堕ちても良いと思っていた
今更自分などどうなっても良いと思っていた
このままどこまでも堕ちて行こうと思った
彼が自分を見つけてくれるまでは…
〜false charge〜
『怪盗KIDが殺人犯!?』
『平成のアルセーヌルパンまさかの殺人!!』
そんな見出しが日本中だけでなく世界中のメディアを賑わせていた。
(違う! 俺じゃない!!)
ざわつく雑踏の中を快斗は人並みに逆らうように歩いていた。
街の巨大スクリーンに映し出される夜の自分。
それを振り切るように人を押しのけ歩く。
まるで何かに追い立てられるように。
まるで何かから逃げるように。
どうしてこんな事になってしまったのか。
事件自体は酷く単純な物。
けれど世間を欺くには完璧な物。
まんまと罠に嵌められた自分自身が情けなくて、快斗は歩きながら自嘲気味に苦笑した。
昨日の仕事もいつもと同じように終わるはずだった。
いや、宝石を奪い屋上までたどり着いた所まではいつもと何ら変わりはなかった。
しかし、そこには立っているはずの無い人間が立っていた。
「そんな馬鹿な…」
目の前にいる人物はもうこの世には存在しない筈。
そう頭では分かり切ってはいたものの、心がついていかなかった。
「なんだ快斗。もう私の顔を見忘れたかい?」
その人物の口から発せられた音は紛れも無く自分が過去に聞いたものと同じ。
「親父…」
KIDの目の前にいるのは紛れも無く先代KID、黒羽盗一その人であった。
「大きくなったね快斗」
そう言って盗一はKIDへ手を伸ばした。
バチン!
が、その手はKIDによって払い除けられた。
「お前は何者だ……?」
目線は盗一に合わせたまま、けれど絶対零度の冷たさをもって訊ねる。
「おやおや、何を言うんだい。私は君の父…」
「上手く化けたつもりかもしれないが、ばればれなんだよ!!」
さっき伸ばされた手でやっと気付いた。
あまりに精巧に出来たイミテーション。
けれど纏う気配までは先代KIDのそれには出来ていなかった。
(当たり前だ。俺ですらあんな気配は纏えねえんだから。偽者が真似できる訳ねえだろ!)
そう心の中で悪態づくとトランプ銃を盗一の偽者に向けた。
「もう一度だけ聞く…おまえは何者だ?」
もちろん標準を合わせたままで最後のチャンスを与える。
偽者と分かった以上それはイコール敵だ。
「やれやれ、上手くいくと思ったんだがねぇ…」
偽者は何処か楽し気に呟きながら盗一のマスクを脱ぎ去る。
「私はロビン。以後お見知り置きを」
そう言って偽者はKIDに向かい優雅に一礼した。
「お見知り置きね…で、お前の目的は何だ?」
「すぐに解りますよ、今すぐにね…」
そう言ってロビンはKIDの方へ歩を進めてくる。
「止まれ!」
KIDはトランプ銃の引き金に指をかける。
「残念ながらそれは聞けませんね…」
そうロビンが言った言葉は一つの銃声によってかき消された。
「!?」
ロビンの体がゆっくりとKIDに倒れ掛かってくる。
思わずKIDがロビンを支えると、手に生暖かい物が伝うのを感じた。
白だった衣装が赤い液体を含み、徐々に徐々に緋色に染まっていく。
「おい! 大丈夫か!?」
「おやおや、随分とお優しい事ですね…私が組織の者だという事はお見通しでしょうに…」
ロビンは苦しそうに顔を歪めながらも酷く穏やかな口調でそう言った。
「目の前で人に死なれるのは嫌なんでね」
そう言いながらKIDはロビンの傷を確認する。
「その優しさが命取りなんですよ。早くお逃げなさい…でないと……」
バン!!
