追う者と追われる者

 この数日でその立場が逆転した


 けれどその事実を知るのは当の二人だけ








名探偵の口説き方(悩める快斗君編)








「おかしい…」


 それが最近の快斗の口癖になっていた…。








「快斗…待たせたな」
「いや、そんなに待ってないから気にしないで♪」
「ならいいんだけど…」





 新一を快斗が口説き始めてから今日ではや21日。(カウントしてるのかよ…by新一/もちろんでしょ♪by快斗)
 まあ、つまり3週間目に突入なのであるが…最近どうも新一の様子がおかしい。

 以前なら、こうして校門で下校時に待っていようものなら…

 『ついてくんじゃねえ!』

 と 、きっつ〜い一言と共に見事なまでの黄金の右足が炸裂していたのだが。
 最近では、待っている快斗に対してこうした優しい言葉すらかけてくれるようになったのだ。

 それは非常に嬉しいのだが…


(おかしい…)


 明らかに態度が違うのだ…あの怪我をして彼の家を訪ねた日から。








 つい先日…と言っても約2週間前の事なのだが…。
 夜の仕事の後何時もの様に確認をした後、不覚にも追っ手の銃弾を浴び結構な量の出血をしてしまった。
 何とか敵を巻いた後、急いで一番酷かった傷を手持ちのハンカチで止血したまでは良かった。

 だが…大量の出血によって少しずつ薄れ出す意識の中でふと彼を思い出してしまったのだ。
 自分が心惹かれている彼の事を…。

 それから後はもうただ無意識…としか言い様がなくて。
 気がつけば工藤邸のベランダに降り立っていた。








「快斗? どうかしたのか?」
「いや…何でもないよ」
「そうか?」


 一人思考に沈んでしまった快斗の顔を新一が覗き込んでくる。
 そんな新一に全てを話して理由を聞いてしまいたいのをぐっとこらえ、お得意のポーカーフェイスであくまでも『明るい黒羽快斗』を演じ続ける。


「強いて言えば、新一が一緒に帰ってくれるようになって嬉しいだけ♪」
「ばーろぅ…」


 どうやらそれは上手くいったようで、新一はそっぽを向いたまま黙ってしまう。
 そのまま、2人は無言のまま何時もの様に工藤邸への道のりを歩く。

 けれどその沈黙は決して不快なものではなく、むしろ安らげるもので。


(俺ってほんと幸せ者Vv)


 と、思わず快斗は頬が緩みそうになるのを押さえるのに必死にならざるをえない程だった。





 そうして暫く歩くとほどなくして、工藤邸の前に到着する。
 それはここ3週間通い慣れた道。

 学校からここまでの時間は僅かだが、快斗にとって何よりの至福の時。
 それが終るのが残念ではあるが、また明日も…と思えば楽しみにもなるもので。


「じゃあ、新一また明日ね♪」


 と言って帰ろうとしたところを突然の新一の一言で引き止められる。


「家…上がっていかないか?」
「…え?」


 余りに意外な新一の言葉に、快斗の方が固まってしまう。
 そんな快斗の様子に焦れたのか新一は少し強い口調で…


「だから、家に上がっていかないかって言ってるんだよ!」


 と、先程の言葉を繰り返す。


「い、いいの!?」


 ようやく新一の言葉を理解した快斗は、思わず聞き返してしまった。


「いいから言ってんだろ」

 別にお前が嫌なら無理にとは言わないけど…。

「是非入れて下さい!!」


 快斗君理解した瞬間…即答(笑)
 それもその筈、新一を家まで送ること3週間。

 『黒羽快斗』にとっては始めての新一からのお誘いである。
 断る筈も理由もない。


「だったらさっさと入れよ」


 ほら、とドアを開けてもらったりして…。


(やば…俺ほんと………幸せVv)


 既にそれだけで十二分に幸せを堪能している快斗。
 もう、その顔の緩みっぷりは裏の顔からは想像すら出来ないぐらいで…。


「お前……ご自慢のポーカーフェイスは何処に落としてきたんだ?」
「新一の前だからいいの♪」


 すっかりやに下がった顔で言われて、新一は深く溜め息をつくとそれ以上その事について追求するのは止めることにした。
 工藤邸にちゃんと玄関から(…)入れてもらった快斗は、リビングまでの廊下の長さに圧倒される。


(やっぱ新一のうちってでかいよなぁ…)


 今更ながらにそんなところに感心しつつ、リビングに通される。
 通されたリビングも当然一般家庭の物とは比較できないほど広くて。
 少々圧倒されている快斗に、新一は近くにあるソファーを勧める。


「そこに座ってろよ。今珈琲でも淹れてきてやるから」
「あ、俺手伝うよ?」
「いいから座ってろ」


 今日は客なんだから、と珍しく素直に言ってくれる新一に快斗は素直に従い座ったまま待つ事にする。
 そのままキッチンに行こうとする新一に、一つ快斗は重大な事を忘れていた事に気付く。


