最初に貴方と出逢ったのは

 そう、桜の舞い散る季節だった





















 最初の邂逅の後、上空から見えたピンクの絨毯。
 それが桜だと理解するまでに少しの時間が掛かった。

 それは――あの邂逅が余りにも強烈過ぎたから。




















 ふわり、と音を立てない様に降り立つ。
 こんな時間。
 こんなに見事な夜桜なのに誰も見上げる者は居なかった。

 ひらり。
 ひらリ。

 一片、また一片と零れ落ちてくる淡いピンク。
 綺麗な綺麗な淡い色はそれ自体がまるで完成された芸術品の様だった。


「ほんと、敵わねえな…」


 その淡い色を見詰めながらひっそりと呟く。


 彼に言い放った。
 自分は『芸術家』だと。

 彼に言い放った。
 所詮彼は『批評家』に過ぎないと。


 どうしてあんな事を彼に言ってしまったのだろう。
 自分でもあの時の自分の感情を理解する事が出来ない。

 まだそんなに時間も経っていないというのにあの出来事がまるで夢の様に感じる。

 春の夜に見た一瞬の夢。
 そうあの邂逅はまるで春の夜の夢の如く儚く、けれどきっと暫く消えてはくれそうにないと思った。






























 どうして此処へ足が向いたのか。
 どうして今更こんな場所を思い出したのか。

 それは此処がきっとあの夜の幻を唯一思い出せる場所だから。

 ひらり。
 ひらり。

 零れ落ちてくるのはあの時手に取ったのと同じ淡いピンク。

 それをあの時と同じ様に一片手に取る。
 あの日と同じ色。
 それをそっと手で包み込む。


 あの日彼と出会った。
 不自然過ぎた程の邂逅。

 あの瞬間きっと私は恋に落ちていた。


 何もかもが遠い幻だったように思えて。
 何もかもが余りにも現実離れした蜃気楼のようで。

 現実にはあんな事はなかったのではないかと。
 現実には彼は存在しなかったのではないかと。

 そう思ってしまう程だった。


 あの後彼と何度も出会って。
 あの後彼に何度も追い詰められて。

 苦しい筈なのに。
 辛い筈なのに。

 それなのに―――彼に追い詰められるのが楽しかった。






























「どうしたんだよ、それ」
「ん?」


 家に帰り、ソファーに座ろうとした時彼に呼び止められた。
 彼が指差したのは俺の肩。


「何が?」
「それだよ、それ」


 何の事か解らなくて肩口を見れば、桜の花弁が何枚か落ちずに残っていた。


「お前何処行ってたんだよ」
「ん? 内緒v」


 そう、彼にはあの場所だけは秘密。
 誰にも言えない俺だけの思い出。










 ―――あの小さかった彼は今も俺の胸の中に居るよ?
















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