アイツは優しい
それこそが、この計画の最大の鍵だった
―― 実行された歪んだ計画 ――
それは考えてみれば単純な事。
恨みを買わない筈が無い。
それは解り切っていた筈の事。
暗闇に紛れる事の無い白を纏いゆっくりとその場所へと降り立つ。
当然閉められていた鍵がその瞬間にゆっくりと音を立てて外される。
それを心の中で一人喜びながら、招かれた窓からゆっくりと部屋へ足を踏み入れた。
「こんばんは」
「随分早かったんだな」
再びソファーに座り直し、にっこりと微笑んで迎えてくれたのは他の誰でもない彼。
「それは私が来るのが解っていた、と取って宜しいのですか?」
「ああ。お前の事だから来ると思ってたよ」
流石は名探偵、と感心している場合ではなくて…。
「どうして、とお聞きしても宜しいですか?」
「お前は俺に少なからず執着を持っている。それはこれまでのニアミスで解る事だ」
「しかしそれだけでは…」
「後はお前が国際的犯罪者としては優し過ぎる事をプラスすれば解る事だ」
「………」
「優し過ぎる怪盗紳士さんは俺の警護に来てくれたんだろ?」
「……本当に憎らしいぐらいお見通しですね」
まったく、この目の前の名探偵は何処までいっても『探偵』なのだと思う。
何時だって自分が動く前には彼にはばれていて。
何時だって自分が思っている事など彼にはお見通しだ。
きっと一生かかっても彼には勝てない。
そう思えるのは彼だけ。
「ま、それが『探偵』だからな」
もう一度最初出迎えてくれた時と同じ笑顔を向けられて、上がる脈拍の音が煩い。
頬に溜まる熱を抑えられている自信が無い。
それが不謹慎な事とは解りつつも。
先日警視庁と彼宛に脅迫状が届いた。
『工藤新一が探偵を止めないのなら
命の保障は出来かねる』
新聞から切り抜かれた文字の貼り付けられた『いかにも』な脅迫状。
当然の事ながら指紋も、そして犯人を指し示す手掛かりも、その脅迫状からは何も見付からなかった。
唯一つ解ったのは、その手紙の消印が『ベイカチョウ』だった事だけ。
それが余計に犯人が彼の事を、彼の周りを狙っている様で、その脅迫状は不気味さを増した。
「でも心配はいらないぜ?今んとこ別に何もないし」
「それは今だけかもしれないでしょう?」
「そりゃそうだけど…」
「それにそう言われては私が此処に居る意味が無くなってしまいますので」
にっこりと今度はこちらが微笑めば困った様な苦笑を返された。
「それなら理由作りに紅茶でも飲んでくか?」
それならばお茶をしに工藤邸に寄った、という理由が出来る。
そう語る新一に今度はキッドが苦笑を返した。
「探偵の家でお茶をするのが怪盗の正当な訪問の理由になるのでしょうか?」
「それを言うんだったら、探偵の警護をするのは正当な訪問の理由になるのか?」
「それは…」
言葉を詰まらせたキッドに新一は満足そうな笑みを浮かべ、自分が座っているソファーの隣をポンポンッと叩いた。
此処まできたら素直に従うしかないと思っのか、キッドは素直に新一の隣へと腰を掛ける。
「ストレートでいいのか?」
「ええ」
「じゃ、ちょっと待ってろ」
自分の隣の座ったキッドに更に満足そうな笑顔でそう言った新一はゆっくりと立ち上がると、宣言通り紅茶を入れて来る為に部屋を出た。
「………これで良かったのか?」
一人残された部屋でキッドは一人溜息を吐いた。
彼を心配してきたのは事実。
けれど、彼と馴れ合ってしまってはいけないのもまた変える事の出来ない事実。
「『私』は『犯罪者』、『彼』は『探偵』…」
それはどれだけ願っても、どれだけ想っても変わる事の無い事実。
それでも『もしも…』を願い、そしてそれがありえない事を再確認して、より落胆せざるを得ないのは自分が今まで犯してきた罪に対する罰なのだろうか。
「それでも…」
それでも、自分が幾ら辛い思いをしても…彼だけは守りたい。
「此処までは予定通り、と」
お湯を沸かしながらキッチンで一人ほくそ笑む。
優しい彼は見事に『計画』に掛かってくれた。
後はその『計画』を『事実』に変えてしまえばいいだけだ。
「悪いけど、もう逃がせねえよ…」
クスッと小さく笑って、新一はシンク下の引き出しから黒光りするソレを取り出した。
―――ダァン!
