恋?

 愛?

 そんなもんじゃない


 俺は唯君という存在を手放したくないだけ










 恋人でもなく愛人でもなく










 恋とか愛とか恋人とか愛人とか。
 どうして人はそんな関係を、そんな肩書きを欲しがるの?








「ただいま」
「おかえり」


 ソファーの上、本から顔すら上げないままで、けれどきちんと迎えの言葉を紡いでくれた彼を後ろからぎゅっと抱き締める。
 それでも彼は何も言わず唯本を読み続けるだけ。


「何読んでるの?」
「ホームズ」
「また?」
「うるせえ。好きなんだからいいだろ」


 知ってるけれど、それでも何回目だと突っ込みを入れたくなるくらいその本を読んでいる彼を見ている。
 こういう関係になって二ヶ月近く。
 それでも変わる事のない彼の日常。

 変化と言えば毎日俺が工藤邸に家政夫よろしく通っている事で、彼の食事と睡眠が増えた事ぐらいだ。
 それでも自分が与えた変化なら何でも嬉しいのだけれど。


「新一、ご飯は?」
「食べてきた」
「え!? 食べて帰って来る時は連絡頂戴って言ったじゃん!」


 買い物をして来てしまった。
 手抜きだと言われるかもしれないが、近くのデパ地下でお惣菜を二人分買い込んで来てしまったというのに。


「めんどかったし」
「しんいちぃ…;」


 情けない声を出した所で彼の表情はさして変わる事はない。

 自分があって。
 その次に他人があって。

 そんな所に惹かれたのだろうけれど。


「もぅ…ちゃんと連絡してくれないから二人分買って来ちゃったじゃん!」
「しょうがねえだろ。蘭と食事して来たんだから」
「あ、そっか。今日は蘭ちゃんとデートだったんだっけ?」
「ああ」




 彼には可愛い可愛い彼女が居て。
 俺にも可愛い可愛い彼女が居て。

 互いが似ていて、彼女まで似ているなんて最初知った時は何だか笑えて来た。
 もっとも、性格は全然違うけれど。


『俺たちがダブルデートしたら、双子同士のデートにでも見られるのかね』


 なんて前に冗談で言ったら新一も苦笑していたっけ。




「で、蘭ちゃんとは最近どうなの?」
「別に。普通」
「ふーん」
「そう言うお前こそどうなんだよ」
「俺? 俺は順調v」
「あっそ」


 彼の腰に手を回して、彼の額に口付けて。
 語るのはお互いの彼女の事。


「そういや蘭ちゃん来月誕生日じゃなかったっけ?」
「ああ。そうだけど?」
「そうだけど、じゃないでしょ…ι何あげるか決めたの?」
「いや、全然」
「………」
「あ、快斗。暇だったら買っててくれねえ? お前趣味いいし」
「新一君…自分の彼女の誕生日プレゼントぐらい自分で買おうよ…;」
「しょうがねえだろ。暇がねえんだから」
「ホームズ読む暇は有る癖に…」
「何か言ったか?」
「いーえ。何にも」


 不毛な関係だとは自分でも思う。
 けれど許されない関係だとは思えない自分は人として、彼氏として最低なのだろうか。

 彼女が好きなのは本当。
 彼が大事なのも本当。

 どっちが上でどっちが下なんてない。
 そんなものあるとしたらとっくにどっちかを選んでいる。

 唯、新一と居る方が『恋人』なんて鎖に縛られていない分楽なのかもしれないけれど。


「だったら暇な時にでも買っててくれよ」
「はいはい」


 時々思う。
 彼も同じなのかと。

 彼女を大切にしていない訳じゃない。
 彼女を愛してない訳じゃない。

 それでも彼は俺の腕の中に納まる。


「それから快斗。飯…」
「ん?」
「ちょっとだったら食う…」
「ん。りょーかいv」


 ねえ、彼女と食事をしても俺の事があるから落ち着いて食べられなかったの?
 それとも彼女が好き過ぎて、ドキドキして食べられなかった?