ロビンが皆まで言う前に屋上の扉が第三者によって開かれた。
「見つけたぞKID! 確保だ!!」
そこに現れたのは中森警部率いるいつもの第二課の面々だった。
「ちっ…おい! しっかりしろ!」
KIDが一瞬扉の方に気を取られている間にロビンは既に生きたえていた。
「おい…マジかよ…」
その瞬間顔から血の気が引いていくのを感じた。
「おい! KID…それは一体誰だ?」
「中森警部、後は宜しくお願いします…」
そう言ってKIDはロビンの亡骸を屋上に横たえた。
「おい! 待て!」
「それでは本日はこれで失礼致します」
KIDはそう言いながらマントを翻し、いつものようにハングライダーで都会の闇に飛び立った。
自分が殺人犯にされているのを知ったのは次の日の朝。
昨日帰ってからは警察無線もテレビの臨時ニュースもチェックする気力すらなかった。
眠れない夜を過ごしてようやく事態を把握したのが今日。
(やっぱりな…まんまと嵌められたって訳か)
ロビンの撃たれた後のあまりの落ち着き加減からこれが仕組まれていた事だと気付いた。
恐らくは組織の差し金だろう。
(ロビン…駒鳥か…)
快斗は有名なマザーグースの歌を思わず思い出した。
誰が駒鳥を殺したの?
『私』と雀が言いました
私の弓矢で私が殺した…
(俺は雀に嵌められた訳か…)
濡れ衣を晴らす術を自分は持たない。
ある意味完璧な計画かもしれない。
でも…それも今更と思う。
今更それが何だというのか。
今まで何とか人を傷付けない様に、人を死なせない様に努力してきたつもりだった。
自分のしている事は決して誉められた事ではないけれど、それでも自分なりに信念は貫いてきたつもりだった。
けれど、いつからだったろうそれに気付いてしまったのは。
どんなに人を傷つけなくても、どんなに人を死なせない様に努力しても、自分が国際的な犯罪者な事に変わりはない。
罪に濡れた存在である事は否定できない。
だとしたらいっそ堕ちるところまで堕ちてしまった方が楽なのでは、と。
もっとも、まさかこんなに早くその機会がやってくるとは思いもよらなかったが。
(名探偵はどう思うんだろうな…)
澄んだ瞳を持つ迷宮無しの名探偵。
自分と唯一対峙できる人物。
そして…自分が心引かれている人。
いつかは自分の気持を伝えて、口説き落として…そんな事を出会った当初は考えていた。
けれど、彼に手を伸ばすには自分の手は汚れ過ぎていて…。
彼まで汚す訳にはいかないから伸ばしかけた手を封じ込めた。
ただのライバル、けれど彼のライバルで居られるならそれでいいと。
そう思っていたけれど…。
(もうライバルですらいられないかな…)
人波を押しのけ、いつの間にかたどり着いた公園で何とも無しに空を見上げる。
見上げた空のどんよりとした空模様が自分の心情と重なってよけいに気分が滅入った。
歩く気にもなれず、近くのベンチに腰をかける。
どれくらいそうしていたのだろうか。
頬に冷たい何かが伝って自分がはっと我に返る。
無意識の内に泣いていたのかと思ったがどうやらその正体は天から降り注いで来た物だったらしい。
次々にぽつぽつと雨音は大きくなっていく。
春先といえどもまだ雨は冷たい。
体が徐々に徐々に冷えていくのを感じた。
けれどそれが酷く心地良くて、このまま冷え切ってしまいたくなった。
「風邪引くぞ」
暫く雨を浴びていた頭上に突然傘が差し出された。
「名探偵…?」
一瞬目の前に居る人物が幻ではないかと思った。
今一番会いたくて、今一番会いたくなかった人。
その人が自分に傘を差し向けてくれている。
あまりの出来事にそれ以上何も言う事が出来なかった。
