ぶつかって
 すれ違って
 想い合って

 余りにも遠回りで
 余りにも辛かったけど

 今は、これからは

 笑って一緒に居られるよね?















最後の告白【四】
















「俺さ…」
「ん?」


 ぎゅっと抱き合ったまま、お互いの体温をゆっくりと噛み締めて。
 暫くその時間を楽しんでいた後、新一が小さく呟く様に言葉を紡いだ。


「飛ぼうかと思った」
「飛ぶ…?」
「……下、見たら……ああ、この高さなら死ねるかなって…」
「新一…」
「お前、帰って来ないと思ってたんだ。
 あんな細工してあったし…俺、お前の事散々傷つけたし……。
 お前が…今日中にお前が帰って来なかったら、こっから飛び降りようって思って待ってた…」
「………」


 余りにも彼の口から紡がれた想いが重過ぎて。
 快斗は何も言えず、ただぎゅっと新一を抱き締める手に力を籠めた。

 何を言うよりも、彼を抱き締めているこの温もりの方がきちんと伝わると思ったから。


「もうさ…俺なんか要らないって思ったんだ。
 快斗には彼女居るし…あ、居ると思ってたし…。俺はきっと居ない方がいいんだって。
 そうしたらお前の事苦しめる事も、泣かせる事もないんだろうって…。………俺はさ、お前に笑ってて欲しいから…」
「…俺もだよ。新一に悲しい顔なんて、辛い顔なんてさせたくなかった。
 ごめんね。新一…。本当はもっと早くはっきりさせてれば良かったんだ…」
「……俺だって…」
「……俺は、分かっててああしてたんだよ。新一があのままじゃ居られないのを知ってた。
 知ってて…ずっとずっとずるずるあのままの関係にしておこうと思ったんだよ。そう意図的に仕向けてた」


 ずっとずっと彼が苦しんでいたのを知っていた。

 彼女と俺の間で板挟みになって。
 どっちも大事に思っているのは知っていた。
 だから、苦しんで苦しんで傷だらけになっているのを知っていた。

 それでも、彼を放してやる決心は中々つかなくて。
 彼の傍に居られなくなるのが余りにも辛過ぎて。

 漬け込んだ。
 彼の優しさと、脆さに。


「俺はさ、狡いんだよ。
 蘭ちゃんとの幸せを願える程優しい人間にもなれなければ、新一を奪い取る自信もなかったんだ。
 俺は男で…新一も男で…これから先どうなるかなんて正直分からないし、考えるのも怖かった。
 新一にはもっと普通で明るい未来があるんじゃないかって。
 もしも、高校生探偵の『工藤新一』の恋人が男だなんて分かったら…新一が世間で何て言われるかって…」


 これだけの有名人で。
 これだけの外見で。

 そんな事が分かった日にはワイドショーや週刊誌の格好の餌食だ。

 彼を傷付けたくない。
 でも、自分が彼の傍に居ればどういう形であれ彼を傷付けてしまう可能性は余りに高過ぎた。


「……お前、そんな事考えてたのかよ」
「考えるでしょ。好きな人が有名人な場合…」
「…俺、探偵辞めよっかな………」
「何、言ってるの…?」


 呟かれた言葉に快斗は思わず新一から身体を離すと、その顔を覗き込んだ。
 彼の顔には諦めにもにた苦笑が浮かんでいた。


「お前がさ…そこまで俺の事考えてくれてるなら俺は…」
「ちょっと待って? 俺は新一に『探偵』辞めさせるなんて考えた事もないよ?」


 根っから『探偵』の新一からソレを奪い取ってしまうのは余りにも大き過ぎる。
 それに…快斗だって探偵をしている新一は大好きだから。
 探偵の顔になっている時の彼の表情は凄く格好良くて、その瞳はキラキラ宝石の様に輝くのを知っているから。


「でもそれって…そこまでしてでも俺の傍に居たいんだって思ってくれてる、って自惚れても良いって事なのかな…?」
「………す、好きに取ればいいだろ!」


 顔を真っ赤にして快斗の胸に顔を隠してしまった新一に快斗はクスッと笑う。
 まったく、この人は可愛くて可愛くてしかたない。


「ねえ、新一」
「ん…?」
「じゃあ、さ……きっとずっとずっと先になるだろうけど…。
 俺の仕事が終わって、新一もいっぱいいっぱい仕事して、もしも…もしもだけど…もう探偵なんて嫌だって……疲れたって思ったら――――俺の為に探偵、辞めてくれる? 俺の…傍にずっと居てくれる?」


 ずっとずっと…一緒に居て。
 もしも新一が探偵に疲れてしまって、真実を見詰め続けるのに疲れてしまったら。

 その時は―――最期まで一緒に居たいって思っていいのかな?


