追う者と追われる者

 この数日でその立場が逆転した


 けれどその事実を知るのは当の二人だけ








名探偵の口説き方(取り敢えずお家に入れて下さい編)








「お前…何やってるんだ?」
「おや、見つかってしまいましたか?」
「当たり前だ」


 どうやら名探偵は今日も厄介事に巻き込まれる事になったらしい…。








「で、どうしてお前が俺の家のベランダにいる?」


 そう、ここは工藤邸の二階のベランダ。
 そこに蹲る様にして座っている怪盗KIDを見つけたのが事の始まりだった。


「飛び続けるのに疲れて少し羽根を休めさせて頂いていただけですよ」


 顔色は青褪めているのにそれでもポーカーフェイスを保ち続け、気障な台詞回しを続ける怪盗に新一は呆れるのを通り越してある意味感心してしまう。


「で、何処を撃たれた?」


 微かに薫る硝煙と血の薫り。
 それはごく微量で、普通の人間であれば気付かないはずの匂い。


「流石は名探偵。全てお見通しですか」


 余りにも微かなものしか残っていなかったので、彼には解らないだろうと高を括っていた自分の浅はかさにKIDは内心苦笑した。
 仮にも彼は自分を何度も追い詰めた事のある名探偵。
 唯一のライバルである彼に解らない筈なかったというのに、どうやら怪我で思考力までが低下してしまっていたらしい。


「で、何処を撃たれたんだよ?」


 何時まで経っても新一の問いに答えようとしないKIDに焦れたのか、少々苛立った口調でもう一度同じ質問を繰り返される。


「貴方には関係ないんでしょう?」


 が、KIDはあくまでも冷たい目でそう言い放つ。
 彼は探偵で、自分は怪盗。
 何処を怪我したかなんて彼には関係ない。

 そう、『怪盗KID』である時の自分はあくまでも犯罪者でしかないのだから。


「…っ…」


 しかし、KIDがごく当然の言葉を継げた瞬間新一の表情が苦々しげに歪められた。


「…名探偵?」


 そんな彼の表情を今まで見た事のなかったKIDは戸惑い、思わず彼を呼んでしまっていた。


「…怪我人ほっとく訳にはいかねえだろ」


 ごく自然に言われた言葉。
 その言葉事態は決して何の抑揚も含んではいなかったけれど、彼の瞳がまるで傷ついているかのように微かに曇っていて。


「…名…探偵?」


 言われた意味を理解できても、その彼の瞳の意味が理解できずにKIDは彼を再び呼ぶことしか出来なかった。


「…入れよ」
「…え?」
「怪我人を何時までも外に出しとく訳にいかねえだろうが!」

 その代わり怪我の治療したら叩き出すからな!


 そう少し怒り気味に言われて、蹲ったまま座っていた身体を無理矢理引き上げられる。


「ちょっ…名探偵」

 お言葉は嬉しいんですけど、ご自宅に入れて頂けるのですか?
 普段は家の前まで来るのも一苦労だっていうのに…。

「…しょうがねえだろ。今のお前は『怪盗KID』で『怪我人』なんだよ」

 怪我人だから仕方なく、入れてやるんだ。
 解ったらさっさと入れ。


 あくまで『仕方なく』を強調されて言われると同時に、ベランダの窓から家の中に一気に引っ張り込まれた。


「いいか、そこに大人しく座ってろ。今救急箱取ってくるから」


 引っ張り込まれた部屋の中にあったソファーに新一は無理矢理KIDを座らせると、それだけ言って新一は部屋から出て行った。


「…名探偵は相変わらずお優しいですね…」


 あの日の彼もそうだったな…と新一が出て行った部屋の中で快斗は一人つい一週間程前の事を思い出していた。








 つい一週間程前の事、KIDには殺人容疑がかけられていた。

 その疑いを晴らしてくれたのは他でもない『名探偵工藤新一』で。
 自暴自棄になっていた自分を救ってくれたのも彼で。

 そして…見事なまでに自分の心すら奪い去ってくれた。








(情けねえよな…怪盗が探偵に心を盗まれちまうなんて)


 あの日の事を思い出しながらKIDは一人苦笑した。
 盗むのは自分の専売特許だとばかり思っていたのに…。


(まあ、これから盗み返せば良いんだけど)


 このまま盗まれっぱなしでは『怪盗KID』の名が廃るから。


(宣戦布告はしたし〜Vv)


 すっかり思考回路は『黒羽快斗』に戻っている怪盗KIDだったりする。


(後は…押し捲るだけかな♪)

 なんたってお家に入れてもらっちゃったぐらいだし〜vv


 これからどうしようかなんて考えていたところに、新一が救急箱を持って戻ってくる。


「KID…」
「何ですか名探偵?」
「頼むからその恰好でその顔はやめてくれ」


 どうやら、考えていた事の内容が内容だっただけにポーカーフェイスが崩れてしまっていたらしい。


「これはこれは、失礼しました」


 そんな言葉と共にKIDの表情はまた元の怪盗紳士のものへと戻される。


「で、何処撃たれたんだよ」


 微かに薫る硝煙と血の薫り以外に撃たれたことを証明するものが見当たらない。
 そう、怪盗のあの純白の衣装は何処も血で汚れてはいないのだ。
 けれど、青褪めた顔は確実に相当出血したであろう事を物語っていて。

 流石はマジシャン…隠すのはお手のものかと新一は内心で深い溜め息を付いていた。


「クスッ…何処だか解りませんか? 流石の名探偵殿でも」


 そのからかうようなKIDの言葉に、新一は自分の中で何かが切れるのを感じた。


「脱げ…」
「はっ…はい〜?」


 新一の口から発せられるには余りに意外な発言に、KIDのポーカーフェイスは本日二度目の崩壊を迎えた。


「いいから脱げって言ってんだよ!!」
「あの…名探偵。それ…かなりの問題発言だって解ってます?」

 仮にも自分に好意を寄せている人間に向かって脱げって貴方…。
 いや…そういうのに疎いのは重々承知はしていましたけれど…。

「うるせえ!! 脱がなきゃ怪我してんのが何処か解んねえだろ!!」

 それとも俺に脱がせて欲しいかてめえは!!

