恋があれば
愛があれば
それだけが全てだなんて唯の幻想でしかないと思った
恐怖
『好きだよ』
彼の言葉は何時だって素直で真っ直ぐに俺に向けられていた。
『愛してる』
真っ直ぐに俺を見詰める藍。
真っ直ぐに向けられる想い。
それが恋をしている相手から向けられるものである以上、嬉しくない筈は無かった。
だから、その眼差しに、その言葉に心が温かくなったとしても決して不思議ではなかった。
―――けれど、それが全てだと思える程俺は子供にも大人にもなれなかった。
恋をしていた。
彼を愛していた。
それは何処まで行っても変わる事の無い真実。
けれどまたそれはもう一つの真実を覆い隠す為の事実にしかなり得なかった。
恋をすれば、好きになる程に心の中に生まれ出てくるまったく異なる感情を持て余す様になった。
愛憎というなのその想いは自分を確実に侵食した。
愛欲と言う名の独占欲は自分を確実に食い潰そうとしていた。
徐々に平静を保てなくなっていく自分に気付いた。
徐々に自分自身が変わっていく事に恐れを抱いた。
そう、怖かった唯単純に。
未だ嘗て出逢った事の無い自分との遭遇。
此処まで何かに執着した事などなかったのに。
俺の中の全てが彼によって変化し、俺の中のどの部分が俺だったのかすら解らなくなっていった。
怖くなった。唐突に。
怖くなった。自分自身が。
だから、俺は俺を護る為―――彼の手を離した。
「好きだよ」
空を見上げ彼の様に呟いてみる。
「愛してる」
真っ直ぐに、唯素直に。
「愛してる…」
温かかった筈の言葉は、冷たく暗い闇夜の中に唯静かに取り込まれていった。