例えば言葉のほんの一つ
例えば行動のほんの一つ
その些細な一つ一つが
俺の心を捉えて離さないなんて
きっと君は知らない
黒羽快斗的きゅんぽいんと
例えば、言葉一つ。
「あー…もう、俺駄目かも」
「ん? 何が駄目なんだよ、新一」
「いや、お前の飯食えなくなったら俺きっと死ぬ」
「何だよ、それ」
クスクスと呆れた様に笑った快斗に、新一は酷く真面目な顔で言う。
「だってお前の作った飯、マジで美味いんだからしょうがねえだろ」
「それはそれは。お褒め頂き光栄ですよv」
「俺、これから先もずっとお前の飯食っていきてえなぁ……」
ぽつりと呟いたその言葉がある意味『一生飯を作ってくれ』と言われている様で、くらっとした。
何だかある意味プロポーズみたいだ。
こういう所が無自覚だからホント困る。マジで困る。
例えば、行動一つ。
いつもの様に新一がソファーで本を読んでいる横で、快斗はマジックの練習をしていて。
ふと気付けば、肩が少し重いなー…なんて横を見てみれば……。
(新一君…。だから、それ犯罪…///)
快斗の肩に頭を預けてすよすよと寝ている新一。
伏せられている睫毛なんて凄く長くて、頬なんか真っ白ですべすべで、唇なんか赤くて綺麗で思わず口付けたくなる様な……。
「かい、と……」
………。
…………。
……………。
もう無理。
マジ無理。
俺今なら本気で死ねそう。
殺人的に可愛らしい寝顔に、寝言で自分の名前を呼んでくれるなんてオプションまで付けてくれる。
本気で俺を殺す気か!と顔を真っ赤にして、快斗は内心で叫んだ。
例えば笑顔一つ。
「なあ、快斗」
「ん?」
「これ、お前が作ってくれたのか?」
「ああ。見付けたんだ。後で出そうと思ってたのに…」
こら、飯前に食うんじゃない。
食後にでも出してやろうと焼いておいたパイをいつの間にやら一人分綺麗にカットして、つついている新一に苦笑する。
全く、普段は食べ物に興味なんてそんなに持たない癖に、レモンパイは別腹か。
「上手そうだったから」
「ソレ食ったら、ちゃっと後で飯も食えよ?」
「………」
「お前はお菓子食べ過ぎて飯の食えなくなるガキか」
「…るせー」
「はいはい。しょうがねえから、珈琲でも淹れてやるよ」
「ん。頼む」
「………」
こいつぜってー何も反省してない。
溜息を吐きながらも、ちゃんと珈琲を淹れてやって。
自分のモノには砂糖とミルクをたっぷり投入して、そうして快斗も自分用に一切れお皿に乗せて、新一の隣に座った。
「美味しい?」
「ああ、すげー上手い。さんきゅ、快斗」
ものすごーく凶悪に殺人的に可愛らしい極上の笑顔でそう微笑まれて。
快斗はもう、そのままぶっ倒れるんじゃないかと思うぐらい幸せな眩暈を感じた。
「だからね、哀ちゃん!! 俺もう無理! 絶対無理!! もう限界!!」
「………」
「あの人の無自覚さ、どうにかして!!!!!」
「………」
借りていた本を返しにお隣に伺えば、家主は事件の為留守で。
代わりに出て来たのは、今現在新一と同居している彼の友人の黒羽快斗。
丁度ケーキを作っていたところらしく、「後で持っていくからお家で待っててv」なんて言われて大人しく研修室で待っていれば、そのお土産と共に惚気とも愚痴ともつかない物まで持ち込まれ、最後にはそんな絶叫までされて、哀は思いっきり溜息を吐いた。
「黒羽君」
「何?」
「彼の無自覚さをどうにかする、しないの前に、貴方結局工藤君とどうなりたいの?」
「そ、そりゃ…その……あの………///」
「………貴方も、ある意味工藤君と同じ位純情よね」
「うっ…」
「だったら言えば良いじゃない」
「言える訳ないよ!!」
珈琲に口を付けながら、哀は目の前で顔を真っ赤にしている快斗を冷静に見詰めた。
