解っていた
解っていたつもりだった
こんな状態では誰も幸せになれないと
理想論と現実の果てに
「なあ、黒羽って浮気とかしねえの?」
クラスメイトの軽いそんな一言。
その一言に動揺したと言えば動揺したのだろう。
でもそんな動揺を表に出す程馬鹿ではない。
「別に。俺は一筋だし」
「まあ、お前らは昔から仲良いもんな」
「てか、黒羽のとこは浮気なんかできないって」
クラスメイトが口にするそんな話を苦笑しながら聞く。
確かにあいつに浮気がばれたらきっと――。
「でも、お前らのとこはホント仲良いもんな」
ああ、他人は本当に鈍感なのだと思った。
「なあ、工藤って浮気とかしねえの?」
クラスメイトの軽いそんな一言。
その一言に動揺したと言えば動揺したのだろう。
でもそんな動揺を表に出す程馬鹿ではない。
「別に」
「する訳ねえじゃん。昔からの仲で、しかもあんな美人だぜ?」
「まあ、浮気なんかしようもんなら……マジで恐いよな」
クラスメイトが口にするそんな話を苦笑しながら聞く。
確かにあいつに浮気がばれたらきっと――。
「でも、お前らのとこはホント仲良いもんな」
ああ、他人は本当に鈍感なのだと思った。
「しーんいち?」
いつの間に入り込んでいたのか気付けば奴は耳元で人の名前を読んでいた。
「ったく…お前いつの間に入りこんだんだよ」
「酷いなぁ…。恋人に向かってその口の利き方はないんじゃない?」
「誰が恋人だよ」
いつもは笑って流せるのに。
今日は何故かそれが出来なかった。
「どうしたの? そんなにむきになっちゃって」
「別に何でもねえよ…」
まともに奴の顔を見る事が出来なくて。
手元の本に集中しようとする。
が―――。
「どうしてこっち見てくれないの?」
その本を取り上げられ、顎を持ち上げられ無理矢理目線を合わせさせられた。
「別に何でもねえよ」
「何でもないならどうして目逸らすの?」
まともに目が合わせられない。
それもこれも全部何からくる感情なのか解っていた。
今まで目を瞑ってきたもののツケが今になって回ってきた気がした。
「何があったの?」
「何も…」
「何もないならどうして俺の目を見ない?」
急に変わった声のトーン。
彼が本気なのだと解った。
「もうやめようぜ、こんな事」
もう限界だった。
こんな関係はもう無理なのだと悟った。
自分は人よりも冷静だと思っていた。
自分は人よりも小利口なのだと思っていた。
付き合い方も。
それなりの対処も。
出来ると思っていた。
でもそれはあくまでも自分でそう思い込んでいただけだった。
「こんな事って何だよ」
「解ってて聞くなよ!」
彼はいたって冷静だった。
だからこそ、それに余計に腹が立った。
そう、いつだって彼は冷静だ。
自分もそうだろうと、そう在ろうと思った。
でもそれは―――結局自分には無理だった。
「一体何があったんだよ」
彼の声は自分が声を荒げたのが恥ずかしくなるほどに冷静だった。
「何でも…」
「何でもなくて新一があんな大声出すなんて事ないよね?」
「………」
何だかいつもの自分と逆の気分だった。
ああ、彼らはいつもこんな気分を味わっていたのかとこんな場面で痛感した。
「もう嫌なんだよ。こんなのは…」
「こんなのって?」
何もかも解っている。
解っている筈なのだ。
この目の前の『快斗』という男は。
「お前だって解ってるんだろ?」
じっと彼を見詰めても唯彼も自分を見詰めてくるだけ。
「だったら何?」
もう少し、何かあると思っていた。
少なくとも事実を露呈した後なのだから。
でもそれでも彼は何の変化も見せず、唯冷静に質問を繰り返すだけ。
「だったら新一はどうしたいの?」
「っ…」
酷く冷静な質問。
それが自分が彼よりも子供か何かになってしまったように思える程で。
「お前はどう思ってるんだよ」
結局質問に質問で返すことしか出来なかった。
「俺は別にこのままでいいと思ってるよ」
それに返ってきた答えもまた冷静そのもの。
それに無性に腹が立った。
「いい訳ないだろ! こんな状態がずっと続くなんて…」
「だったらもう会わなきゃいいのか?」
「っ…」
確かに彼の言うとおりだった。
会ってしまえば結局ずるずると今までと同じ様になるのは目に見えている。
会わなければきっと自分達の関係は自然消滅という形で終わるだろう。
けれど――。
「でも、新一は俺に会いたくない訳じゃないんだろ?」
彼には全てお見通しだった。
「そんな事どうして解るんだよ」
「顔に書いてある」
「っ…うるせえ!」
声を荒げれば荒げる程に。
感情が高ぶれば高ぶる程に。
本当の自分を露呈してしまうのだとしてもそれを止められはしなかった。
「新一は我が侭だね。
俺に会わないのは嫌。でも今みたいな中途半端な関係も嫌。
かと言って蘭ちゃんを切れる訳でもない。一体新一はどうしたいの?」
「………」
正に彼の言った通りだ。
自分でも自分がどうしたいのか解らない。
そして、それすら彼はお見通しだ。
「自分でもどうしたいのか解らないんでしょ?」
「………」
「新一は優しすぎるんだよ。誰も不幸にしたくないんでしょ? でも所詮……そんなのは理想論に過ぎないんだよ?」
彼は笑う。
くすっと小さく、でも明らかな意図を持って。
「お綺麗な新一君は結局どうするつもりなのかな?」
まるで第三者が見物をしているように。
彼は楽しそうに笑う。
「俺は…」
どうしたいとか。
どっちを切るとか切らないとか。
結局そんな事は言えなくて…。
「俺も……このままがいい…」
その言葉に『快斗』は満足そうに微笑んで、新一を抱き締めた。
―――皆が幸せ、なんて所詮理想論に過ぎないんだよ?