「お前じゃないんだろ?」
「どうして…」
「隣のビルの屋上から薬莢が見つかったんだよ。今ごろニュースでやってるはずだぜ。犯人は怪盗KIDじゃなかったってな」
「名探偵が見つけてくれたのか?」
「たまたま、な」
そう淡々としゃべる名探偵のズボンの膝が少々汚れているのを見て快斗は嬉しくなった。
その汚れ方から彼がたまたまでなく、それを探してくれたのだと解ったから。
「…でもどうして俺が解った?」
「んなもん気配で解る」
まるで本当に何でもない事のように話す名探偵に快斗は笑みを浮かべる。
どうしてこの人はこうも自分を普通に扱ってくれるのか。
蔑まれてもしかたない罪に濡れた自分を。
「早く傘取れよ、差し掛けてるのも疲れるんだぞ?」
その言葉でようやく今の状況を把握した。
自分に傘を差し向けてくれている名探偵。
そのため彼はすっかり雨に濡れてしまっている。
水も滴る…と言う様に雨に濡れた彼はとても美しかったけれどこのままでは風邪を引かせてしまうと気付いた。
「悪い。そのままじゃ風邪を引いちまうな」
名探偵から傘を受け取ると、彼に差し向けどこからともなくタオルを取り出しかれの濡れた髪を拭く。
「あのな…俺の心配より自分の心配をしろ」
どうせ俺が来るずっと前から雨を浴びてたんだろ?
何もかも見透かしたようにそう確信を持って尋ねられた。
その問いに思わず苦笑してしまう。
「何もかもお見通しか。流石は名探偵」
「悪かったな。遅くなって…」
そう言って新一は快斗からタオルを奪い取ると快斗の髪を丁寧に拭いた。
「名探偵…?遅くなったって…」
「本当はもう少し早く見つけてやりたかったんだけどな。手間取っちまった…」
そう言ってすまなそうに頭を垂れる新一に快斗は何とも言えない気持ちになった。
ああ、どうしてこの人はこうなのだろうか。
今更堕ちても構わないと思っていた自分の濡れ衣を晴らしてくれて。
壊れ掛けていた自分を見つけてくれて。
そんな俺に自分が濡れるのも構わずに傘を差し向けてくれて。
それでもなお、遅かったと謝ってくれて…。
そう改めて思った瞬間頬を熱い物が流れていくのを感じた。
(親父が死んだ時すら泣けなかったのにな…)
自分が前に泣いたのは一体いつだったのだろう。
親父が死んでから表面上は元気な振りをして生きてきた。
周りに心配をかけない様に明るく振る舞って、高すぎる知能指数の為に周りから浮かない様に馬鹿をやって。
いつもいつも自分を作っていた。
今目の前に居る名探偵に会うまでは。
彼に会った瞬間、霧がかかっていた世界は色鮮やかに輝く物に変わった。
最初は楽しかったけれど、いつ見つかるとも知れないパンドラを探すのに疲れきっていた俺の心を彼は癒してくれた。
あの頃の彼は自分と同じように一人で戦っていたから。
周りを危険にさらさない様に、巻き込まない様に一人で何もかも抱え込んで…。
初めて自分と同等の人間を見つけた。
辛いはずなのに、それでも真実だけを見つめ続ける彼のその澄んだ瞳に自分だけを映したくて最初はあんな言葉を言ってしまった。
本当に言いたかったのは別の事だったのに。
けれど彼は自分が思った以上の人物で、何度も何度も追い詰められて。
危機感を感じなければいけないのに彼との頭脳戦が楽しすぎて。
彼と会える事が嬉しくて。
彼が元の姿に戻ったと聞いてからは思わず仕事の頻度を多くしてしまった程だ。
元の姿に戻ったのなら何の遠慮も無く彼と戦えるのだから。
でも、彼が自分をどう思っているのか解らなかったから。
自分の気持ちを素直に言うには自分の手は汚れ過ぎていたから。