「!?」
響き渡った銃声にキッドは部屋を飛び出し、階下へと急いだ。
どうして彼から一秒でも離れてしまったのだろう。
ここは彼の家だから、ここは何処よりも安全だから、そう思い込んでいた自分に嫌気が差した。
――バン!
「名探偵!」
扉を跳ね除ける様に開けて、リビングからキッチンへと走る。
この広い屋敷の部屋が今はこんなにも憎い。
そして辿り着いた先に居たのは…抑えた左腕から血を滴らせていた愛しい愛しい人。
「大丈夫ですか!?今すぐ手当てを…」
「そんな事より今追えば犯人を捕まえられるかもしれない」
だからお前は玄関から追ってくれ、そう言って裏口から飛び出そうとした新一をキッドは慌てて抱き締める事で止めた。
「何言ってるんですか!その怪我でそんな真似させられる筈がないでしょう!」
「煩い!離せよ!!」
腕の中で暴れる彼の左手に負担を掛けない様に、それでも抱き締める腕に力を込めて、彼の動きを封じる。
「お願いですから無理はしないで下さい」
「でも今追えば…」
「これ以上貴方が怪我をする所なんて見たくない!」
「キッ…ド……」
ポーカーフェイスなんて保っていられなかった。
彼がこれ以上傷つくところなんて見たくなかった。
耐えられる筈が無い。耐える事もしたくない。
少しだけ声が上擦っていたのはきっと無意識で。
少しだけ目頭が熱くなっていたのはきっと気のせい。
「だから…お願いですから今日は大人しく手当てを受けて下さい」
「………わあったよ」
震えていたのは彼の肩だったのか、それとも自分の肩だったのか。
どちらでも彼を止められたならそれで良かった。
渋々キッドの言葉を甘受した新一は一つ溜息を吐いて、キッドの胸へと頭を預ける。
そこで、がくん、と新一の体が揺れた。
「名探偵!?」
「悪い…なんか……ふらふら…す………」
キッドに崩れた身体を支えられた所で、新一の記憶は途切れた。
「んっ……」
ゆっくりと瞼を押し上げれば視界に広がるのは光。
眩し過ぎるそれに目を細めたところで、今が朝なのだと気付いた。
「キッド!?っぅ………」
彼の存在が無い事に気付いて飛び起きた所で左腕が悲鳴を上げた。
昨日負ったその傷は思いの他、身体に響いているらしい。
「名探偵!?」
けれど、その痛みも彼の姿を見た瞬間に吹き飛んだ。
ソレこそが欲しかった、何を犠牲にしても手に入れたいと思っていたモノ。
「キッ…ド…?」
扉を開いて慌てて部屋に入ってきたキッドを見詰めてわざと驚いた顔を作る。
だって、気を抜けば今にも顔が緩んでしまいそうだったから。
賭けは五分五分だった。
彼は自分の手当てをしたら帰ってしまうかもしれない。
でももしかしたら、自分を心配して残ってくれるかもしれない。
それでも、自分はその賭けに勝った。
彼を今日此処に留める事が出来たなら、これからずっと縛り付ける事は難しくない。
だって彼は―――。
「すみません。迷惑だとは解っていたのですが…」
―――誰よりも誰よりも優しいから。
「それでも、貴方の事が心配で帰れなかったんです…」
それは優し過ぎる怪盗が悪魔の様な狡猾さを持つ探偵の計画に完全に嵌ってしまった瞬間だった。
END?
どうしてもやりたかったネタ。
ブラック新ちゃんv(爆)
実は…続きも考えてたり?(ぇ)
反響が良ければ出す…かも…。
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