この花の香りが消える頃

代わりの花と共に

貴方の元へと参ります






 今回も突然家に届いた真っ赤な薔薇の花束とそれについていたカード。
 差出人の名前すら無かったけれど、こんな事をする奴なんて他には思い付かなかった。








〜ほんのちょっぴりの悪戯(今度こそは!編)〜








「頑張るわね…」


 花束を抱えてリビングに戻ってきた新一に、送り主が解りきってしまっている哀は嫌そうにそれだけ告げた。


「いいかげん諦めろって言ってやりたいよな…」

 今回もまたご丁寧に17本だし…。


 受け取り人の新一も嫌そうに呟く。
 そんな新一の様子に、哀はほんの1ミクロン程度だったが怪盗に哀れさを感じた。
 しかし、それも所詮1ミクロン。

 次の瞬間には興味対象は別に移っていた(爆)


「で、今日のカードには何て?」


 どうせまた少し変えただけなんでしょから。

 薔薇の贈り方も過去二回とも同じ。
 本数も過去二回と同じ。

 違うのはカードのほんの少しの文面の変化だけで…。


「…今度は香りできやがった…」
「なるほどね…」


 まったくよくやるよな、という呆れた呟きと共に渡されたカードを見て哀はその文面に苦笑する。


(怪盗さん苦肉の策ってとこかしら)


『枯れる頃』『色褪せる頃』そして今回は…『香りが消える頃』


(いったい何時までこのパターンで送ってこれるかしら)


 きっともうネタ切れでしょね。
 香りなんて個人差が出る曖昧なものに頼ってきたぐらいですもの。
 そろそろ可哀想かしら。


「工藤君…」
「ん?」
「次は何にするのかしら?」


 彼が出す答えは解りきっているから敢えて確認してみる。
 きっとまた面白い事が出来るから。


「前回考えたのは俺だろ。だったら今回はお前の番じゃねえか」


 当然の事の様に言ってくる新一に哀は口元が自然と上がるのを感じていた。

 やっぱり、私に譲ってくれるのね。


(だったらとっておきの物を使おうかしら…)


 哀の頭の中では既に5日後の夜の計画が思い描かれていた。




















(そろそろですかね…)


 薔薇の花束を届けてから5日、もし仮に名探偵がしっかりと世話をしてくれていたとしてもそろそろ香りも薄れ始める…。


(はあ…何だって俺こんなに振られてるんだろ…)


 平成のアルセーヌ・ルパンとまで言われた怪盗KID様が…。

 4週間前にも2週間前にも同じ事をして、同じ様に当たりをつけて工藤邸に降り立った事を思い出してKIDは心の中で深く溜め息をついた。 けれど、自分がしている行動は今回も同じで…。


「もう俺今回振られたら立ち直れないかも…」


 なんて呟きながら工藤邸のベランダにいつもの様に降り立とうとしたその時、


(め、名探偵!?)


 ベランダから見えたシルエットは紛れもなく想い続けた彼のものだった。
 KIDは高鳴る鼓動を押さえながら、必至にポーカーフェイスを準備してベランダへと降り立つ。

 やはり目の前にいるのは愛しい名探偵。
 ただし、こちらに背を向けた状態だが。

 けれど彼に会えただけでも奇跡に近いようなもの。
 文句は言っていられない。


「やっとお会いできましたね。麗しの名探偵」


 精一杯のポーカーフェイスと、怪盗としての優雅な礼と共に本音を織り交ぜて紡ぎ出す。


『誰が麗しだ、誰が』
「貴方以外の誰がいらっしゃるというのです?」


 つれない態度も、声も、姿も、ずっとずっと恋焦がれていた彼のもので。
 言葉を交わせただけで夢見心地になる。


『どうでもいいけど、お前よく3回も飽きずに来たな』
「愛しの名探偵の為ですから」

(流石に今回振られたら立ち直る自信はなかったですけど…)


 心の中でそう思いつつも、外見上はいつもの様に振舞う。


『ほぅ…で、お前はまだ見破れない訳か…』

 愛しの何て言いつつ、お前は俺が解らないんだな。


 素っ気無く言われたその言葉にKIDは当然の疑問を感じた。


「見破れない…?」


 彼は何を言いたいのか。


『そんなんじゃまだまだ会ってはやれないな』
「め、名探偵。それはどういう意味…」
『確認してみたらどうだ?本当に俺が俺であるのかを』
「………」

(確認するって…)


 そんな挑発の台詞に、躊躇いがちにKIDは新一の腕に手を伸ばす。


「えっ!?」


 彼の腕は確かに柔らかさは人間のそれと同じ様に感じたけれど、温度というものがまるで感じられなかった。


「名探偵!?」


 それに慌てたKIDは先ほどの躊躇いなど何処吹く風で、新一の体を反転させるとそっとその顔を覗きこむ。


「……名探偵…」


 腕の中に居たのは麗しの名探偵に良く似てはいたが、本物の彼ではなく…。


『どうだ? 上手く出来てるだろ?』

名付けて『平成のシャーロック・ホームズ工藤新一君等身大抱き枕3号』だ!


