「っ…何を…」
「私にそれを聞くのですか?」
貴方にはもう答えは解っているのでしょ?
「…やめっ…あぁっ!!」
その焼け付くような痛みに叫びと共に意識は闇へと落ちて行った
〜消えない傷〜
「あれ、新一今日も見学だったの?」
今日の体育は女子はダンス、男子は水泳。
けれど、体育終了後の教室に居た幼馴染の彼の髪は濡れてはいなかった。
それはつまり見学をしていたと言う事で…。
「ああ。ちょっと調子悪くてな」
「もう、また? 昨日も遅くまで推理小説でも読んでたんでしょ?」
まったく帰ってきても行動はいっしょなんだから。
そんな蘭のお小言に新一はいつもの様に苦笑する。
けれど蘭はその苦笑が戻ってくる前の彼とは明らかに違う事を感じ取っていた。
新一が戻って来たのは一ヶ月程前の事。
何の連絡もなく突然帰ってきて、『これからはここに居られるから』とだけ言われた。
行方不明だった時の事を聞いても上手くはぐらかすばかりで、真実は教えてくれない。
けれど何より、戻ってくる前の彼と明らかに違うところがあった。
彼の『瞳』だ。
昔の彼の瞳は透き通った水面の様な澄んだ色をしていた。
けれど帰ってきた彼の瞳は表面上はそのままだったけれど、その奥に幼馴染の自分でも見つけることのできない色を湛えるようになっていた。
言ってみれば『闇』
どうして彼がそんなものを持ってしまったのか。
自分には決して立ち入る事の出来ない彼が出来てしまった事に愕然とした。
「じゃあな」
「新一、あんまり夜更かししちゃ駄目だよ?」
「ああ、解ってるって」
いつも学校からの帰り道、いつもの様に幼馴染の彼女と別れる。
コナンになる前もコナンから戻った後もそれは変わらない。
彼女は変わっていない。
優しくて、強くて、明るくて…。
けれど自分は変わってしまった。
工藤新一に戻ったあの日から…。
あいつが居なくなったあの日から…。
『工藤君。解毒剤が完成したわ』
灰原と共に組織を潰す事に成功してから二ヶ月。
組織に残っていたMOから薬の成分を知ることの出来た灰原は、それこそ寝る暇も惜しんで解毒剤の作成にあたってくれていた。
けれど、稀な症例である俺達だから解毒剤を作るのにもそれなりの日数はかかってしまったけれど。
『お前は本当に戻らなくていいのか?』
『ええ、あの子達と一緒に生きて行きたいから』
彼らが居なければ今の私はなかったわ。
そう微笑む灰原の笑顔は初めて出会った頃のものとは比べ物にならないぐらい輝いて見えた。
『そうか』
俺もあいつらには色々世話になったよな…。
『けれど、貴方は戻らなくてはならないのでしょ?』
「工藤新一」としてやらなければならない事が。
『ああ。今のこの体じゃ奴を手伝うのは無理だろうからな』
「江戸川コナン」も確かに俺ではあったけれど、子供の体では出来る事は限られてしまうから。
『そう。止めはしないわ』
けれど、何かあったら何時でも呼んで頂戴。
普通の医者には見せられない傷もあるでしょうから。
『ああ、悪いけど頼りにしてるぜ灰原』
彼女を巻き込んでいるという罪悪感はあったけれど、それでも譲れなかった。
あの身を焦がすような想いだけは。
『これはこれは名探偵。よくおいで下さいましたね』
『首尾は上々みたいだな』
『ええ、御陰様で』
いつもの様に表面上だけの作られた会話を進めていく。
相手の腹の探り合い。
けれど、それを崩したのは意外にもあいつからだった。
『いったい何時その姿に戻られたのですか?』
『ほんの数時間前だ』
(お前の犯行日まで待ったんだからな…)
そう、解毒剤を飲んだのはここに来る数時間前。
事前にKIDの予告状を解いて、彼がここに来るのは知っていた。
一番最初にこの姿を見せるのは解毒剤を作ってくれた灰原でも、俺をずっと待っていてくれた幼馴染でもなく、夜をかける純白のこの怪盗だと決めていたから。
『それでは、まだ体が辛いのでは?』
数時間で完全にその体に馴染むほど飲まされた毒は弱くはないのでしょう?
『そんな事ないぜ。すっかり元の体に戻ったよ』
KIDの気遣うような目線から目を逸らさずに新一はきっぱりとそう告げる。
実際は頭痛は酷く、体も軋む様に痛んで立っているのも辛かったのだけれど。
彼には弱みを見せたくないから。
その為にこの体に戻ったのだから。
『そうですか。貴方は元の生活に戻られるのですね』
そう呟いたKIDの顔が一瞬寂しそうに見えたのは、俺の中の想いが見せた幻だったのかもしれない。
『ああ、でも…』
しかし、その先の言葉は新一の口から発せられる事はなかった。
『それならばいっそ攫ってしまいましょうか…』
『…KID?』
そのKIDの意外な発言に新一は彼の名前を呼ぶことしか出来なかった。
『…名探偵』
『…何だよ』
私に攫われて頂けませんか?