「あ…新一…」
「ん?」
「悪いんだけど…ミルクと砂糖入れてくれる?」
「いいけど…どれくらい入れればいいか解んねえし、持ってきてやるから自分で入れろよ」
「うん♪」


 新一がブラック派なのを知っている快斗は、あらかじめそれだけは言っておかなければならなかった。
 彼は何も言わなければきっと自分にもブラックで持ってくるから。

 それは……激甘党の快斗にとっては拷問の様な物である(爆)
 なんだって彼はあんな苦いものが好きなのか………。
 確かに香りが良いのは認めるし、良い物は苦味だけでなく甘味があるのも解る…解ってはいるのだが………。

 自分には苦過ぎる………それが快斗の結論だった(爆)


「お前何一人で百面相してんだよ?」


 そこに珈琲が入ったカップを二つと、砂糖の入った硝子製の入れ物、ミルクピッチャーが乗せられているトレーを持って戻ってきた新一が呆れた様に呟く。


「い、いや…別に…」


 どうやら考えていた事が顔に出ていたらしい。


「まあ、別にいいけど…」


 いつもの事だし、とそっけなく返され何事もなかったように珈琲の入ったカップが快斗の目の前に置かれた。


「ありがとう♪」
「別に礼言われる様な事じゃねえだろ」
「でも、嬉しいからさ♪」
「…そうかよ……」


 満面の笑みで快斗にそう言われて、新一は少し赤くなりながら視線を快斗から逸らす。


(ん〜vvこういう新一も可愛いんだよね〜♪)


 工藤邸に入って僅か数十分の間に快斗はこれまでに無い程の幸福感に浸っていた。
 そのまま和やかにティータイムは進む…。

 筈がなく、和やかなティータイムを和やかでないものにしたのは当然快斗の行動であった。


「お前…何杯入れる気なんだ?」


 1杯目、2杯目あたりは普通に快斗の様子を眺めていた新一だったが、入れられていく砂糖の量に流石に顔を引き攣らせながら尋ねた。

「え? これで5杯目だけど?」


 何か変?とでも言いたそうに真顔でそう返され新一は頭を抱えた。


「あのなぁ…確かにその辺のファミレスで出てくるような苦味しかない珈琲ならまだしも、俺が淹れた珈琲にそこまで砂糖入れるってのは嫌味か?」


 新一さん…さり気無く毒舌です…。


「ち、違うってば!! 俺甘いの好きなだけで…」


 必死に訴える快斗に徐々に新一の瞳が鋭い物になっていく。


「………お前に珈琲の楽しみ方を教えてやる…だからさっさとその『珈琲もどき』を飲み干しやがれ!」


 流石珈琲好きの新一さん。
 どうやら砂糖を5杯も入れた珈琲が許せない様です。(あれは既に珈琲じゃない!!by新一)


「もどきって……」


 その新一の言葉に少々顔を引き攣らせながらも、そこは恋する男の子(笑)
 新一に嫌われたくない一心で、一応さっさと飲み干してしまおうとしたのだが…。


「新一…」
「何だ」
「悪いんだけど、ミルク取ってくれる?」
「…………」


 新一さん絶句。


「まさかとは思うが…お前それにミルクまで入れる気か…?」
「うん♪」


 当然の様に語尾に音譜マーク付きで言われ………新一はついにキレた。


「…出てけ」
「え…」
「砂糖2杯以下で珈琲が飲めるようになるまで俺の前に顔見せんじゃねえ!!」
「し、新一〜!!」


 そして、ものの数秒で工藤邸の外に快斗は見事に蹴り出された。



「………俺そんなに悪い事した?」


 蹴り出された本人は工藤邸の前で暫し呆然となる。
 砂糖2杯以下って結構俺にとっては拷問なんだけど…ι

 けれどその辺は恋する男の子(…)。


「……くぅ…絶対飲めるようになってやる〜!!」


 と決意を固めると、泣き叫びながら家路につくのだった。








「まったく…怪我してたからって少し甘やかすとすぐあれだ…」


 その様子を窓から眺めつつ、新一は溜め息をついた。
 新一さん…さっきのあれは甘やかした結果とは関係ないかと…ι


「ったく、珈琲も飲めないようなお子様が俺のこと口説こうなんて10年早いんだよ」

 もっとも『KID』だけどな…あいつは。


 一人楽しげに彼のもう一つの名前を思い浮かべつつ、新一は飲みかけの珈琲を再び味わうのだった。




 快斗が砂糖2杯以下で珈琲を飲む事が出来る様になるのか。
 それがこの恋の最大の障害なのかもしれない…。











END?


快斗君…良い思いしてる?(爆)←自分で書いて疑問系かよ!
いや…お家に入れてもらっただけでも充分良い思いしたかなぁ…と思って。
いかかでしょ雪花姉?

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