 口元につけられているスピーカーから紡がれた名前に、KIDは思わずがっくりと肩を落としてしまった。


『ちなみにホームズも自分が部屋にいるように見せかけるために、人形を窓辺に置いた事があるんだぞ!』

(工藤新一君抱き枕3号って…。)

 1号と2号は一体何処に行ったんだろう?


 などと、新一のホームズ豆知識を聞きながらちょっとずれた事を考えつつもKIDは腕の中にある『新一君抱き枕3号(名前が長いのでちょっと省略)』を観察してみる。

 材質は何で出来ているのかは解らないが抱き枕というだけあって、肌触りが良く、抱き心地も凄く良い。
 本物の名探偵には遠く及ばないが、それでも顔は良く似せて作ってあった。


「………これもらっても…」
『却下』

 てめえなんかに持ってかれたら何されるかわかんねえだろ。


 心なしか『新一君抱き枕3号』の顔まで不機嫌に見えたのは新一の声が絶対零度の冷たさをもっていたからだろう。


「酷いですね。丁重にお持て成ししようかと思ったんですが…」


 そんな新一の言葉にもめげず、非常に残念そうに呟くKIDに新一は鳥肌が立つのを感じていた。


(そのお持て成しが怖いんだよ…)


 なんだか寒気までしてきたのは気のせいだろうか…。
 ここはさっさと用件を済ませて早く、シャワーでも浴びて寝たほうが賢明かもしれない。


『KID右のポケットに入ってるメモを見てみろ』


どうやらさっさと用件を済ますことにした新一はすぐにKIDに次の指示を与える。


「右のポケットですか?」


 ごそごそと『新一君抱き枕3号』のポケットを漁る怪盗KID。
 はっきり言って非常に怪しいが、本人達はいたって真面目なので放っておくことにしよう。


「………確かにそれはさっきから感じてましたよ…」


 メモを取り出してKIDは今回で三回目の挫折感を味わう。



《香りは残しといたぞ。》



(ええ…ええ……確かに『新一君抱き枕3号』から良い香りはしてますけど…)


 どうやら今回は香水にしていただいたようだ。


(毎回毎回、結構手の込んだことしてますよね…)


 今まで名探偵に会えない寂しさで深くは考えていなかったのだが、改めて考えれば結構手間暇かけて頂いている訳で…。


「名探偵。ここまでして私に……ん?」


 会いたくないのか、と続けようとした時『新一君抱き枕3号』の右ポケットからもう一枚メモのような物が出ているのが目に入った。
 ごそごそと先ほどと同じ様にポケットを漁るともう一枚メモが入っていた。



《次は暗号にでもしたら? きっと機嫌良く会ってくれるんじゃないかしら》



(お隣の女史ですか…)


 書かれた内容と文字の丁寧さから、お隣の名探偵が懇意にしている女史が書いたものだと直ぐに見当がついた。
 もっとも、昔名探偵のふりをする為に周辺を調べた時に知った情報があったからだが。


(成る程。彼女が絡んでいるせいでここまで手間暇かかっていると言う訳ですか…)


『…KID? 何かあったのか?』


 先ほど何か言いかけて言葉を切ったKIDに、スピーカーから新一の疑問の声が流れた。
 この分だとどうやら彼女が入れたこのメモの存在を彼は知らないのだろう。


(お礼をしなければなりませんね…)