「……ばーろー。お前以外…誰が俺の面倒なんてみれんだよ」


 小さく笑って、顔を上げてくれた新一に嬉しくなって。
 快斗はぎゅーっと新一を一度抱き締めると再び身体を少しだけ離して、ちゅっといきなりその唇に口付けた。


「!?」
「ありがとv もう…俺は新一に何てお礼を言っていいか分からないよ…」


 突然の快斗からの口付けに新一は目を丸くして、それでも快斗の柔らかい笑みと共に紡がれた言葉に少し困ったように笑う。


「お礼なんて必要ねえよ。それにお前はもう言ってくれただろ?」
「えっ…?」
「……愛してるって言ってくれた。それだけでもう…充分だ…」
「しんいっ……!?」


 突然、快斗の唇を温かく柔らかいものが掠めていった。
 それが、新一の唇だと分かるまでに、快斗の頭は何秒の時を要したのか。

 目の前の現実が信じられなくて、快斗は呆然としたまま、何度もぱしぱしと瞬きをして新一を見詰めた。


「何だよ!///」
「い、いや……あの、…新一からしてもらえるなんて思わなくて……///」


 お互い真っ赤になって。
 お互いに恥ずかしくなってしまって…。

 快斗は真っ赤な顔のまま俯いてしまった。
 そんな快斗に新一も益々恥ずかしくなってしまって、とりあえず顔が見えない様にその身体にぎゅっと抱きついた。


「こ、……恋、人……なんだからあ、当たり前だろ…!///」
「恋人って…新一……」
「な、なんだよ! 違うのか!?」
「いや、あの…ち、違わないんだけど……」


 今まで一度も言われた事の無い言葉を言われて快斗はただ、ドキドキしてしまって。
 マジマジと新一の目を見詰めてしまう。


「い、いいの…?」
「何がだよ」
「だって…恋人って…」


 彼とはそういう関係とは言えない関係で。
 でも、そうなりたいとずっとずっと想っていて…。

 けれど今ここで彼と『恋人』という関係になってしまっていいのだろうか?


「……嫌、なのか?」


 不安げに紡がれた言葉に、快斗はおもいっきり首を横に振った。
 それこそ、ぶんぶんと音でもしそうなぐらい。


「嫌な訳ない。新一と…『恋人』になれるのが嫌な訳ない………でも……」
「でも…?」
「俺は…きっと、新一の事これからも傷付け続けるよ? ずっとずっと…どうしようもないぐらいに」


 きっと一緒に居る限り、どうしても不安は消せなくて。
 大好きで、愛してるのは何よりも確かな事実だけれど、それでも不安は拭えなくて。

 どうしようもなく、傷つけ合う時もあるかもしれない。


「……ばーろー。俺は言っただろ? お前になら…何されてもいいってさ」
「新一…」
「俺は…お前が傍に居てくれるなら……それだけで幸せだから」


 好きで好きで堪らない人が傍に居てくれる。

 それだけで幸せ。
 それだけが幸せ。


「新一、ありがとう。……本当にありがとう」


 ずっとずっとすれ違って。
 ずっとずっと泣き続けて。

 それでも、最後にお互いが笑い合えてるんだから。
 それだけで…幸せだよね?


「俺こそ…本当にありがとう。………これからもよろしくな?」
「うん。よろしくね」


 抱き合っていた体温を手放すのは少し寂しかったけれど、身体を離して。
 お互いにそっと右手を差し出した。


「ずっと…一緒だよ?」
「ああ。……もう嫌だって言ったって離してやれねーよ」
「新一…それ……凄い口説き文句」
「……そ、そう思うんだからしょうがねえだろ///」


 お互いに真っ赤になった顔を隠すように、もう一度強く強く抱き締め合った。















 ぶつかって
 すれ違って
 分かり合えて

 傍にずっとずっと居たいと言い合えて

 好き
 愛してる

 ずっと…傍に居て下さい

 貴方が隣に居てくれるなら

 もう迷わない
 もう間違わない


 二人で支え合って、笑い合って生きて行こうね?




















END.

ここまでお付き合い頂いて有り難う御座います。
少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。



back