私を憎んで下さい

 もっともっと殺したい程に








憎しみと愛情と歪んだ想い









「キッド!」


 叫ばれて振り返る。
 相手の予想などついていた。
 寧ろ彼以外に此処に辿り着ける者など居ない。


「これはこれは名探偵。今宵は夜遅くまでお付き合い頂き感激の極み」


 慇懃無礼に一礼して、彼を伺う。
 どうやらここまで走ってきたらしい彼はぜえぜえと苦しそうに息をしている。

 それも仕方ない。
 あの毒薬を体内に取り込み、幼児化なんていう馬鹿げた状態になっているのだから。
 体力が落ちていない訳がないし、身体に負担が掛かっていない訳もない。

 それが解っていながらこうして呼び出してしまう自分は何処かおかしいのだろうか。


「遅いのが解ってるならこんな時間まで仕事してんじゃねえよ!」


 現時刻午前三時半。
 お子様と鬼ごっこをするには恐らく時間が時計一周分程ずれてしまっているだろう。

 けれどそれも仕方ない。
 だって自分が真昼間に彼と鬼ごっこをするなんて真似は出来ないのだから。


「それは私の自由な筈ですが?」
「何を…」
「貴方に私を追いかけなければならない理由などない筈では?」



『怪盗に興味はない』


 嘗てそう言い放ったのは他でもないこの目の前に居る名探偵殿。
 そう言ったのにも関わらず、自分を追いかけて来る彼の心の内ははっきり言って自分にも解らない。

 それでも彼との鬼ごっこは楽しくて楽しくて止められない。
 そう言ったら彼はどんな顔をするのだろうか。

 興味が湧いた。
 試してみたくなった。
 彼の顔が歪むのを見たくなった。

 それはきっと歪んだ歪んだ想い。


「まあ、貴方との鬼ごっこは中々楽しめますから私としては大歓迎ですがね」
「!?お前…鬼ごっこって……」


 彼の綺麗な顔に嫌悪の混じった歪みが浮かぶ。

 軽蔑。
 嫌悪。

 負の感情であるそれすら彼から自分に向けられる感情ならば全て愛おしく感じられる。


「ふざけるのも大概にしろ!お前だって自分がやってる事が犯罪だって事ぐらい解ってんだろ!」


 叫ぶ彼の蒼を見詰める。
 綺麗な綺麗な曇りの無い瞳。

 きっと彼は光の中で生きて来た人種。

 そう言えば彼は否定するだろう。
 自分も闇を見てきたのだと言って。

 でも、それは所詮見てきただけに過ぎない。
 彼は帰る事が出来る。
 光の中へ。

 けれど自分は――。



「ええ。貴方に言われなくても」



 ――もう二度とその場所へは帰れない。


「だったら…」
「私は怪盗。それが仕事ですから」


 全てを話す事など簡単。
 全てを覆い隠す事程困難。

 けれど世の中には知らなくてもいい事もあるんだよ。
 綺麗な綺麗な名探偵君。


「っ……」


 唇を噛み締めこちらを睨み付けて来る彼が愛おしい。

 ああ、まだ足りない。
 これではまだ彼がこれから対峙していく事件に負けてしまうかもしれない。


「ですが…」
「何だよ」
「貴方さえ居なければ私はこの仕事を辞めていたかもしれませんね」
「!?」


 瞳を見開いて固まった彼を内心の感情など一欠片も出さずに、ポーカーフェイス上に貼り付けた笑顔で見詰める。


「貴方との鬼ごっこが楽し過ぎるからいけないんですよ」
「じゃあお前が怪盗を続けるのは俺が居るからだと言いたいのか…?」
「そう言ったらどうします?」


 柔らかく微笑む。
 まるで穢れなど知らないかの様に、犯罪者だとは信じられない様に。


「私は貴方が追いかけてきてくれるから、こうして怪盗を続けていたくなるんです」


 さあ、どこまで君は堕ちてくれる?
 私の為に…。


「なら…俺が探偵を辞めれば、お前を追う事を止めれば、お前は怪盗を辞めるのか?」
「いいえ」


 ああ、何て素直なのだろう。
 本当に綺麗な綺麗な生き物なのだと思う。


「どうして…」
「貴方がこの世に存在していると思うと、私は貴方と遊びたくて仕方なくなるんですよ」


 『探偵』でなくても構わない。
 『唯の小学生』でもいい。

 唯君と、このゲームを楽しめればいい。


「お前何言って…」
「そうですね…もし貴方が怪盗如きでは追いかけられないと言うのなら、いっそのこと殺人犯にでもなってみましょうか」
「!?」


 再び大きく見開かれる瞳。
 ああ、あと少し…。


「やる気を出してもらう為に、貴方の知り合いから切り裂いて差し上げましょうか?」
「やめろ…」
「それよりも、もっと芸術的な死体に仕上げて差し上げましょうか?」
「やめろって言ってるだろ!!」


 悲痛な程の叫び声と、怒りを湛えた蒼。

 欲しかったのはコレ。
 愛よりも、優しさよりも、憎しみが欲しい。

 だってコレは愛なんてまやかしよりも、優しさなんて幻よりも、ずっとずっと確かなモノ。


「ああ、名探偵はそれがお望みのようですね」
「そんな事ある訳ないだろ!」


 止められない。
 この麻薬の様な快感を止める術など知らない。


「あれだけ死体をご覧になってるんです。今更もう一体増えたところで変わりはないでしょ?」
「馬鹿な事言うな!」
「それに、近しい者の死体ともなれば、違う感情が楽しめていいかもしれませんよ?」
「っ――!!」


 今にも掴みかかりそうな勢いで自分に向かってきた彼をふわりと避ける。
 勢いに負け、アスファルトへと倒れこんだ小さな小さな身体を見詰め、口元に笑みを上らせる。

 もっともっと自分を憎んでくれればいい。
 それこそが確かな想いとなるから。


「まあ、そうなりたくなかったら精々私を頑張って捕まえる事ですね」
「言われなくてもそうするさ」


 吐き捨てる様に言われた言葉すら睦言。
 堪らない快楽が脳へと伝わっていく。


「それでは、その時を楽しみにお待ちしております」


 そろそろ夜が明ける。
 流石にタイムリミットだ。

 後ろ髪引かれる思いで最後の言葉を告げ、閃光弾をアスファルトへ沈ませた。


愛していますよ。私の名探偵殿


 小さく呟かれた歪んだ言葉は幸いにして相手に届く事無く、夜明け前の街へと溶け込んでいった。










END.

久し振り(?)に歪みっぷりの激しいブツが…。
キッド様は愛し過ぎちゃってるんです。そういう事にしてあげて下さい…;


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