 次回はお隣にも花を贈ろうとKIDは頭の中で思い描いていた。


『KID?』
「失礼しました、何でもありませんよ」


 新一の問いかけに、本当に何もなかったように装い返答をする。
 どうやら、悟られなかったようで直ぐに次の指示を出される。


『ついでに左のポケットも見てみろよ』
「左ですか?」


 ごそごそ、と今度は左ポケットを漁る。



「げっ……」



 その中から出てきた物体に、それまで保っていたポーカーフェイスが音を立てて崩れた。


『どうだ? 面白いだろ?』
「名探偵…ご覧になっていたんですか…?」

 こんな物まで…。


 左ポケットから出てきたのは、確か1回目にここを訪れた時の写真。
 しかも、自分がおもいっきり情けない顔をしている姿だった。


『当たり前だろ。そんな面白いもの見逃してたまるか』
「面白いって…」
『ちなみにビデオもあるからな♪』
「そんな物まで…」


 楽しげに発せられる新一の言葉にKIDは一気に疲労感が増すのを感じた。


『ちなみに写真のネガもビデオも俺が持ってるから』
「それをどうなさるおつもりで?」


 怪盗KIDの写真とビデオ。
 しかもこれははっきり顔を確認できるものだ。

 普通の人間ならこれをどうするか…それは解り過ぎる程解っているから。

 この名探偵はそんな事をしないと解っているけれどそれでも聞かずにはいられなかった。


『ん?そうだなあ…。売るか?』
「…いえ、あの聞かれても…」


 疑問系で返された答えに、KIDもしどろもどろになりながら答える。


『じゃあ、暗号一枚で手を打とう』
「…はい?」
『次は暗号にしろっつってんだよ』
「………わかりました」


 流石東の名探偵、買収にも暗号が必要らしい(爆)


『手抜いたらこの写真ばら撒くからな?』
「……はい」


 彼なら本当にやりかねないかもしれない…。
 ここはお気に召す暗号を作っておくにこした事はないだろう…。


『解ったらさっさと帰りやがれ』
「名探偵…それはあんまりじゃ…;」
『週刊誌にでも売られたいか?』
「いえ…解りました。今日のところはこれで御暇します」


 これ以上居れば脅しですまない事を重々承知しているKIDは渋々ハングライダーを開いた。


「それでは名探偵、おやすみなさい。良い夢を。」


 最後にそれだけ言い残すと、KIDは夜の空へと羽ばたいて行った。










「何が『良い夢を』だよ。相変わらず気障な奴…」
「それに、相変わらず鈍感なのね…」

 折角会いたい人がこんなに近くに居るっていうのに気付かないのだから…。


 そう嫌味を言いながら、新一と志保は潜んでいたベランダの隅の植物の陰から這い出した。(またかよ!)


「で、そっちはどうだ?」
「ええ、バッチリよ」


 そう呟く志保の手には何故かカメラ付き携帯電話が握られていた。


「それにしても、それって盗撮予防用に音なるようになってなかったか?」
「あんなのすぐに外せるに決まってるでしょ」


 流石は宮野志保。
 立派なマッドサイエンティストなだけはある(爆)


「でも、なんで今回は携帯電話なんだ?」

 退化してねえか?
 画像もデジカメのが綺麗だろうし。

「工藤君もまだまだね。これがただの携帯電話だと思ってるの?」
「違うのか?」
「まったく…これを見て頂戴」


 言われるままに志保の持っている携帯に注目する。
 そして、志保があるボタンを押した瞬間…。


 ――――ぴゅー!


 軽快に携帯電話から飛び出る水。
 これはもしかして…もしかしなくても…。


「…宮野…これって…」
「水鉄砲よ」

 そんなきっぱり言われても…。


 志保に真顔できっぱりとそんな事を告げられ、新一はおもいっきり肩を落とした。


「なんでそんなもん…」
「博士があの子達の為に作ったのよ」


 あの子達、つまり少年探偵団の為の発明品だったらしい。


「本当はあの気障な怪盗さんがこっちに気付いたら使うつもりだったんだけど…」

 気付かないから使えなかったじゃない。


 不機嫌そうに言う志保に、新一は溜め息をついた。


(世界広しといえども、怪盗KIDに水鉄砲をくらわそうとするのは宮野ぐらいだろうな…)


「工藤君、何か言いたそうな顔ね」


 図星を指されて新一はおもいっきり首を横に振った。
 素直にそんな事を言ったら次の研究の実験台にされかねない…。


「い、いや何でもないって。それより次は何にするんだ?」


 こういう時はさっさと話題転換をしてしまうに限る。


「それは怪盗さんの出方次第でしょうね。」


(それに次回は貴方の好きな暗号なのよ?私が協力するのも今回が最後でしょうね)


 心の中でくすっ、と志保は小さく笑った。
 自分があんなメモを入れなくても結局暗号にする事になったのだから。


「次は暗号なんでしょ? 楽しめるんじゃない?」
「そうだな。あいつの暗号結構面白いし」
「良い出来だったら会ってあげるつもりなんでしょ?」


 すっかり何もかもお見通しな志保に新一は苦笑する。


「ああ、まあ俺が納得行く出来だったらな」


 新一の呟きに志保も苦笑しながら、次の彼らの逢瀬を脳裏に思い描くのだった。










END?


あは〜んVvダミー新一君♪てか、解説してる時の新一君壊れてます(爆)
ちなみに…実はKID様持ちかえってます(オイ)←そんな裏設定いらないって。
そして丁重にお持て成しされる『平成のシャーロック・ホームズ工藤新一君等身大抱き枕3号』…長っ…。
ちなみに1号、2号が気になる方はメールでもしてやって下さい☆←たいした理由はありません(爆)



こんどこそは!編《オマケ》


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