貴方が追いかけている私は
『私』であって『私』ではないのです
それは良い事なのか
それとも悪い事なのか
唯言えるのは――私は本物ではないという事
Imitation
「二日連続で仕事とはご苦労なこったな」
「貴方の方こそ二日連続で警備のお手伝いとはご苦労様です」
深夜の密会。
それは誰も知る事のない二人だけの秘密。
「それはそうと、今夜もまたハズレか?」
「ええ、残念ながら」
どうやら新一は先程KIDが月に今夜の獲物を翳していたのを見ていたらしい。
けれどKIDにはそちらの方が都合が良かった。
「ご返却願えますか?」
「…嫌だっつても返すんだろうが」
前みたいに何時の間にかポケットに入ってました、ってのはもう御免だ。
ぶすっとして、つい一週間前のKIDの悪戯を語る新一は何時もの『名探偵』としての新一ではなく唯の『高校生』そのもの。
そんな表情を見られるのはほんの一握りの人間のみ。
何時もは煩わしい世間を上手く渡って行く為に分厚い猫を被っているから。
「その方が楽しいかと思いまして」
「…楽しいのはてめえだけだ」
くすくすと声をたてて笑うKIDを新一は睨むが、それは更にKIDの目を細めさせる効果しかない。
「睨んだのに笑うな」
「すみません。余りにも可愛らしかったものですから」
相変わらず笑ったままのKIDに一つ溜め息を吐いて、新一は掌を上に向けた右手をKIDに向けて差し出す。
「返せよ」
「ご迷惑お掛けします」
掌に乗せられたのは見事なペアシェイプ・ブリリアントカットを施された赤い石。
今夜のKIDの獲物であった『tear of blood』
ビックジュエルと呼ばれるだけあって、結構な大きさのそれを受け取って新一はKIDと同じ様に月に翳す。
広がるのは唯の赤。
目指す紅は見付からない。
それを確認して、用済みになった石ををクルクルと手の中で弄び悪態付く。
「何でこんなもんが何十億もするんだか」
まあ綺麗なのは認めるが元を辿れば唯の石だろ?
「…そんな身も蓋もないことを」
苦笑するKIDに、そう思ったのだから仕方ないとポケットに石を無造作に突っ込みながら新一も笑う。
そしてそれに対するKIDの答えは「貴方らしいですね」だった。
「大体偽物飾ってたって解んねえなら意味ねえじゃねえか」
まあ、お前が置いてった偽物が良く出来てたせいもあるがな。
「……でも本物の輝きには敵いませんよ」
何処か遠い目をしてそう語るKIDの横顔が何処か寂しそうで。
気付けば新一はKIDの腕をぐっと掴んでいた。
そうしなければその存在が消えてしまいそうに儚かったから。
「名探偵…?」
新一の顔とその掴まれた腕を交互に見詰めて、KIDは躊躇いがちに新一を呼ぶ。
「言いたいことがあるなら…」
「?」
「言いたい事があるならはっきり言え!」
声を少しだけ荒げた新一にKIDは目を丸くする。
この人がこんな風に感情を露わにするのを珍しく見たから。
「別に私は何も…」
「だったらさっきのあの目は何なんだよ」
どこか遠い目をして、此処ではない何処かを見詰めていたKID。
それが心配で堪らない新一。
あんな表情をされたら、普段なら敢えて聞く事をしない本音を聞きたいと思うのは当然の事。
「…名探偵」
「何だ?」
「……私は何者なんでしょうね」
「…え?」
けれど少しの間の後に言われた言葉は新一の予想を遥かに超えていたもの。
「何者って…お前は『怪盗KID』だろ?」
もちろん素の時のお前は別なんだろうけど。
当然のように返された答えにKIDは緩く首を振る。
「いいえ。私は私であって私ではないのです」
「…どういう意味だ?」
「貴方ならお気づきでしょう?私が昔世間を騒がせた怪盗KIDではないことに」
「それは…」
それは逢った当初から新一が見抜いていた事。
それ以上言葉を続けられなくなった新一を肯定として受け取ったのかKIDはそのまま続ける。
「ですから私は私であって私ではないのです」
それは『怪盗KID』であって『怪盗KID』ではないという本人からの告白。
けれど…、
「だったら…だったらお前は何だって言うんだよ」
新一はそう言わずにはいられない。
今自分の目の前に居るのは紛れもなく『怪盗KID』
嫌味な程頭が切れて、気障な言い回しが妙にピッタリな夜を翔る白い芸術家。
その彼が『怪盗KID』ではないと言うなら…。
「――私は偽者なんですよ」
良く出来たイミテーション。
それだけのものなんです。
どんなに足掻いたところで本物の輝きには到底敵わない。
「偽物って…」
「精巧に出来たイミテーションでも偽者には変わりないでしょ?」
あくまでもそれらしく見える…それだけですよ。
はっきりとそう言い放ったKIDの瞳には言い様のない寂しさが漂っていて。
KIDの腕を掴んでいる手に自然に力が籠もる。
けれどそんな新一にKIDはくすっと小さく笑う。
「どうして貴方がそんな顔をなさるのです?」
良かったじゃないですか。貴方の大好きな真実が一つ解って。
「っ…!!」
自嘲とも嫌味ともつかないその言葉に新一はぎりっと奥歯を噛み締めた。
そんな新一を見詰めつつ、KIDは掴まれている腕を外すべく新一の手へ自分の手をかける。
「もういいでしょう?貴方の聞きたい質問には答えましたよ?」
宝石も返却しましたし、これ以上私がここに居る必要は無い筈ですが?