そのKIDの言葉に素直に俺が頷いたのを確認したKIDの顔は、驚いたのと同時に何故か酷く辛そうに見えた。
『………ここは…?』
『おや、もう気がつきましたか?』
流石は名探偵、薬にも慣れていらっしゃるのですかね。
そんなKIDの言葉を受けながら、ぼんやりと覚醒し始めた意識の中で新一は今の状況を確認する。
『お前よりは慣れてねえけどな。それより、この状態は何なんだよ!』
状況が把握できた新一はそう叩きつけるように言うとKIDを睨み付けた。
場所は暗くてよくは解らないが、何処かの倉庫の様な場所。
そこに天井から吊るされたロープで手首を固定され、足枷を嵌められた状態の新一とそれを少し離れた椅子に座り悠然と眺めているKID。
『おや、お気に召しませんでしたか? お似合いですよ?』
くすっ、とKIDが小さく微笑んだのが殊更に新一の感情を逆撫でした。
『何だってこんな真似…』
『貴方に消えない傷を作りたいのですよ』
『…消えない傷?』
『そう、何時何処に居ても私を忘れられない様な傷を貴方に付けたいのですよ』
貴方に、と目の前で微笑みながら紡がれた言葉は新一の中では上手く繋がらない。
それよりも目の前に居る人物が自分の知っているKIDとは余りにもかけ離れていて、その事に思考を奪われる。
KIDは自分にこんな真似はしない…KIDは人を傷つけない…KIDはこんな風に笑わない…。
(こんな…こんなKIDは知らない…)
『名探偵』
自分の考えに耽っていた新一の顎をKIDは強く掴むと、無理矢理自分の方へと向けさせる。
『…っ……何だよ』
『何を考えていらっしゃるのですか?』
『何だっていいだろ!』
『良くはありませんね。今は私だけを見ていて頂きたいのですから』
今だけは…。
そう呟くKIDの顔は酷く辛く悲しそうなもので、自分がされている事を除けばいつものKIDの様に見えた。
『今だけって…』
『それは貴方が知らなくても良い事なのですよ』
『KID!』
違う…俺は…。
『名探偵これが何だか解りますか?』
『それは…』
KIDの手に握られていたのは…何の変哲もない焼鏝。
それは徐々に新一の鎖骨に近付いてくる。
『っ…何を…』
『私にそれを聞くのですか?』
貴方にはもう答えは解っているのでしょ?
貴方に消えない傷を付けたいとさっききちんと言ったのですから。
『…やめっ…あぁっ!!』
その焼け付くような痛みに叫びと共に、新一の意識は深く深く闇の中へと落ちて行った。
『ここは…』
目が覚めるとそこは何時もの見慣れた天井で。
自分が自室のベットに寝ていることに気付く。
『……っ…』
起き上がろうとして左の鎖骨の辺りに引き攣れるような痛みを覚えた。
来ていたシャツのボタンを外し、痛む部分を見ればただ一文字『κ』とだけ描かれていた。
『…ったく、あんなもんでよくこんな綺麗に描けるよな』
ある意味器用な奴。
焼鏝なんかでこんなに綺麗に後を残してくれたのだから。
(これがお前の言ってた消えない傷かよ)
その傷を一撫でして、新一はまたシャツのボタンを閉める。
こうしてしまえば完全に傷は隠れる。
『くだらねえな』
こんなもんで俺を縛ろうっていうのか…。
俺の心はとっくにお前のもんだったっていうのに…。
あれからKIDの足取りは杳として知れない。
あくまで表向きは…。
自分には表には出てこない裏の情報網はいくらでもあるから。
彼が何処で何をしているかなんて当然解っていて。
「ったく、勝手に一人で行きやがって」
協力するつもりだった…。
いや、ただ彼に巻き込んでもらいたかっただけなのかもしれない。
お前にも頼れる人間が、羽を休める場所があるのだと教えてやりたかったのに…。
「帰ってくるんだろ?KID…」
お前が居ないと何もかもがつまらないんだ。
世界が色褪せて見えて、このまま堕ちて行きたくなる。
どこまでも暗く深く。
(けれどお前が帰ってくるなら…)
待っててやるよ。
お前がその真っ白な羽を捨てて俺のところへやってくるのを。
「その時は俺がお前に『消えない傷』を付けてやる。」
遠い異国の地に居る想い人への呟きは、誰にも聞こえることなくただ青い空へと吸い込まれて行った。
END.
「鬼畜KID様が書きたい病(謎)」にかかり出来てしまった謎のブツ
でも鬼畜なんだかそうじゃないんだか…所詮僕が書くのなんかこんなもんです…(爆死)
久しぶりに新一君が男前(?)だし。
back