まで子供に戻ったのか?」


 だから思わずキッドが素の顔でそう言ってしまったとしてもきっと誰も責められないだろう。
 けれど、そんなキッドの態度にコナンはむうっと眉を寄せ、盛大に不機嫌な顔をして見せた。


「バーロ! んな訳ねえだろ!!」
「だよなぁ…。でもだったら、そのご自慢の頭脳が何でそんな訳分んない結論を弾き出してんだよ」
「訳分んなくねえだろ? 俺はお前が好き。だからお前が欲しい。ただそれだけだ」
「ただそれだけって…;」


 流石俺様、女王様。
 常日頃尊大な奴だという認識はあったが、ここまですっきりさっぱり言われてしまうともう溜息も出てこない。

 けれどコナンは呆れ顔なキッドなどどこ吹く風。
 つかつかとキッドの傍まで歩み寄ると、くいっと純白のマントを引っ張った。
 行動こそ子供の可愛らしさはあったものの、口元に掃かれた笑みは子供のそれではない酷く妖艶な物。
 それに一瞬だけ見惚れたキッドの心を見透かす様に、更に尊大な台詞がその口元から吐き出される。


「お前は大人しく俺のモノになっときゃいいんだ」
「だーかーら、何でお前のそのご自慢の頭脳がそんな結論に辿り着いたんだっつーの!!」
「だから、言ってるだろ。俺はお前の事が好きなんだよ」
「俺は男だ!」
「だから何だよ」
「普通は男が男に告ったりしねーの!」
「別に性別関係なくお前の事気に入ったんだからいいだろ」
「良くねーよ! 俺の気持ちは考慮無しか!!!」


 余りにも自分勝手に進む理論にキッドが絶叫を上げれば、煩いとばかりに空いている方の手で片耳を塞いだコナンに睨まれる。
 何だか余りにも理不尽だ。


「お前だって俺の事嫌いじゃねえだろ?」
「…お前、どんだけ自意識過剰なんだよ、名探偵;」
「過剰じゃねえよ」
「分った。じゃあ百歩譲って俺がお前を嫌いじゃないとして、だ。
 それはあくまでも嫌いじゃないってだけで、お前の事好きかどうかはまた別問題だろ?」
「そうか?」
「そうだ!」
「ふーん…そういや、キッド」
「何だよ」




「お前あの事件の時、俺の事『尤も出逢いたくない恋人』って言ったらしいじゃねえか」
「!?」


 ニヤニヤと楽しげに言われた言葉に、一瞬ビクッと反応して。
 キッドは次の瞬間大げさに頭を抱えた。


「あの婆さん…喋りやがったな…」
「まあ、お前がそう言うなら折角だから本当の『恋人』になってやろうと思って…」
「お前な、アレは例えだ!! それに『尤も出逢いたくない』って前に付いてるのを無かった事にすんな!!!」
「そのぐらい、好きって事だろ?」
「何をどうしたらそれだけ良い風に取れんだよ!!!」


 流石は『平成のシャーロックホームズ』なんて異名を取る稀代の名探偵。
 発想が常人には理解できない。
 なんて思っているキッドの胸の内を聞く事が出来たならきっとコナンはこう返すだろう。

 『お前は、常人のつもりなのか…』と(爆)

 まあ、それはさて置き、余りにも余りな暴君丸出しのコナンの発言に頭を抱えたキッドなんかしれっと無視をして、コナンはもう一度くいっとマントを引っ張った。


「だから、とりあえずお前は俺のモノになっときゃいいんだよ」
「………;」 


 俺様、女王様、名探偵様だ。
 余りにも尊大で暴君過ぎる態度にキッドは眩暈を覚え、そして溜息を吐いた。

 確かにこの探偵の事は嫌いではない。
 寧ろきっと好きな部類に入るのも事実だろう。

 でも、自分は――――。


「……駄目だよ名探偵。俺はお前とは付き合えない」


 キッドの纏う雰囲気が僅かに変わった。
 そんなキッドにマントを掴んだ手こそそのままだったが、コナンは僅かに身体を固くする。
 それでも、誤魔化す様に口を開いた。


「…何でだよ。俺が好みじゃないなら…」
「そういう理由じゃないよ。俺はね、名探偵。『泥棒』なんだよ。
 世間じゃ『怪盗キッド』なんて言われて表舞台ばっかり騒がれてるけど、こう見えても、裏では細かい汚い仕事もしてんの」


 自嘲気味に笑うキッドが痛々しくて。
 コナンは努めて平静を装う。


「…は? お前、ホントにコソ泥まで手伸ばしてたのか…?」
「そういう意味じゃないよ。でも、そう大して変わらない。
 ああいうビッグジュエルなんて物はさ、ヤバければヤバイ物程、裏の世界に隠れてんだよ。そういう情報も入手する為にさ……色々やってる訳」
「情報収集のためだったら俺だってハッキングぐらい…」


 そう、自分だってそうだ。
 あの組織を追う為なら、何だってする。
 犯罪すれすれ…いや、半ば犯罪に足を突っ込んだって譲れないモノがある。
 それをコナンだって知っている。