「………名探偵…」


 いくらなんでも最後のは問題発言過ぎ…。
 そんなこと言うのは俺の前だけにしてよね…ほんとに…。

 思いっきり問題発言をかましまくってくれる名探偵に、KIDはこれ以上からかうのは諦めて素直にその純白のジャケットを脱ぎタイを緩める。
 その流れるように行われる様子をぼおっと眺めていた新一は、KIDがシャツのボタンに手をかけた瞬間顔を真っ赤にして目を背けた。

 それをKIDが見逃してくれるはずもなく…。


「どうしました名探偵? 脱げと言ったのは貴方でしょ?」


 わざと新一の側に行くと、その耳元に唇を寄せ低く甘く囁く。


「う、うるせえ! さ…さっさと脱げよ!」


 顔を真っ赤にしながら、それでも脱げと言う新一の可愛らしさにKIDは小さく口の端を上げるとシャツのボタンを全て外しそれをソファーの上に些か乱暴に放った。


「これで宜しいですか名探偵?」


 上半身に身につけていたものを全て脱ぎさって、KIDは改めて新一の方に向き直る。


「い…いいから早く座れ…」


 顔を真っ赤にして、KIDから視線を少しずらしたままで新一はKIDにソファーに座るように促す。
 それに素直に従い、KIDは洋服を右側に纏めるとソファーの左側へと腰を下ろした。

 KIDが座ったのを横目で確認すると、新一は覚悟を決めたようにKIDの方へと完全に向き直る。

 意外にも着やせするのか、自分とそれほど大差がないと思っていた体格は結構しっかりしていて。
 結構鍛えているのか、綺麗にけれど適度に筋肉がついていて…。


(ばっ…俺何男の身体に見惚れてんだよ……///)


 しばらく、ぼおっとKIDの身体に見惚れてしまった自分を心の中で叱咤しながら、新一はKIDの治療をする為に怪我をしている箇所を探す。

 何箇所か銃弾が掠った後があったが、中でも一番酷いのは左腕だった。
 止血の為に巻かれた元は真っ白だったであろうハンカチが、中から染み出てくる血の為に真っ赤に染め上げられていた。
 その出血量の多さに新一は軽く舌打ちをする。
 手早く真っ赤になってしまったハンカチを取り去り、代わりの包帯ですぐに止血をする。

 そうして手当てを終えると、コップに入った水と二粒のカプセルをKIDに渡した。


「名探偵これは?」
「一つは止血剤。もう一つは体内の血液を作るのを一時的に活発にする薬らしい」

 もっとも、灰原が作ったやつだから詳しいことは知らねえけどな。

「お隣の女史ですか」


 恐らく…いや、間違いなくこの薬は目の前に居る彼のために作られたものなのだろう。
 いつも事件、事件で怪我の絶えない人だから。


「彼女も苦労なさってますね…。」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、何も。ありがたく頂きますよ」


 小さく呟いた言葉は新一の耳に届くことはなく、元より彼にそれを聞かせる気などなかったKIDは素直に薬を口に含む。
 彼のために作られたものならば、自分に完全に効くほどの強さを持ってはいないだろうがそれでも飲まないよりはましだという判断の末だった。


「しばらくそこのソファーで寝たら帰れよ」


 KIDが素直に薬を飲んだのを確認すると、新一はそれだけ言って部屋を出て行こうとする。


「おや、もう看病はしてくださらないのですか? 私のナイチンゲールは」


 が、KIDのその一言は出て行こうとした新一の歩みを止めさせるには充分なものだった。


「…ばっ! 誰がナイチンゲールだ!!」
「おや、違いましたか? 怪我人を放っておけない『シャーロック・ホームズ』というのは聞いた事がないのですが」

 もっとも、私はそこまでシャーロック・ホームズに詳しくはありませんがね。

「うるせえ。とっとと寝て、とっとと帰りやがれ!!」


 KIDの『ナイチンゲール』発言がよほど気に入らなかったのか、新一は顔を真っ赤にして怒ると今度こそそう言って部屋を出て行った。


「おやおや、怒らせてしまいましたか」


 そんな新一の後ろ姿を見送ってKIDはくす、と小さく笑みをもらした。


「私にとっては、『ナイチンゲール』というよりも『Angel』なのかもしれませんね…」


 言われた通り、ソファ―に横になり目を閉じてほんの少しの睡眠をとる事に決める。
 彼と同じ空間にいる事に幸せを感じながら。








「…何時まで寝てる気だこいつ…」


 新一が部屋を出てから3時間ほど経過した、午前4時。
 様子を見に来た新一は幸せそうな顔ですっかり熟睡してしまっているKIDを目の前に溜め息をついていた。


「…しょうがねえな。朝まで寝かしててやるか」


 言葉こそ嫌そうな響きを保ってはいたが、その表情には穏やかな微笑が浮かんでいた。








 それから更に3時間後の午前7時、すっかり眠りこけてしまった事に焦ったKIDが急いで工藤邸を出て行くのがお隣の科学者に目撃されていたとか。














END?


口説いてませんねKID様(爆)←題名に偽りありか?(笑)
そして…リクの「仕方なく」があんまり仕方なくになってないι
むしろ、結構積極的にいれてあげてます?新一さん…。
雪花姉…こんなんでも宜しいでしょうか…(びくびく)

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