「……だったら何でんな目してんだよ」
ポーカーフェイスとモノクルの奥に隠されたKIDの瞳が再び曇る。
その曇りを新一を見逃す筈がない。
だから口から出たのは彼の曇りを晴らす為の言葉。
「…お前は嫌味なぐらい気障で、頭が切れて、俺にとっての一番の好敵手の『怪盗KID』だ」
「名探偵…」
「俺にとっての『怪盗KID』はお前だけだ」
真っ直ぐKIDを見詰めて、自分でも解るくらい早口になってしまったけれどどうにか全てを告げる。
自分にとっては彼は偽物ではなく本物なのだと。
何時だって一人で孤高に戦い続ける月下の魔術師なのだと。
「…貴方には何時も救って頂いてばかりですね」
降参とばかりに苦笑したKIDの瞳には先程の曇りは見られなくて。
新一は内心で安堵した。
だから少しぐらい虐めてやってもいいだろうと、
「まだまだ修行が足りねえな。怪盗KIDさんよぉ?」
なんて言って不敵に笑ってやる。
「本当にまだまだですね。私は」
「解ってんならんなつまんねえ事気にしなくて済むぐらいになれ」
「え…?」
何のことだか解らないと不思議そうにこちらを見詰めてくるKIDに新一は口の端を上げ、探偵としては些か不謹慎な言葉を発した。
「やるからには超えろっつってんだよ」
それだけ言えば充分だろうと相手を見れば、どうやら納得したらしくその顔には複雑そうな表情が浮かんでいた。
「名探偵。その発言は探偵としては如何な物かと…」
「いいんだよ。誰も聞いちゃいねえし、お前は誰かに言える立場じゃねえしな」
「それもそうですね」
くすりとお互いに共犯者の笑みを浮かべ、そして新一はKIDから漸く手を離した。
「それにお前は俺が捕まえるから問題ねえよ」
ま、探し物が見付かるのが先だろうけどな。
「名探偵それは…」
「それ以上は言うな」
KIDが言葉を発する前に新一はそれを打ち消す。
それはお互いに言ってはならない暗黙のルール。
「せいぜいそれまで逃げ切るんだな」
言っとくが俺はこれからも手を抜く気はねえぞ?
「……肝に銘じておきますよ」
一瞬にして探偵の顔へと変貌した新一にKIDもまた常のポーカーフェイスを貼り付ける。
それはこの密会の終わりを告げるもの。
「…気をつけろとは言ってやらない」
俺は今それを言える立場にはない。
「…私も言えませんからね」
私も今はその立場にはありませんから。
そう言ってお互いに背を向ける。
今はまだお互いに言うことは出来ない言葉を抱えたまま。
「………死ぬなよ」
「貴方も」
それが最後の言葉。
そしてお互いに一歩ずつ遠ざかる。
決して振り向く事はせずに一歩一歩離れていく。
それはこれからも『探偵』と『怪盗』という好敵手であり続ける為に。
お互いを認め続ける為に。
――俺にとっての怪盗KIDはお前だけ。
――私にとっての名探偵は貴方だけ。
それはある意味では一番立場の良く似た、ある意味では一番立場の違う二人だけの関係。
END.
………最後の最後で題名の意味は何処行った、って感じの終わり方ι
行き当たりばったり過ぎ(爆)
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