 だから、真っ直ぐにキッドを見詰めれば、そんなコナンをキッドは鼻で笑って見せる。


「ホント、名探偵ってば発想がお綺麗だなぁ…」
「何だよ、それ」


 むぅっと寄ったコナンの眉さえキッドは更に鼻で笑ってやって、秘密を告げる様に少しだけ声を落とした。


「俺はね、名探偵。そんな綺麗なやり方だけしかしてない訳じゃないんだよ?」
「どういう意味だよ」
「…まあ、名探偵みたいな純粋なタイプにはあんまり聞かせたい話じゃないんだけど…」
「………」


 散々勿体つけてやれば、案の定鋭い目で睨まれる。
 予想はしていたが、正直その目は心臓に悪い。
 だから仕方なく、キッドはもう一度口を開いた。


「分った、分った。言うから睨むな。
 その代わり、お前が言えって言ったんだから後から苦情言うなよ?」
「んなもんいわねーよ」
「どうだかな…。まあ、いいけど。
 一回お前と例の空き家であった事件あっただろ?」
「ああ。あの金剛石の…」
「そうそう。一番分り易いとこだとそういうトレジャーハンターみたいな事も日々してたりするんだけど…」
「それのどこが汚ねえ仕事なんだよ」


 更に鋭い目で睨まれてキッドは苦笑する。
 本当は聞かせたくない。
 けれど、それを言わなければきっとこの目の前の探偵殿は納得して下さらないだろう。
 だから―――。


「だから、それが一番分り易くて一番綺麗だから最初に言ったんだって。
 他には、展示会とか出さないタイプのやつは、鑑定士の振りしてそういうの持ってるお宅に潜り込んだり、あとは…」
「あとは?」
「うーん…ホントにあんまり名探偵にこういう話しすんの嫌なんだけどなぁ…;」
「てめぇ…ちゃんと言うって言っただろーが!」
「分った! 分ったから、その右足の靴に手をかけるのは止めろ!!」


 そう言いながら、それでも言いだし辛そうに視線を彷徨わせるキッドをコナンは急かす様に靴のダイヤルに手を伸ばしかける。
 そんな怯えた振りをしながら、それでもそう理由を付けて言葉を紡ぐのは甘え以外の何物でもない事をキッド自身も分っていた。
 それでも、コナンに僅かに甘え、そして観念したのか小さな溜息を零しながらキッドは重い口を開いた。


「………結局さ、裏の情報なんてもんは……色仕掛けで入手すんのが一番手っ取り早いんだよ」
「色、仕掛け…」
「そう、色仕掛け。
 俺の場合はまあ勿論そのまま男でもいいんだけど、可愛い女の子にだって化けれるしvv」
「………」
「何だよ」
「お前、ホント女に化けるの好きだもんな」
「いいんだよ。その方が萌えるだろvv」
「漢字変換そっちかよ;」
「いいんだよ、こっちのが正しいのv
 で何が言いたいかつーと……名探偵。俺は、女でも男でも俺に有益な情報を流してくれる奴ならさ―――躊躇い無く抱くし、抱かれるよ」
「っ……」
「だから、お前とは付き合えない」
「キッド…」
「俺は、今…誰かのモノになってやる訳にはいかねーんだ」


 キッドとして、あの『愚かな女(パンドラ)』を砕く為に、どれだけ吐き気がしようと、どれだけ苦しかろうと、ソレを止める事は出来ない。
 ただでさえ期限付きの伝説。
 少しでも効率よく進めていかなければいけないのだから。


「だから、オレは諦めな。名探偵」
「……お前に有益な情報を持ってる奴ならお前は抱くのか?」
「まあ、情報次第だけどね。尤も、ビッグジュエルを持ってる本人抱く、ってのが一番最短ルートだけど」


 満足して相手が眠りに落ちる前に、甘い声で聞き出して。
 そうして優しく眠りにつかせてから、そっとソレを月に翳す。

 本当なら白い衣装を纏った自分で全て探し出し確認作業をしたいとは思うが、それでは辿り着けないお姫様方も世の中には相当な数眠っている。
 それを探すには…一番手っ取り早い。


「ふーん…」
「何? 軽蔑でもした?」


 コナンの感情の籠らない返事にキッドはそう言って自嘲気味に笑う。
 けれど、返ってきたのは全く思いもよらない言葉だった。


「だったら―――俺もお前に抱いて貰う権利はありそうだ」
「は……?」
「そんな事だろうと思ってな、母さんに頼んどいたんだよ。伝手で何とかなるビックジュエルかき集めといてくれって」
「…はぁ!??!」


 思いっきり素っ頓狂な声を上げたキッドに、コナンはそれはそれはシニカルな笑みを浮かべてくれた。


「お前がどんだけ自分の事卑下してんのかしらねーけど、俺がそんな事ぐらいでお前の事軽蔑する訳ねえだろ?
 寧ろ、お前を落とすチャンスをお前が自らくれたんだから、それは有難く使わせて貰わねえとな」
「え、えっと……」
「ビッグジュエル、確認する為なら―――女でも男でも抱くんだろ?」
「……お前………」


 コノヤロウ。最初から全部分ってて、俺がどう言うかすら見抜いてて―――――嵌めやがった。



「だから、安心して――――お前は俺のもんになっときゃいいんだよ」



 ニヤリと笑みを深めたコナンにキッドは溜息を吐きながらも、結局は降参するしかなかった。

 探偵に手に入れられた怪盗が本当の意味で探偵のモノになるのはいつの日か。
 それはまた――別の話し。
















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