もう二度と顔も見たくない
そう言われる程に嫌われた
そう言わせる程に嫌わせた
好きだともう二度と言えないなら
嫌いだと言ってやれば良かった
そうすれば
君の淡い期待も
君の痛い程の想いも
全部俺が持って逝ってしまえただろ?
交わらない想い
一人ぼっちのその部屋で、快斗は膝を抱えフローリングの上に座っていた。
ただじっと、フローリングの床を見詰める。
今朝の事を帰って来てからもう何度もした様に、また思い出す。
いや、思い出そうとしている訳ではない。
勝手に頭の中で再現されてしまうのだ。
もう思い出したくなど無いのに。
『何が魔女だ! ふざけるのもいい加減にしろよ!
昨日の今日でそんな訳分かんねえ事言いやがって! 俺を嘲笑いにでも来たのかよっ……!』
―――違う。俺が新一を嘲笑いになんて行く筈が無いじゃないか。
『くそっ…! そんなに俺の事馬鹿にして楽しいのかよ…。
俺は、俺は確かに……確かにお前との記念日忘れてたよ…。お前があんなに誘ってくれたのに気付かなかった…。
それは本当に悪かったと思ってる…だけど、だからってこんな……こんなに俺の事馬鹿にする事ねえじゃねえか……』
―――知ってるよ。だって新一は本当に辛そうに言ってたから。だから…馬鹿にしてる訳じゃない……。
『もういい加減にしてくれ! お前の顔なんてもう二度と見たくない! お前の言う事なんてもう聞きたくない!!』
―――そうだよね…。新一は俺の…顔なんて、もう二度と見たくもない……よね…。
繰り返し、繰り返し頭の中で反芻される彼の悲痛な叫び。
それを言わせたのは誰でもない自分。
それを否定する気はない。
でも、本当は…本当は彼に言い訳したくて堪らない。
自分は―――彼を、新一を愛しているのだと。
もう二度と、そんな事いう事はおろか、二度と新一に会えないのは分かっているけれど……。
「新一…」
そっと彼の名を呼んでみる。
愛しい、恋しい彼の名を。
もう二度と、彼の耳にその音が響く事はないと知っていても心は彼を呼ぶ事を止めてはくれない。
「新一……ごめん。愛してる……」
好きになってごめんなさい。
愛してしまってごめんなさい。
そして、今こんなにも貴方の事を想ってしまっていてごめんなさい…。
「何でだよっ……!」
彼の幼馴染にも。
嫌だったけれど白馬にも。
そして、最低だとは思ったけれど、探偵という立場を利用して彼の学校にも。
彼の居場所を尋ねた。
けれど、誰一人、今の彼の居場所を知る者など存在しなかった。
もう太陽も高く輝く事を止め、ゆっくりと空を赤く染めている。
もう何時間、快斗にあんな事を言ってしまってからどれぐらい時間が経ったのか。
『もういい加減にしてくれ! お前の顔なんてもう二度と見たくない! お前の言う事なんてもう聞きたくない!!』
何て事を言ったのかと、自分でも思う。
彼に、自分を心配して来てくれた彼に何て事を言ったのかと。
あの状況では仕方が無いとか。
彼が別れを告げた次の日にやって来るのが悪いのだとか。
幾らでも言い訳はあったけれど、それでもあんな事言っていい理由になるとは思えなかった。
あの時彼はどんな顔をしていただろう。
あの時彼はどんな瞳をしていただろう。
分からない。
彼が……あの時何を思っていたか、なんて。
彼がどんな気持ちで…もう二度と自分の前に姿を現さないと言ったかなんて…。
そして…今どんな気持ちでどこに居るのかも。
新一には何も分からない。
「快斗…」
彼の名を呼んでみた所で、彼が現れてくれる筈がない。
それでも縋るように彼の名を口にする。
「快斗…ごめん…。ごめん……」
零れ落ちた涙を拭うのは止めた。
「……本当に、あの人達は………」
「ここまでお膳立てしてあげたっていうのに……」
午後のお茶を済ませ、紅子と哀は透明な球体に映し出されている彼等の様子を溜息を吐きながら眺めていた。
「…ねえ、彼に彼の居場所を教えてあげる事は出来ないの?」
「…出来ないわ」
「でも…」
「私は魔女。何の対価も無いのに幸せに荷担する様な事…残念だけど私にはしてあげられないの」
お茶をしている間、哀は紅子から色々な事を聞いていた。
魔女は涙を流したら魔力を失ってしまう、という事を筆頭に魔女の様々な掟を。
「大変ね。魔女っていうのも…」
「そうね。でも、私は案外気に入ってるの」
「ええ。分かってるわ」
好きな時に好きな様に魔法を使っていては確かに世界の均衡は保てないだろう。
だからこその色々な制約だろうが、厄介な物だと哀は思う。
特に、魔女と名乗るには幾分優し過ぎる目の前の魔女にとっては。
「後は…光の魔人次第でしょうね。黒羽君はもう…自分からこれ以上動けはしないでしょうから」
『光の魔人』
彼女が彼をそう呼ぶのが余りにもピッタリで、哀は最初笑うに笑えなかった。
澄んだ強い気を発し、悪魔のような狡猾さで人の心を見透かす慧眼の持ち主。
そう彼を表現した彼女の言葉が余りにも彼を的確に示していて。
哀は何だか泣いてしまいそうだった。
その強い光に呼び寄せられるように、彼の周りはいつも闇ばかりだから。
光がある所には必ず闇がある。
闇が有るからこそ光はその輝きを見出せる。
知っている。
哀もその光の強さを。
その光に引き寄せられる闇を。
「……そうね」
だから一つだけ願う。
どうか――――彼らが一緒に幸せになれます様に、と。