だから必要以上に手を伸ばす事をしなかったというのに…。
なのにこの人は自ら俺の横に来てくれた。
こんなに汚れてしまった俺に手を差し伸べてくれた。
期待しても良いのだろうか。
彼の側に居場所を作ってもいいのだろうか。
「あのな、せっかく拭いてやってるんだから濡れない様に努力しろ」
新一のその言葉で自分の考えに沈みこんでいた快斗は我に返った。
そういえば傘を新一の方に差し掛けている為快斗は雨に直接濡れる格好になっているのだ。
「でも、名探偵が…」
「普通に差せ」
いいから差せ、と言って新一は快斗の腕を押す。
「だからそれじゃ名探偵が…」
「俺が入れば問題ないだろ」
そう言って新一は快斗が差した傘の中に入る。
「そうだ。家に来ないか?」
「え?」
突然の新一の言葉に快斗は一瞬固まった。
「そのままじゃ風邪引くだろ?」
「でも…俺みたいな犯罪者家に入れていいのか?」
「んなもん関係ねぇよ」
だいたい風邪でも引かれて寝込まれたら夢見悪いだろ、そう言って新一は付いて来いとばかりにさっさと歩いていってしまう。
「あ、名探偵。ちょっと待てよ!」
そんな新一が濡れてしまわない様に快斗は急いで追い掛ける。
「お前普段の口調はそういうのなんだな」
快斗が付いてきたのを確認して新一はそう呟く。
「うん、そう。俺黒羽快斗って言うんだよろしくねv」
そう言って快斗は手から『ポンッ!』という音と共に一輪の薔薇を差し出した。
「相変わらず気障な奴…」
新一は嫌そうにしながらもその薔薇を受け取った。
「そう?まあ名探偵限定だけどね♪」
軽くウインク付きで言う快斗に新一は盛大にため息をつく。
けれどその横顔はどこか楽しそうで快斗もつられて笑顔になる。
「まあいい。どうやら吹っ切れたみたいだからな」
そんな快斗の様子に満足したのか新一は綺麗に微笑んだ。
まるで花が綻ぶように。
「名探偵、もしかして心配してくれてたの?」
「別に…」
そうそっけなく言ってそっぽを向いてしまった新一の頬がうっすらと赤くなっているのを快斗は見逃さなかった。
「名探偵は素直じゃないね〜♪」
「煩い。だいたい名探偵って呼ぶんじゃねえ」
調子に乗った快斗の脇腹に新一は肘打ちをくらわせた。
「いてっ! …だったら何て呼べば良いんだよ」
「…工藤とか…?」
「じゃあ、新一でVv」
「なんでそうなるんだよ…」
新一は今日二回目の盛大なため息をついた。
「ま…何でも良いけどな…」
「だったら今日から新一って呼ばせてもらうから♪」
快斗のその言葉に新一は引っ掛かりを覚えた。
「今日…から?」
「そう今日から」
尋ねれば酷く断定的に言われ、新一は首を捻る。
「俺、もう気兼ねしないから」
「は……?」
「今日から新一の事全力で口説くからよろしくねVv」
傘を差していない方の手で新一の手を取り、甲に口付ける。
「なっ………」
少し間を置いて新一の顔が綺麗な赤に染まる。
「よろしくねv新一Vv」
そう言って調子に乗った快斗はちゃっかり新一の唇も奪ったのだった。
堕ちても良いと思っていた
今更自分などどうなっても良いと思っていた
このままどこまでも堕ちて行こうと思った
けれど彼は自分を見つけてくれたから
壊れかけた自分を救い上げてくれたから
この命は彼のもの
壊れるのなら彼の為に
堕ちるのならば彼の為に
死ぬのならば彼の為に
だから今だけは側に居させて
何処よりも暖かい君の側に
END.
…本人も書いてる途中で解らなくなってる事多数。
一番中途半端になってしまった話かもしれない…。
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