冷たい雨は好き

 だって誰にも知られていない俺の罪を責めてくれる

 数少ないものだから…








――冷たい雨――









「気持ちいいな…」


 昼の蒸し暑さとは比べ物にならない涼しさ。
 今日は雨が降っているから更に涼しい。


 濃い灰色の空を見上げて。
 冷たい雨に打たれて。

 さっきまでの興奮が嘘の様に鎮まっていく。


 身体が芯まで冷えていくような。
 そんな自虐的な思いが酷く心地好い。


 6月は好き。
 雨音響くじめじめとした季節。
 普通の人が嫌がるそれは酷く俺に似ていて。
 降り注ぐ雨は自分を責めてくれている様で。
 だから…KIDになってからはその時期が酷く好きだった。


 ポタポタと髪から零れ落ちていく雫。
 透明で綺麗なそれに含まれているのは様々な有害物質。

 それは表面上は綺麗に取り繕っていても、消せない罪を纏ったあの白い衣装と同じ。


「綺麗な綺麗な酸性雨、ね」


 クスッとまた一つ自嘲を含んだ笑みが零れる。
 自分自身を悲劇のヒロインにするつもりではないけれど、こんな雰囲気に酔っているのも確か。

 だってそうでもしなきゃやっていけない。
 見付からない永遠の為に増え続ける罪を背負うなんて。



「何やってんだよ」



   だから何時もより反応が遅れたのかもしれない。
 背後に立たれて気付かないなんて怪盗失格なのに。


「誰?」

 俺はあんたの事知らないんだけど?

「ばーろ」

 お前じゃない方が知ってるだろうが。


 振り向いたところで一本の蒼い傘を渡されて。
 それは今彼が差しているのと同じもの。
 そして彼の瞳と同じ色。


「流石は名探偵。しっかり見つけてくれたんだ」
「こんな雨の中公園で一人水浴びしてる馬鹿なんてそう居ないからな」
「それは確かに」

 ご尤もです、と笑って見せれば彼の綺麗な眉がほんの少しだけ寄せられる。

「風邪引くだろ?」
「大丈夫。俺身体丈夫だし」
「あのなあ…」
「それに馬鹿は風邪引かないって言うでしょ?」

 にっこり笑ってそう言って。
 更に不機嫌さを増した彼の表情に内心で首を傾げて。

 放っておけばいいのに。
 誰にだって優しいからこの人は。

「ああ言えばこう言う」
「だって俺は怪盗だよ?そんなの当たり前でしょ?」

 口は商売道具。
 綺麗なお姉さんを口説いてその隙に仕事をこなしたり。
 あるいは綺麗なお姉さんになって、その辺りのお兄さんを騙したり。

 怪盗にはとってもとっても大事な商売道具。
 だから口で俺に勝とうなんて無理だよ、名探偵。

「ったく…とにかく傘開けよ」

 それ以上俺を説得する言葉を紡ぐ事を諦めて、彼は代わりに行動を起こさせる為の言葉を発する。
 けれどそれに俺は首を振った。

「必要ない。だから返すよ」

 折角彼が貸してくれたものだけど、もう少しこの雨に打たれて居たいから。
 もう少し…自分を責めて欲しいから。

「………」

 黙って俺が返した傘を彼は素直に受け取って。
 けれど次の瞬間、何を思ったのか彼は自分が差していた傘を俺に向かって差し向けて来た。

「あ、馬鹿!何やってんだよ!お前が濡れるだろうが!」
「煩い。お前が差さないのが悪いんだろうが」

 彼の方へ押し戻そうとすれば逆に押し返されて。
 まったくこんな細い腕の何処にそんな力があるのかと心の隅で感心してしまう。

「お前が悪いんだよ!そんな目してるから…」

 何時まで経っても素直に傘を受け取らない俺に痺れを切らした様に吐き出された言葉。
 その言葉に流石の俺も固まるしかなかった。

 何時だって貼り付けていたポーカーフェイス。
 誰も見抜けたことなんてなかったのに。
 何時だって上手くやってきたのに。

 ―――どうしてお前がそれに気付く?


「お前が悪いんだよ…」


 俯かれた。
 寂しそうに呟かれた後に。

 その後はもう、ただ衝動に突き動かされたとしか言い様がなくて。
 気が付けば彼を思いっきり抱きしめていた。

 傘が落ちたのも、お互いが濡れているのも気にならなくて。
 唯々、この目の前の彼を抱きしめたかった。それだけ。

「何する…」
「ごめん」
「何で謝んだよ」
「俺が悪いから」
「…訳わかんねえよ」
「知ってる」


 ぎゅっと抱きしめた腕の中で震える彼が切なくて。
 冷え切っているのが伝わってくるのが辛くて。
 冷え切ってしまっている身体では温められないのが歯痒くて。

 だから取ったのは原始的な方法。


「何すんだよ!」
「身体冷えちゃったでしょ?だから温めるの」
「おい!此処何処だか解って…」
「しっ…黙って?」

 それ以上何も言わせないように少し強引に彼の唇を奪う。
 しっとりと吸い付いてくる感触に誘われる様に何度も何度も。





「なあ…」


 なに?


「その前に言う事あるんじゃねえ?」


 ああ、そうだね。





 でも取り合えず、自己紹介は貴方を温めてから…。














 冷たい雨は好き

 だって誰も知らない俺の罪を責めてくれる

 数少ないものだから




 冷たい雨は嫌い

 だってお前が冷たくなってしまうから

 だから何時だって俺が側に居るよ?

 お前が責めて欲しいなら俺が責めてやるから


 だから一人で冷え切ってしまわないで?










end.


ちょっと自虐的な快斗を書きたかったらしい。
それにしてもやっぱり怪盗。手が早い…(笑)

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