ある日の日曜の昼下がり。
工藤邸のリビングではいつもの光景が繰り広げられていた。
〜勘違い〜
「新一〜」
「………」
「新一ってば〜!」
「…………」
(すっかり本の住人になってるし…)
今日も今日とて、いつもの様に推理小説に夢中の探偵君に快斗は思いっきり肩を落とす。
何時もならここで引き下がり、横で手品の練習でもするのだが…今日の快斗は一味違った(笑)
「新一〜♪ 暗号欲しい〜??♪」
「…暗号…」
快斗の言葉に新一はぴくっと反応する。
(ふふふ…今日の快斗君はいつもと違うんだな〜♪)
そんな新一の様子に快斗は悪戯っ子の様な笑みを浮かべる。
昨日発売の新刊に打ち勝つ為、御自慢のIQ400の頭脳を使って捻りに捻った暗号を新一が本を買ってくる間に作っていたのだった。
(今回のは会心の出来なんだよね♪ これで推理小説には勝った!!)
あくまで推理小説に勝っているのは快斗ではなく暗号なのだが、それはこの際置いておく事にしよう。
「そう、新一の好きな暗号だよ♪ いる??」
「いる」
新一さん…即答ですか。
流石は名探偵、暗号の作り手として名高い(?)怪盗KIDが作った暗号には目が無いらしい(爆)
「んじゃ、一緒に買い物行こう♪」
「………快斗の意地悪」
快斗の出した交換条件が気に入らなかったのか、新一は本から快斗に視線を移し盛大にむくれる。
(か、可愛い………Vv)
その可愛さに快斗は思わずくらっとしていた快斗に新一はさらに追い討ちをかける。
「…暗号欲しい」
新一に上目使いでそう言われてしまえば快斗が逆らえる筈も無く…。
「…ドウゾ…」
あっさり交換条件を投げ捨てて思わず暗号を記したカードを渡してしまった。
(ちょろいな…)
し、新一さん…?
そんな新一の思いも知らず、快斗の頬は緩っぱなしになっている。
(この調子で行けば当分暗号には困らないな)
流石は東の名探偵、怪盗KIDすら手の上で転がす男である(笑)
「……って、あ〜〜〜!!!」
すっかり新一のお強請にやられ、夢の世界に旅立っていた快斗がようやく我に返り叫び声を上げる。
「なんだようっせーな」
「新一…卑怯…」
「引っかかるお前が悪い」
涙目で訴えればいつもの様に素っ気無い態度を返される。
しかし、それも後の祭。
力作の暗号はもう既に名探偵の手の中にあるのだから。
「新ちゃんの馬鹿〜!」
「母さんの真似しても無駄だぞ」
「…新ちゃんの馬鹿………推理オタク…」
「ほぅ…そんなにアレを食わされたいのか?」
アレとはつまり快斗の大嫌いなアレである。
「やだ! 絶対やだ!!!」
涙目になりながら必死に訴える快斗に新一は最後の選択をさせる。
「食いたくなかったら大人しくしてろ」
「……はい」
すっかり大人しくなった快斗に新一は満足すると、再び本の世界へと旅立って行った。
「ふぅ…。あれ? 快斗?」
すっかり本の住人になっていた新一が手にしていた新刊を机の上に置いて部屋を見渡すと、さっきまで部屋に居た筈の快斗の姿が見当たらない。
ちなみに新一的にはさっきまでだが快斗を抛っぽり出してからゆうに二時間は経過しているのだが。
「…なんだよ、いねえのかよ」
自分から放り出したくせに居なければ居ないで機嫌が悪い。
さすがは女王様!(違)
そのまま腐っていても仕方ないので取りあえず読み終わった新刊を片しに書斎へ向かう。
その途中、廊下で足に何かがぶつかった。
「ん? ………缶ビール??」
書斎へ向かう途中にある階段の一番下の部分に落ちている一本の缶ビールの空缶。
どうやら上から落ちてきたらしく所々へこんだ所がある。
(何で缶ビール…って犯人はあいつしか居ないか…)
この家には現在二人しか住んでいない。
自分でなければ同居人の物でしかない。
「ったく、一人で酒盛りなんかしてんじゃねえよ」
新一は盛大に舌打ちすると、空缶を持って書斎ではなく二階の今は快斗の私室になっている客間に向かった。
――――コンコン!