新一が同居をするのだと快斗を連れてきてから早半年。
哀は当初から快斗がどういう想いで新一を見ているか気付いていたけれど、自分の事には物凄く疎いあの探偵がそんな想いに気付く筈もなく、相変わらず二人の関係は『友人』のまま。
それをこの目の間の彼がもどかしく思っている事も哀は分かっていたのだけれど…。
「だってさ…」
「どうせ『今の関係を壊す様な事を言って、友人としても彼の傍に居られなくなったら嫌』なんて理由で何も言えないんでしょうけど」
「うっ……;」
図星をついてやれば途端に涙目になる快斗を哀は内心で気の毒に思う。
きっと快斗の想いなんて、想われ人である探偵以外皆気付いているだろう。
気付かないのは本人ばかり。
彼らしいと言えば彼らしいが…。
「でもそれじゃ、一歩も前に進めないわよ?」
「……いいんだよ。進まなくて」
発破をかけるつもりで言った哀の言葉に、快斗は一変して優しく微笑む。
何もかも受け入れた様な、どこか諦めの滲む笑顔を急に浮かべた快斗に哀は首を傾げる。
「関係を…進める気はないの?」
「俺は…今のままで充分幸せだよ」
新一の日常に入り込んで。
『同居』という形まで許して貰って。
彼が自分の作ったご飯を美味しいと言ってくれて。
自分の目の前で無防備な寝顔さえ見せてくれて。
そんな風に気を許されているだけで幸せ。
たとえそれが『恋』とか『愛』とか特別な物じゃなくても。
「そう…」
その笑顔が、何だか酷く幸せそうで。
その笑顔が、何だかとても切なくて。
哀はそれ以上突っつくのを止めた。
もし、彼がそれを望む時が来るならそれでいい。
望まずこの穏やかな幸せを望むのならそれもいい。
どっち道、こんなに彼に想われている彼が不幸になる様な事はないだろう。
「たださ、哀ちゃん……」
「何?」
「……あの新一の無自覚さだけは…俺耐えられそうにないんだけど……」
「…諦めなさい。彼のアレは天然だもの。今更どうしようもないわ」
「………そうだよね;」
快斗とて、どうにもならないのは分っている。
分ってはいる…が、余りにも凶悪かつ極上の誘惑(でも、本人は無自覚)全てに勝てる程、快斗は未だ人間が出来ていない。
というか、新一相手に勝てる方がどうかしている。
どんなに強靭な心を持っていたって、きっとあの甘美な誘惑には勝てない。
彼のあの無自覚な色香や、極上の笑顔にはきっと、誰も勝てない。
だからこそ、いつか理性がぶっちぎれて(…)新一に無体を働いてしまいそうで怖いのだ。
今だって理性を総動員してどうにかこうにか漸く押し止めている状態なのに…。
「でもさ…俺、そろそろ本気で手、出しちゃいそうで怖くて…」
「出せばいいじゃない」
「……はいぃぃ!?」
哀から返って来た余りに予想外の答えに、快斗は素っ頓狂な声を上げた。
「あ、哀ちゃん!? な、何言ってんの!?」
「煩いわね」
「だ、だって…!」
「少し落ち着きなさいよ」
「だって……;」
そんな事を言われて落ちつける筈がない。
思わず椅子から半分ぐらい浮いてしまった腰を冷たい視線で制されて、慌ててもう一度腰を椅子に沈める。
それでも、わたわたあわあわしている快斗を哀はフッと笑ってやる。
「大丈夫よ。工藤君が本当に嫌だと思ったら、貴方多分―――瀕死…じゃ済まないでしょうから」
「それは…た、確かに……;」
あの『黄金の右足』の持ち主である新一が、本当に拒絶を示したら快斗だって無傷では済まない。
いや、済まないどころか、哀が言う様に瀕死以上になる事は必至だろう。
「だったら良い機会じゃない。彼が貴方をどう思ってるのかを試すチャンスだとは思わない?」
「それはそうだけど…」
「あら、自信ないの?」
「ある訳…ないよ……」
