押入れの片隅
 忘れかけていた思い出…

 隠すように
 思い出さないように

 しまい込まれた小さな幸せの片鱗

 あの頃の想い
 あの頃の幸せ

 忘れられずに
 忘れようとして

 隠すようにしまい込まれた幸せの証















手紙
















 それは押入れを整理していた時の事。


「ん…?」


 押入れに詰め込まれた荷物の隙間に白い小さな三角形を発見した。


「何だ?」


 荷物を一つずつどけ、最後の一つをどけた時、それが元は白かった、今は変色して少し茶色くなった封筒である事が分かった。


「何だ、これ?」


 表には何も書かれていない封筒。
 首を傾げて裏換えして、右下の小さな文字が目に入った瞬間―――固まった。















 ―――『怪盗キッド』















 綺麗な、アイツらしい文字で書かれていた名前。

 手が震える。
 頭が冷える。

 何も考えられない頭で、けれど好奇心は止まらなくて、ゆっくり丁寧にその封を剥がした。






























『親愛なる新一へ





 まず一番に、この手紙を見つけてくれた事に感謝を述べたい。
 俺が居なくなって、一年後か、十年後か、もしかしたらもっともっと先かもしれないけれど、それでも新一はこの手紙を見つけてくれた。
 本当にありがとう。

 それと同時に新一がこれを読んでいるという事は俺はもう新一の近くに居ないっていう事だね。
 本当はずっとずっと一緒に居たかったんだけど…、それは無理みたいだからこの手紙を残して逝きます。

 ねえ、新一。
 俺と新一の出逢い覚えてる?
 有り得ない場所で、有り得ない格好で俺達は出逢ったよね。
 最初に新一に逢った時俺は正直、


「何て厄介な奴に会っちまったんだろう」


 って思ったんだ。
 でも、あの時俺はもう既に新一の事好きだったんだよ?
 何たって、天下の大怪盗が夜も眠れない程に小さな名探偵の事を考えてたんだから。

 それからは…もう毎日が大変だった。
 昼も夜も新一の事考えて、新一が現場に来てくれた時は飛び上る程嬉しくて、新一が現場に来てくれない時は嫌われたのかとびくびくしてた。
 新一は信じてくれないかもしれないけど、本当に仕事も満足に手につかない程新一の事考えてたんだよ?

 ついにあの日、堪えきれずに新一に告白して、信じられない返事を貰った。
 あの日、あの時、俺はこのまま世界が終わってもいいと思った。
 それぐらい、嬉しいなんて言葉じゃ表現できないぐらい幸せだった。

 毎日新一の顔が見られて、毎日新一と一緒に居られて。
 俺は世界中で一番の幸せ者でした。

 だから、ごめん。
 そんな愛しい新一を残して居なくなった俺を赦してくれとは言わない。

 酷い奴だって分かってるんだ。
 最低だって罵られたって仕方ない、いや寧ろそうして欲しいぐらいだ。

 でも、最後にこれだけは言わせて欲しい。

 俺は本当に新一の事愛してた。
 俺なんかの事を愛してくれて有り難う。
 そんな君を一人残してしまってごめんなさい。

 言い逃げで、ごめんね。
 でも、これが俺の本当の気持ちだから。



 ―――どうか、俺のことは忘れて幸せになって下さい。





 世界中で一番貴方を愛していた者より』































「あの馬鹿…」


 頬を一筋の涙が伝った。
 それが合図。

 拭えば拭う程、溢れ出る涙が止まらなくなった。
 拭っても、拭っても止まる事のない涙は本人の制御なんか完璧に無視して流れ続けた。





「新一…?」





 蹲るようにして泣き崩れていた俺に躊躇い気味に掛けられた声にゆっくりと後ろを向く。





「どうしたの?」





 涙のガラスで曇ってしまった瞳に戸惑いがちに掛けられた言葉。










「ばーろぉ。どうしたの、じゃねえよ…」
「し、新一…。どうして泣いてるの!?」


 躊躇いがちに伸ばされた腕。
 その腕の温もりに余計に涙が止まらなくなる。


「お前のせいだ」
「え…?」


 抱き締めてくれる腕に身体を預けて、温かい胸に顔を埋める。
 余計に止まらなくなった涙でしゃくりあげる俺をその腕は優しく包んでくれた。


「お、俺何かしました…?」
「何かしたどろこじゃない…」
「えっ…え…?」


 すっかり混乱している奴にずいっと白い紙を押し付ける。
 綺麗な几帳面な字で書かれた最後の恋文ラブレター


「これ、何?」
「いいから読め」
「え、でも…」
「いいから読めって言ってんだよ」


 押し付けた手紙を見た途端、今度は奴が固まった。


「これ…」
「何でこんなもん書いてんだよ」
「いや、これは……」
「何でこんなもん書いてったんだよ!」


 叫ぶのと同時に顔を上げれば、快斗はバツが悪そうに苦笑を浮かべていた。


「あの時は本当に帰って来れないと思ってたんだよ」
「だからって、そんな……」


 そんな遺書みたいなもの、と言おうとして言葉に詰まった。
 快斗は遺書を残して行くぐらい、そのぐらいの覚悟でこれを書いて行ったのだろう。


「ごめんね、新一」


 抱き締められていた腕に力が籠められた。
 服越しに伝わってくる温もりが心地良い。


「ごめんね。でも、これはあの日キッドとして行った俺の本当気持ちだったんだ」


 何度も聞こえる『ごめん』の言葉。
 それをそれ以上聞きたくなくて――唇で快斗の口を封じた。



「!?」



 びっくりして、目を白黒させている快斗に満足して漸く唇を離した。



「し、新一?!」
「何だよ」
「いや、何だよって…」
「別にいいんだよ、もう」
「別にいいって…」
「いいんだよ。お前は今ここに居るんだから」


 死ぬかもしれない危機を乗り越えて。
 死ぬかもしれない仕事を終えて帰ってきて。

 そして今此処に居てくれる。
 それだけで充分。


「新一…」
「もういいんだ。この手紙を残してアイツは逝ったんだから」


 もうこの世に『怪盗キッド』は存在しない。
 この手紙を残して、最後の戦いでアイツは居なくなった。

 だからこれは正真正銘のアイツからの最後の手紙。










「これはアイツからの最後のラブレターだったんだよ」
















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