 人の心が覗けるとしたらこういう時に覗いてみたい。
 人の心の想いのパーセンテージが分かるなら是非とも拝見してみたい。

 彼女へ寄せる想いと、俺に寄せられている想いのどちらが重いのか知ってみたい。
 知ったところでこの関係を変えるつもりはないけれど、それでも知りたいと想うのは人間として当然と言えば当然。


「じゃあ温めるからちょっと待っててね」
「ん…」


 彼の温もりを手放して、帰ったと同時に放り出した買い物袋を持ち上げて。
 幾つか取り出してレンジに入れてチンをする。

 手抜きでいい。
 手の込んだものなんて彼女からで充分。

 男同士だから気を使わなくて済む事もある。


 レンジの『チン』っという無機質な音を聞いてからレンジを開けて、温まった惣菜達を取り出す。
 お皿に盛るなんて面倒な真似はしない。
 無機質なプラスチックの容器のままで食卓へ無造作に並べる。


「新一。温まったよ」
「ん…」
「ほーら。冷めるから本置いておいで」
「ん…もうちょい…」
「だーめ。冷めるって言ってるでしょ」
「わぁったよ…」


 渋々本を置いてテーブルについた新一の向かいに座って、箸を渡してやる。


「さんきゅ」
「いーえv」


 二人で手を揃えて、いただきますをして、惣菜達をつつく。


「あ、このカニクリームコロッケ上手い」
「ほんと? ちょっと頂戴v」
「ん」


 『あーんv』と口を開けば『馬鹿』という冷たい言葉と共に、容器ごと渡された。
 もうちょっと乗ってくれてもいいと思うけれど、仕方が無いのでそれを受取って自分で口へ運ぶ。


「あ、ほんとだ。美味しい♪」
「でもこのサラダは駄目だな…」
「うん;」


 水っぽいサラダと、油っぽい唐揚げと。
 流石に毎日こんな物を食べる気にはなれないから、買ってくるのは偶にだけれど。


「じゃあ明日は俺が腕によりを掛けてサラダを作ってあげましょうv」
「サラダだけか?」
「他に食べたいなら材料は新一が買って来てね♪」
「……わぁったよ」


 そんなに料理が上手い訳ではない彼と、それなりに料理が出来る俺と。
 自然に役割分担が出来るけれどそれでも頑張り過ぎる真似なんてしない。

 頑張り過ぎて続かないなんて馬鹿な真似はしない。
 続けたいのはそんな半端な関係じゃない。


「じゃあ俺ビーフシチュー食べたい♪」
「……却下」
「えー! じゃあ新一は何がいいのさ」
「俺はさか…」
「あー!駄目!! それ以上言っちゃ駄目!!!!」
「俺が材料買ってくれば何でもいいんだろ?」
「何でもいいなんて言ってないもん!」
「でも他に食べたいなら材料は買って来いって…」
「でもでも、アレだけは駄目!! 駄目ったら駄目なの!!!!」


 からかわれて、半泣きになって、笑われて。
 彼以外にはこんな顔見せはしない。

 何時だって、それこそ彼女にだって使ってきたポーカーフェイス。
 剥がしてくれたのは君だけなんだよ?


「しょうがねえなぁ。じゃあ、材料込みのビーフシチューで許してやるよ」
「新一の意地悪…虐めっ子…」
「何か言ったか?」
「何でもないです…;」


 この関係が、この会話が楽しい。
 自分が素で付き合える人間なんて居なかった。
 だから君は何があっても手放したくない。


「新一」
「ん?」


 じーっと彼の瞳を覗き込む。
 綺麗な綺麗な蒼。
 世界で一番綺麗な宝石。


「好きだよ」
「ばっ…/// 急に何言い出すんだよ///」
「だって、新一のこと見てたら言いたくなったんだもんv」


 彼女が好き。

―――それは本当。


 彼が好き。

―――それも本当。



 お互いに相手が居ても、この関係が恋人と言えなくてもいい。
 大切で大切で堪らない人の傍に居られる。
 大切で大切で堪らない人が傍に居てくれる。

 それだけで幸せ。
 それだけが幸せ。


「ったく…ほんとお前の言動は心臓に悪いんだよ」
「またまた〜。そんな俺も好きなくせにv」
「……言ってろ」
「そうします♪」


 こんな感情は彼に出会うまで知らなかった。
 こんな感情は彼に出会うまで必要なかった。

 形なんてどうでもいい。
 貴方が居てくれるならそれでいい。

 『恋』とか『愛』とか、ましてや『恋人』なんてもので貴方を縛るつもりなどない。


「でもまぁ…」
「んー?」
「悪かねえかもな…」
「え…?」


 新一の言葉に首を傾げた快斗に、新一は少しだけ口の端を上げた。


「そんなお前も悪かねえって言ってんだよ」
「え、ええ…?」
「別にそんなお前も……好きだし……///」
「えっ…///」


 互いに真っ赤になって。
 互いに相手の真っ赤な顔に微笑んで。

 こんな時に思う。
 幸せなんてきっと小さな小さな幸福の積み重ねだと。


「好きだよ。快斗」


 紡がれる睦言。
 戯れに囁かれる愛。

 それでいい。
 これがいい。


 『恋人』でもなく、『愛人』でもなく――願うのはずっとこのままの関係が続く事。










end.


色んな意味で駄目な快新が書きたかったんです…。




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