しゅん、と小さくなってしまった快斗に哀は内心で呆れる。
あの劇的に恋愛音痴の彼が彼との関係をどうしようと思っているのか、哀には分からない。
けれど、彼の好き嫌いの激しさぐらいは哀だって知っている。
そして、彼が好きでもない人間を自分の直ぐ身近に置く訳が無い事も。
だから、快斗がこうして新一の直ぐ傍に、一番近くに居る事を許されているということは……。
「黒羽君。貴方もうちょっと自信を持っていいんじゃないかしら?」
「でも…」
「工藤君は、好きでもない人間を身近に置くほど奇特な人じゃないわよ?」
「…それは分ってるけど……」
いじいじ、めそめそ。
そんな単語が本当にピッタリくる程小さくなって、のの字なんて書いている快斗を呆れた様に哀は見詰める。
小さい子がやる分には非常に可愛らしい光景だが、目の前の彼はどんなに可愛らしい行動をしても、高校二年生の男子。
どう贔屓目に見てもその行動は可愛いとは言えない。
「黒羽君。ソレ、可愛くないからやめなさい」
「哀ちゃん…;」
「涙目になっても駄目よ。いい歳なんだからしっかりしなさい」
「いい歳って……ι」
確かに哀が見た目通りの年齢ならそう言われても仕方ないだろうが、新一に聞いた所、本当の哀の年齢は自分達よりもほんの少しお姉さんらしい。
尤も、その年齢よりも遥かに精神年齢は上だと思うが…。
そんな哀にそんな風に言われて、快斗は何だかがっくりとしてしまうが、いかんせん話は年齢の話し。
女性に失礼な事を言う訳にもいかず、快斗はがっくりしながらも潔く口を噤んだ。
―――だって、哀ちゃんを怒らせたら怖いから(爆)
「黒羽君」
「な、なんですか…?」
「何か言いたい事があるのかしら?」
「め、滅相もございません!!」
「そう…」
スッと細められた哀の目に、快斗はガタガタと震え、冷や汗まで出て来た気がした。
怖い。
本当に…怖い。
怪盗キッドなんてものをやっているにも関わらず、この目の前の(見た目は)小学生の少女に勝てる気がしないなんて……ちょっぴり情けない気もするが、何たって相手は哀なのだ。
だからしょうがない(爆)
「まあ、とにかく…案ずるより産むが易し、よ」
「…哀ちゃん、他人事だと思ってるでしょ?」
「あら、他人事じゃない」
「そりゃそうなんだけどさ…;」
さらっと言われた余りに冷たい言葉に、快斗は再度いじけそうになるが、もう一度『可愛くない』と蔑まれる(…)のを考慮して、その願望をグッと抑え込んだ。
若干涙目になっていたのは、ご愛嬌だ。
「分った!! 俺、がんばる!!」
ぐっと握りこぶしを胸の前で作って、斜め上を見詰めそう気合いを入れた快斗を哀は呆れつつ、苦笑を浮かべて見詰めた。
まったく…普段はあれだけロマンティックな雰囲気を醸し出してくれる癖に、こういう所は酷く子供っぽい。
そこが彼の良いところだと、哀は微笑ましく思う。
「そうそう、その意気よ。せいぜい頑張ってらっしゃい」
「哀ちゃん、励ましが棒読み……;」
そんな棒読み丸出しの感情の籠らない声援を送られて、快斗はほぼ半強制の決意(…)を固め阿笠邸を後にしたのだった。
「おかえり。何処行ってたんだ?」
「新一vv おかえりvv 早かったんだねvv」
「ただいま。で…」
「哀ちゃんとこだよ。ケーキお裾分けしに行ってたの♪ 後で新一にも出したげるねv」
「ああ。さんきゅ…」
ソファーでいつもの様にホームズ片手に声をかけてくれた新一に抱きつきたいのを、快斗は懸命の思いで我慢する。
一緒に住むようになってから、快斗にとっては毎日がある意味我慢大会だ。
「それにしても、思ったより大分早かったね」
「ああ、あんま大した事ない事件だったからな。犯人勝手に自供始めるし…」
「そっか」
