「〜♪」


 イベント好きの黒羽快斗ともあろう者が
 このイベントを見逃す筈がなかった








 ポッキーゲーム








「何か機嫌良いな。良い事でもあったのか?」


 鼻歌を響かせながら、ルンルンとビニール袋から今日買ってきた物を冷蔵庫へと移し替えている快斗に新一はことんと首を傾げた。


「うん。ちょっとね♪」


 そうやってにこっと笑う快斗はやっぱり機嫌が良さそうで。
 新一はもう一度首を傾げた。


「何があったんだ?」
「新一はポッキーゲームしたことある?」
「ポッキーゲーム?」
「…あれ? ポッキーゲーム知らない?」


 不思議そうな顔を浮かべた新一に快斗は苦笑する。
 今時の高校生でポッキーゲームを知らないなんて、ある意味貴重だと思う。
 そういう所も新一の可愛らしい所だと思うが。

 しかし、だとすると…快斗の思惑以上の事が出来そうで余計に上機嫌になってしまう。


「どんなゲームなんだ?」
「んー…そうだね、我慢比べかな?」
「我慢比べ?」
「そう。やってみる?」
「お前は強いのか?」
「まあ、ボチボチ。あ、でも新一よりは強いかなーv」
「………」


 わざと煽る様に快斗がそう言えば、案の定新一がむぅっと口をへの字に曲げる。
 流石は負けず嫌い。
 こういう時は本当に…乗せやすくて助かる。


「やってみる?」
「やる」
「じゃあ、罰ゲーム決めようか?」
「罰ゲーム?」
「そう。じゃないとつまんないでしょ?」
「別にそこまで…」
「あ、新一は勝てるって思ってないからそういう事言…」
「何にするんだよ。罰ゲーム」


 本当に、乗せやすい。
 快斗は思わず笑ってしまいそうなのを必死に堪えて、当初から考えていた罰ゲームを発案した。


「じゃあ、負けた方から勝った方にキスするっていうのは?」
「っ…/// な、何でそんな内容なんだよ!///」
「嫌? 勝てると思わないから?」
「っ……そんなんじゃねえよ! いいよ。それでやってやろうじゃねえか!」


 頬でも膨らましそうな勢いで快斗を睨む新一に、快斗の口からは笑みが漏れる。
 意地っ張りで負けず嫌い。
 本当に可愛くて可愛くて仕方ない。


「じゃあ、やろっか♪」
「おう」


 やる気満々の新一ににこっと快斗は笑って、ぽんっという煙幕と共にポッキーの箱を取り出した。
 箱を開け、中の袋も開けて、ポッキーを一本取り出すと、新一へと差し出した。


「?」
「新一、コレくわえて?」
「くわえるのか?」
「そう」
「ん」


 こくっと素直に頷いて新一は快斗から差し出されたポッキーをぱくっとくわえた。


「っ…///」
「…?」


 何だかそれだけでもう……快斗的には激しく堪らなかった。
 可愛くて可愛くてこのまま押し倒してしまいそう(…)なのを必死に堪えて、不思議そうに首を傾げる新一に、総動員の理性を働かせてにっこりとほほ笑んだ。


「あのね、新一。このゲームは、先にポッキーを離した方が負けだからねv」


 そう言うが早いか、快斗は新一のくわえている方とは反対側にぱくっと口を付ける。


「!?」
「…v」


 目を見開いた新一に瞳だけで笑んで、快斗はカリッと一口、ポッキーを食べ進む。


「…!///」


 余計に見開かれた蒼い綺麗な瞳に、ドキドキと快斗の胸が高鳴る。
 真っ赤に色付いていく頬が堪らない。

 すぐにでもその唇に口付けたいのを我慢して、快斗はまた一口カリッとポッキーを齧る。


「っ……///」


 そんなルンルンな快斗とは反対に、新一は顔を真っ赤にしながら悩んでいた。

 ポッキーを離したら新一の負け。
 つまりは快斗へ新一からキスをしなければならない。

 かと言って、このままポッキーを離さなければ…。
 それはそれで…快斗にキスをされるのを待っている様で…。

 そんな事を考えてしまえば、余計に頬に熱が溜まる。


(このっ…詐欺師!!///)


 『表が出たら僕の勝ち、裏が出たら君の負け』なんていう賭けの冗談を思い出す。
 最初から快斗の掌の上だったのだと、気付いた時には遅過ぎた。


――カリッ


 くわえているポッキーの長さは徐々に短くなってくる。
 どうしようか…悩んでいる時間はない。
 それに―――快斗の思う通りに全てが進んでしまうのは……ちょっと悔しい。


