明日もし貴方の気持ちが冷めてしまって

 明日もし貴方が私の前から居なくなったとしても


 ずっと変わらず愛しています










 最後の挨拶










 愛されるから愛するのではなく
 ただ自分が貴方を愛したいだけ




















「こんなところに呼び出して何の用だよ」


 赤い月が暗い空に彩を添えた頃。
 ふわりと白い影が降り立つ。


「および立てして申し訳ございません。私の名探偵」


 白い影が恭しく探偵の手を取りその手にそっと口付ける。
 探偵はそれを嫌がる事もせず、けれど受け入れている訳でもないようにじっと厳しい瞳を白い影に向けたまま。


「それより用件は何だ」


 白い影がそっと手を下ろしたのが合図だったかの様に探偵が再び口を開いた。


「俺はお前のショーに付き合ってやれる程暇じゃないんだが?」
「それは重々承知しています」
「だったら早く用件を言ったらどうだ?」


 厳しい瞳を向け続ける探偵に白い影は唯微笑んで見せる。


「お別れぐらいゆっくり言わせてくれませんか?」


 白い影の発した言葉に今まで厳しい瞳を向けていた探偵の表情が変わる。


「お別れ…?」
「ええ」
「…どういう意味だ?」


 徐々に張り詰めていく空気を和らげるように白い影は優しく微笑む。


「そのままですよ、名探偵」
「そのままって…」




「私は今日で居なくなります」




 その言葉に探偵が息を飲む。
 けれど白い影は微笑んだまま。


「本当は一人静かに消えていくつもりだったのですが…貴方にだけはきちんとご挨拶をしておきたくて」
「…どうして俺に?」


 探偵は知っていた。
 彼を追っていたのが自分だけではない事を。

 彼にまるで魅了されたかのように彼だけを追っている者達の事を。

 けれど探偵はそうではなかった。
 殺人事件と彼の予告が同じ日にあれば迷わず前者の現場に赴いた。

 その探偵に何故白い影はそう言うのか…。



「私の好敵手は貴方だけでしたから」



 さり気無く過去形に語られる台詞きもち
 その言葉に探偵への想いが全て籠められていた。



「…俺にとっての好敵手もお前だけだったんだろうな」



 それに返される想い。
 探偵から怪盗への最高の賛辞。


「その言葉が聞けただけで態々貴方を此処にお呼び立てした甲斐がありました」


 探偵の賛辞に怪盗は満足そうに微笑む。
 けれど、



「それなら俺が此処に呼ばれた甲斐はどう作ってくれるんだ?」



 探偵はそんな言葉を発した。


「怪盗キッドの最後の舞台ではご不満ですか?」
「ああ。不満だな」
「それ以上に何を望まれるのですか?」


 最後の最期。
 その舞台を探偵の為だけに用意したのに。

 それ以上何を求めると言うのか。


 少しだけ不満げにそう言った怪盗に探偵はシニカルな笑みを浮かべ呟いた。


「帰って来いよ。お前は『月下の魔術師』なんだろ?」


 それに瞳を瞬かせたのは怪盗。


「名探偵…」
「行ってもいいさ。俺に止める権利はないからな。
 でも俺に最後の挨拶をしたなら、帰って来いよ。滝に落ちてもなお帰ってきたホームズみたいにさ」


 ああ何て彼らしい言葉なのだろうと。
 そう思う。


「…分かりました。貴方がそう仰るのなら、変装でもして貴方に最高の帰還をお届けしましょう」


 その言葉に探偵は微笑む。


「お前、知らないうちに多少は詳しくなってたんだな」
「貴方の好きなものは全て知っておきたかったので」
「バーロ。そういう台詞は帰って来てからにしろ」


 それだけ言えれば安心だと探偵は笑う。


「帰ってきたら何でも聞いてやるよ」
「本当に何でもですか?」
「ああ」


 爽やかにそう言ってのけた探偵に怪盗は微笑む。


「その言葉、夢々後悔なさいませぬよう…」


 怪盗は笑う。
 死へ誘う舞台を前にして。
 それでも、探偵に笑ってみせる。

 ソレが怪盗の誇り。


「いいさ。お前が帰って来るなら俺は何を言われても、何をされても後悔なんてしねえよ…」




















 だって俺は……お前が居てくれればそれでいいんだからさ。




















end.



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