さもつまらなそうにそう言って、新一は視線をホームズへと戻す。
世の中に彼を必要とする事件は多いが、彼を満足させられる事件は少ない。
「消化不良?」
「ちょっと、な…」
「……暗号欲しい?」
「…くれんのか?」
「新一のお望みとあらばvv」
言うが早いか、ぽんっと煙幕と共に快斗の手に数枚のカードが現れる。
お気に入りのホームズから自分へと視線が移ったことが嬉しくて、快斗はそれを新一へとカードを選ばせる要領で差し出す。
ちなみに新一へ向けているのは全部真っ白なカードの背だ。
「お好きなのを一枚どーぞ♪」
「…一枚だけか?」
「とりあえず今は、ね」
「………」
「ほら、むすっとしないの」
「………」
むぅ…と不満げに無意識に少しだけ口を尖らせた新一に苦笑しながら、快斗はそう言って促す様にカードをもう少しだけ新一の方に差し出す。
快斗を少しだけまだ不満げに見つめていた新一も、少し自分の方に差し出されたカードを見て、小さく溜息を零すと、漸く諦めた様に呟いた。
「…わぁった。選べばいいんだな?」
「うん。どれを選ぶかは…探偵の勘、かな?」
「…勘だけに頼るのは癪だな」
緻密な調査と。
綿密な推理と。
それらをこよなく愛する名探偵に『勘』だけで選べ、というのは少々酷だったかと快斗が新一の顔を見れば、意外にもすぐにニヤッとした笑みを返された。
「左から二番目」
「えっ…何で…?」
「強制法」
「………」
「相手に取らせたいカードの面積を一番広く相手に見せる。マジックのトリック…とも言えない心理効果だ」
「…でも、俺が新一に取らせたいのが難しくて楽しい暗号だとは限らないよ?」
「お前が俺を退屈させる訳ないだろ?
お前が俺に取らせようとするなら…それは間違いなく一番難解で、一番面白い暗号だ」
「………」
絶対の信頼。
それが例えそういう類のモノに寄せられるモノだとしても、愛しい人にそんな風に言われて嬉しくない訳がない。
快斗は嬉し過ぎて溢れてしまいそうになる気持ちをどうにかこうにか押さえつけて、新一が言ったカードを、カードを開いているのと反対側の手で摘まむと、スッと新一に差し出した。
「流石は名探偵。御見それしました」
「そりゃどーも」
するりと快斗の手から奪われたそのカードは新一の手にすっぽりと収まる。
大事に大事に扱われるそのカードにも思わず心が躍ってしまう。
「新一。珈琲いる?」
「………」
「…ありゃ…。遅かったか…;」
残りのカードを纏めてしまってからそう声をかければ、返ってこない返事に苦笑する。
快斗が新一を見つめれば、当然新一の視線も意識も全部先程のカードに向けられていた。
少しタイミングが遅かったらしい。
「まあ、淹れとけば飲む…かな?」
苦笑しながらそう呟いて、快斗は新一に珈琲を淹れるべく台所へと向かった。
―――1時間後―――
「ふーん…。次の獲物はコレか」
「えっ…もう解けたの?ι」
「ああ」
「…ホント、流石名探偵……;」
制作時間3時間。
それを1時間。
生みの苦しみを考えると、その差はちょっと複雑だ。
「なあ、快斗」
「…ん?」
「次は5時間な」
「ぇ…」
「多分3時間ぐらいだろ? コレ」
「………ハイ;」
しかも制作時間まできっちりしっかりばれている。
完全に読まれている。
何だかものすごーく負けた気がして快斗がガックリと肩を落とせば、少しだけ快斗の顔を覗き込む様に新一が顔を近付ける。
「でも、すげー面白かった。さんきゅーな、快斗」
「あ、う、うん……///」
ああ……キラキラだ。
可愛くて可愛くて仕方ない新一の中でも快斗が一番愛して止まないもの。
それは推理をしている時にキラキラと輝く新一の蒼い蒼い瞳。