「おい! 快斗!」
客間のドアを叩いてはみたが中からは何の反応も無い。
「ったく、酔いつぶれてんのかよ…」
何の反応も無いので、ドアを開けようとしたが中からは鍵がかかっていて開かない。
(ムカツク…一人で飲むなんて…)
いくら自分が構ってやらなかったからって…。
――――――ガンガンガンガン!!!
反応のない扉に向かって八つ当たりをする。
それでも何の反応も無くて、苛立った新一の行動はエスカレートする。
――――――――――――ガンガンガンガンガンガン!!!!
(っ…快斗の馬鹿……)
何時の間にか何故か目からは堪え切れない涙が零れていた。
(ほっといたからって一人で飲む事ないじゃないか…)
半ば自暴自棄気味になりながら新一は八つ当たりの様にドアを叩き続けていた。
そんな風に暫くドアを叩きつづけていると、突然叩きつけていた手が暖かい物に包まれた。
「新一! 何してんだよ!!」
「…かいと…?」
ぼやけた視界に求めていた人物を見つけ、新一はその場にずるずると座り込んでしまった。
「新一!? 大丈夫…?」
突然座りこんでしまった新一の様子を心配して快斗は新一の顔を覗き込んでくる。
「何でお前ここに居んの?」
「何でここに居るのって…とにかく話しは後。今は新一の治療が先!」
「治療って…」
何やら思いっきり怒っているらしい快斗に諭されるままに右手を見てみれば、かすかに血が滲んでいるのが確認できた。
(あ…さっき叩きまくってたからか…)
気付かなかったぐらいだからたいした痛みも無かったのだが、快斗の方はそれでは済まなかったらしい。
「もう…どうしてこういう事するかな…」
もっと自分労ってよ…、と今にも泣きそうな声で言われ新一はバツの悪さにそっぽを向く。
「別にいいだろ。お前には関係ないし」
「………新一、それ本気で言ってるなら怒るよ」
どうやら最後の一言が余計だったらしく火に油を注いでしまったらしい。
快斗の怒りのオーラーが濃くなったのを感じた新一は少しだけ身じろぎした。
「だ、だってお前には関係ないだろ! これは俺が勝手にやったんだし」
「…じゃあ、新一は俺が怪我しても何とも思わない?」
「………そんな事ない…」
「それと一緒だよ。新一が怪我すると俺も痛いの」
ここがね、っと言って快斗は新一の手を取り自分の左胸に押し当てた。
「だからあんまり心配させないで?」
優しくそう言って快斗は新一をそっと抱きしめる。
その背中に新一も腕を回し快斗をそっと抱きしめ返した。
「じゃあ、俺が一人で酒盛りしてると思った訳?」
消毒をし、綺麗に包帯を巻いて行く手をみながらこんな動作も綺麗だよなと新一は見惚れる。
「だって普通そう思うだろ」
階段の下に空缶なんか転がってたら。
「何でそこでそう思うかな…」
チョキン、と包帯を切り快斗は思いっきり肩を落とす。
「日ごろの行いが悪いからだ!」
「新一に言われたくない…」
『犯人はお前だ』と言う様に、びしっ!と指差してくる新一に快斗は今度こそ思いっきり脱力した。
「俺はただ、こないだ一緒に飲んだ時の缶捨てに行っただけなのに…」
そりゃどうやら一つは落としちゃったみたいだけど。
だって中綺麗だったでしょ?