――カリッ


「…!?」


 小さな音の後、目を見開いたのは――快斗の方だった。
 少しだけむくれた顔をしながら、それでも頬を真っ赤に染めて、新一が一口ポッキーを食べ進めてきたから。


(これは…流石に予想外だよ…///)


 きっと怒ってポッキーを離してしまうかもしれない、とか。
 恥ずかしくて固まっている所に少しずつ近づいていこう、とか。

 色々な場合は想像していたのだけれど、流石にこれは――快斗の予想の範疇を超えていた。


「……///」


 真っ赤に染まった快斗の頬に、新一は少しだけ口の端を上げる。
 やられっぱなしは性に合わない。


――カリッ


 もう一口、食べ進めれば、快斗の頬が更に赤くなる。
 何だか楽しくなって、新一はもう一口、もう一口、とポッキーを食べ勧める。


――カリッ……カリッ……


 そうして食べ進めて、残りがもう僅かになった頃、新一ははたと気付いた。
 残りはもう僅かで。
 顔の距離が―――近い。


「……っ……///」


 自覚すれば、頬に熱が籠る。
 ちらりと快斗に視線を向ければ…その距離がまるでキスをする前みたいで―――酷く恥ずかしくなる。
 どうしたらいいのか分からなくなってしまう。


「…?」
「…///」


 真っ赤になったまま固まってしまっている新一に快斗は一瞬顔にハテナマークを浮かべて、その後漸く気付いた。

 多分、負けず嫌いなこの恋人は快斗の思惑通りに運んでしまうのが悔しくて、ポッキーを食べ進めてきたのだろう。
 けれど、最後の最後で恥ずかしくなってしまって固まってしまった…と。

 何だかあんまり可愛らしくて笑ってしまう。
 口元に笑みを浮かべれば、少しだけ睨まれた気がする。
 それが余計に可愛くて、快斗はジッと新一の瞳を見詰めた。


「…///」


 見詰められて、新一は益々どうしたらいいか分からなくなってしまう。
 縋る様な視線を新一に向けられて、快斗は苦笑する。

 これは…ちょっとばっかし虐め過ぎたかもしれない。
 そろそろ解放してやらなければ、後が…ちょっと怖い。


「…v」


――カリッ


 にこっと安心させる様に微笑んで、快斗は最後のポッキーを食べきって、そっと新一の唇に口付けた。


「……///」


 ちゅっvちゅっvと何度か口付ければ、何度目かの口付けの後、抗議する様に服を引っ張られる。
 名残惜しいと思いながら唇を離せば、キッと新一に睨まれる。


「この詐欺師!///」
「何で?」
「こ、こんなゲームだなんて知らなかった!」
「だって新一聞かなかったでしょ? ゲームのルールv」
「それは……」


 確かにルールも聞かないままに、やると言ったのは新一だ。
 確かに…それは新一も……少しぐらいは悪いかもしれないが……。


「それから、新一君v」
「な、なんだよっ…!」


 にこーっと笑って語尾にハートマークがついているルンルンとした声でしかも君付けなんかで呼ばれたりなんかして、新一はビクッとする。
 何だか…すごーく嫌な予感がする……。


「罰ゲームv」
「罰ゲームって……あっ……///」


 『負けた方から勝った方にキスする』という罰ゲームを思い出して、新一は顔を真っ赤に染め上げる。


「じゃあ、してもらおうかな〜♪」
「お前、卑怯だぞ!」
「どこが?」
「最初から狙ってやがっただろ!」
「さあ? 何の事だか♪」
「……この詐欺師!」
「詐欺師じゃないよーv 怪盗だもんvv 欲しい物は、自力で奪うもんだよ、名探偵vv」
「……はぁ……ι」


 『名探偵vv』の所だけしっかり怪盗の気配を覗かせて、パチッとウインクなんかして下さった快斗に新一は溜息を吐く。


「全く…お前は……」
「…してくれないの?」


 じーっと新一を見詰めて、強請る様に言われては新一も嫌とは言えない。

 最初からそのつもりならば、もっと違う罰ゲームを用意する事も出来た筈。
 それでも快斗が罰ゲームとして用意したのはたかだか『キス一つ』だけ。

 何だか小さく笑ってしまう。
 キス一つ盗むにしては…怪盗が随分と遠回りをするものだ。


「しょうがねえからしてやるよ。ほら目、瞑れ」
「ん…」


 素直に目を閉じた快斗の顔に顔を近付けて、さっきの事を思い出す。


「っ……///」


 何だか酷く恥ずかしくなってしまって、頬に熱が溜まる。
 それでも…罰ゲームは罰ゲームだ。


(…一回すれば、一回キスすればいいだけなんだから……)


 自分に言い聞かせる様にして、新一はそっと自分の唇を快斗の唇に触れさせた。



―――罰ゲームのキスが一回で済んだのかどうか…それは二人だけの秘密。





















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