いつからかコレが見たくて、キッドとしても快斗としてもより難解で楽しんで貰えるモノを追及する様になった。
「ホント、お前いい奴だよな」
「えっ…?」
「料理は上手いし、家事全般もそりゃぁ見事にこなすし、しかも怪盗なんて奇特なもんやってて、暗号はすげー面白いし」
「すげー面白い…?」
「ああ、すげー面白い」
「……良かった」
心底安堵の籠った快斗の言葉に、新一はクスクスと笑う。
「お前以上に俺を満足させてくれる暗号を作ってくれる奴なんかいねーよ」
「ホントに…?」
「ああ、ホント」
「…俺の暗号、好き?」
「ああ。大好きだよ」
「………///」
真っ赤になった快斗に、新一はのほほんと『あー…珍しく照れてるコイツも可愛いなー』なんて暢気なことを考えながら、ふわふわの髪に誘われるままその頭を撫でてやる。
それに快斗が益々赤くなっているのなんて気付かずに、新一はふわふわの髪を撫でながら淹れてもらっていて冷めてしまった珈琲を飲みほした。
「哀ちゃん! 哀ちゃん!!」
バタバタと駆け込んできた快斗に哀は眉を顰めると、冷たい目でその不躾な訪問者をにらみ付けた。
けれどその程度でこの相手がこの状態で怯む訳がなかった。
「哀ちゃん聞いて! 聞いてよ!! 新一がねっ…!!!!」
「黒羽君」
「…何?」
「貴方、人様のお家に伺ってるという自覚はあるかしら?」
にっこりと絶対零度の笑みを浮かべてやれば、漸く快斗の表情が凍りつく。
いつもならもうちょっと手前で気付くのだが、あまりに浮かれ過ぎていて、危機的状況に気付けなかったらしい。
「あ…はい……。ごめんなさい…」
「分かればいいのよ。それから、人様のお宅に伺う時は、相手が忙しいか確かめる必要があるとは思わないかしら?」
「は、はい……。仰る通りです……」
ガクガクブルブル。
そんな表現がぴったりくる程快斗がビクビクしているのに満足して、哀は身体の向きをディスプレイの前から快斗へと変更させた。
「それで、一体何があったの?」
「あ、そうだ! あのね! あの…」
「落ち着いて喋らないと、貴方のだいっきらいなアレを大人しくなるまで口に詰め込み続けるわよ?」
「―――!!!!」
声もなく目を見開いて、それからものすごーく嫌そうに渋い顔をした快斗を哀は鼻で笑ってやる。
まあ、ちゃんとした名称を言わないであげたのはほんの僅かな優しさだ。
「わ、分かりました。ゴメンナサイ…。落ち着いて話します……;」
「分かればいいのよ。分かれば」
若干涙目になった快斗に満足して、哀が話を促す様に快斗の顔を見れば―――。
――さっきの泣きそうな顔はどこへやら、にへら、とやに下がった顔が登場した。
「あのね、新一がね…新一がね…」
「工藤君が、どうしたのよ」
少しだけイラついた様に哀が言ってもどこ吹く風。
まるで夢見る乙女の様に斜め上を見上げ、夢見心地で快斗はうっとりと呟いた。
「『大好き』って言ってくれたんだvvv」
「工藤君が…?」
「うんvv」
「貴方に、『大好き』って…?」
「うんvvv」
俄かに信じられないという体で尋ねた哀に返ってきたのは、肯定。
うっとりと呟く快斗に『信じられない』と哀が言おうとした刹那、返ってきたのはそれよりも上を行く言葉だった。
「新一がね、俺の暗号『大好き』って言ってくれたんだーvvv」
「…暗号……」
詰まる所、この目の前の(腐っても)怪盗はどうやらあの後名探偵に暗号を提供して。
そうして、彼お手製の『暗号』が『大好き』と言われてこんなにハッピードリーマーになっている、と……。
「……貴方、ホントに幸せな性格してるわよね……」
「うんvv 俺今凄い幸せだよvvv」
「………」
どこまでもすれ違う会話と、それでも幸せそうな快斗に哀は天井を仰ぎ見ると深い深いため息を零したのだった。