小さく口の中で呟く
「将来一緒に暮らせたらいいな」
「もし一緒に暮らしたら家事はきっと快斗の担当なんだろな」
「ずっと一緒にいられたらいいのに」
それは祈りにも似た
小さな願いを込めた呟き
言霊
言霊
それは昔から語り継がれている事。
それは昔から信じられている事。
だからかもしれない。
最近小さく、小さくだけど、それを信じて祈る様に呟くようになったのは。
「きっと将来一緒に暮らしたら俺達食生活合わないんだろうな」
一緒に夕食を食べている時そんな事を呟いた。
本人は無自覚だったのに、目の前で気持ちが悪くないそうな程こってりしたラーメンを啜っていた人物はそれを「そうだね」なんて普通の言葉では流してくれず、まるで変わった生き物でも見たかの様にびっくりした瞳をよこしてみせた。
「何だよ」
「いや……新一がそんな事言うようになったんだなぁと思って」
ラーメンを啜りながら一人「うんうん」なんて頷いている快斗に新一は不思議そうな瞳を返した。
「どういう意味だよ」
「ん? だって昔の新一だったらそんな事言わなかったでしょ?」
そう言われて、新一は先程自分が言った言葉を思い返してみる。
確かにそうかもしれない。
今までだったら将来の事なんて冗談でも、無自覚でも語らなかった。
「だから、新一もそういう事考えてくれてるんだなぁ…って思ってv」
何やらちょっと嬉しそうにそう言った快斗に新一はちょっとだけ自分の発言を後悔した。
「別に…」
「だって考えてくれてるからそういう言葉が出てくるんでしょ?」
「………」
反論の余地が無い。
確かにそれは正論だ。
けれどそれはあくまでも『正論』である。
「それはそうだけど…」
「?」
確かに快斗が言う事は間違っていない。
新一だって将来、ずっとずっと先まで一緒に居られたら、一緒に暮らせたらそれ以上幸せな事はないのだろうと思う。
けれど…。
「でも、ずっと一緒に居られるかどうかなんて分からないだろ」
保障は無い。
ずっと一緒に居られるなんて。
何時別れるか分からない。
だから将来の事なんて語らないし、語れない。
それもまた新一の中の正論。
「ずっと一緒に居られるように努力すればいいじゃん♪」
事も無げに目の前の男はそう語る。
それがまるで当然の事であるかの様に。
それが歯痒い。
「でも、こればっかりは相手がある問題だから努力でどうこうなる問題じゃないだろ?」
「二人で努力すればいいでしょ?」
「でも…」
「だーめ。『でも』は使わないの」
人差し指を唇の前に立てられ、『めっ!』と言われた。
それでも、自分の中から溢れた言葉は止まってはくれなかった。
「だって快斗が俺に飽きないっていう保障はないじゃないか…」
付き合った瞬間の幸せの後すぐさまやってきた不安。
今日彼に飽きられるか、明日彼に捨てられるか。
毎日毎日考える不幸な結末。
幸せな将来を一つ思うより、最悪な結末を百通り考える方が容易なのは何故だろう。
日々思う。
―――彼はいつ自分に飽きるのか。
日々思う。
―――彼はいつ自分を捨てるのか。
「あるよ」
けれど新一の不安をよそに、目の前の男はそう言って笑った。
「俺は新一に飽きたりしない」
真っ直ぐに見詰め返してくる。
青い蒼い透き通った瞳で。
「そんなの……」
「分からないのは知ってる。どれだけ言ったって保障になんてならない事も分かってる。
でも俺は新一が不安になるたび言い続けるよ。だって、それがずっと続けばそれ自体が証明になるでしょ?」
そう言ってにっこり笑った快斗に返せる言葉を新一は持ち合わせていなかった。
何度そう言われても。
何度優しく抱き締められても。
不安は消えないけれど。
それでも貴方が傍に居てくれると言うなら、それはそれで悪くない気がした。