ちゃんと洗ったんだから。
「んなもん気付かねえよ…」
「名探偵もまだまだだね♪」
爽やかに微笑まれて新一はむっと眉を寄せる。
「大体、お前が悪いんだからな!」
「何で?」
「俺に何も言わずに行くからだ!」
「言いましたけど…?」
「え……?」
「『缶、捨てに行ってくるね』って言って出ましたけど…?」
やっぱり聞いてなかったな、なんて一人で呟く快斗に新一の顔は恥ずかしさで見る間に赤くなる。
「…だって…本に集中してたし…それに…」
「はいはい。新一君は本に夢中でしたからね〜♪」
まるで子供をあやすかの様な言い方に新一は俯いてしまう。
そんな新一の様子に少し虐め過ぎたかな、と快斗は新一の顔を覗きこむ。
「バ快斗…」
覗きこんだ新一の瞳は少し潤んでいて、けれど自分を睨み付けてくるのに快斗は苦笑する。
「ごめんね。心配かけて」
俺が拗ねて一人で飲んで、酔い潰れてると思ったんでしょ?
「心配なんかしてない」
「うん、ごめんね」
すっかり拗ねてしまった新一を腕の中に閉じ込めて快斗は新一の髪をそっと梳いてやる。
それが気に入ったのか新一は大人しく快斗に寄り掛かってきた。
「悪かったよ…」
「ん?」
「俺も心配かけて…」
素直に快斗に体重を預け、小さいながらも素直にそう呟いてくれる新一に快斗は微笑ましさを感じた。
(ほんと新一って可愛いよね)
意地っ張りで、強情で、プライドが高くて…でも、それは彼の精一杯の照れ隠しだから。
たまにこうやって素直に言ってくれるのが嬉しくてしょうがない。
それを聞くのを許されているのは自分だけだから。
「ううん、いいよ。でも自分の事は労わってね?」
ただでさえ事件体質なんだから、それ以外で怪我なんかしないで。
「…努力はしてやるよ」
快斗の腕の中で、一生懸命顔を隠しながらそう呟く新一の耳が赤くなっているのを快斗が見逃すはずもなく。
けれど折角素直になってくれた新一のご機嫌を損ねたくないからそれには敢えてふれないでおく。
「じゃあ、そんな素直な新一の為に今日の夕食は新一の好きな物にしようね♪」
「魚だな」
きっぱりとそう告げる新一に快斗の顔は見る見るうちに青くなっていく。
「し、しんいち〜」
「冗談だよ。お前の作るものならなんでもいい」
泣きそうになりながら言った本人に助けを求めてくる辺り相当余裕がないらしい。
ここで余り虐めると後で自分に返ってくるのは解りきっているのでこの辺にしておこう。
「それって快斗君の作るものなら何でも好きな物ってことかな?」
さっきまでの青褪めた顔はどこへやら、すっかり調子を取り戻したらしい快斗に新一は思わず笑ってしまう。
「そうかもな。お前が作った物なら何でも美味いと思っちまうんだから」
俺も重症かもな、と付け加えれば見る見るうちにすっかり赤くなった快斗の顔があって。
それに気分を良くした新一はオマケとばかりに頬にキスをくれてやった。
「し、新一!?」
すっかりポーカーフェイスを崩してしまった快斗に満足そうに微笑むと、新一は何時の間にか手にしていた本に視線を戻す。
「さっさと作れよ。その為のご褒美の前払いなんだからな」
「…はい。しっかり作らせて頂きます」
いそいそと、頬を嬉しそうに押さえたままキッチンに向かう快斗を横目で見ながら新一は今更ながらに顔を赤らめていた。
(俺は高いんだからな。満足させるもの作らなかったら家から蹴り出してやる)
そんな事にならないのは解りきっているのだけれど。
結局なんだかんだ言って自分も快斗には甘いし、快斗も自分には甘いから。
夕食を懸命に作っている快斗の様子に目を細めると、新一は再び本に視線を戻したのだった。
END.
砂吐き〜(爆)←第一声がそれって何!!
「甘い快新が書きたい!!」の叫びより書かれた物体…。
何だか新一さんが新一さんでなくなってる…(爆死)
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