温もりを感じられないなら

 傍に居られないのなら

 貴方が居ないのと同じ事なのです









 短距離恋愛のススメ









『俺もう帰りたい…;』
「何馬鹿な事言ってんだよ」


 電話の向こうから聞こえてきた情けない声に新一は呆れた様にそう言った。


「仕事なんだからしょうがないだろ?」


 キッドとしての仕事で、快斗は今この国から離れている。
 けれどそれもたった5日の予定だ。
 そして、今日はその最後の夜。


『だってぇ…新一と一緒に居られないんだもん…;』
「あのなぁ…」
『じゃあ、新一は俺と一緒に居られなくて寂しくないの?』
「そりゃ…」


 寂しくないと言えば嘘になる。
 恋しくないと言えば嘘になる。

 けれど――。



「勿論寂しくないに決まってるだろ」



 ――素直にそんな事言える訳がない。


『酷い…。快斗君がこんなに新一の事恋しがってるっていうのに!!』
「俺は煩い奴が居なくてゆっくり読書を楽しめてるから文句はない」
『新一のいけず…;』


 本当は読書なんてまったく進まない。
 彼の事が一日中頭から離れてくれない。

 怪我をしてはいないか。
 危ない目にあってはいないか。

 心配しても、心配しても、尽きる事のない嫌な予感。


「何とでも言ってろ」


 それでも紡ぐのは真逆の言葉。
 それでいい。
 彼に余計な心配など掛けられないから。


『いいもんいいもん…。帰ったら目一杯抱き締めるんだから!』
「暑苦しいからやめろ」
『やだ♪』


 そう、いっその事さっさと帰って来いと。
 さっさと帰って来て俺を抱き締めろと言ってやりたい。


『だからね…』















『ただいまv』
「ただいまv」














「!?」


 耳元で聞こえた声と。
 それと同時に違う場所から聞こえた声。

 そして自分を包み込んだ温もりに驚いて振り向けば、肩越しには待ち焦がれていた彼の姿があった。


「かい、と…?」
「ただいま。新一v」


 にっこりと微笑む快斗を新一は唯呆然と見詰め続ける。


「何でお前がここに…?だって…」
「帰って来るのは明日の予定だった筈、かな?」
「あ、ああ…」


 予定では快斗が帰って来るのは明日だった筈。
 本当は今此処に彼はいない筈なのに。


「んー…ほんとはそのつもりだったんだけど、新一に会いたくて会いたくて居ても立っても居られなかったから今日の最終便で帰ってきちゃったv」
「帰ってきちゃったって…お前仕事は…」
「勿論完璧v」


 にかっと笑って見せた快斗にほっとして、それから漸く自分を取り戻した。


「お前なぁ…帰って来る時は事前に連絡ぐらいしろよ…」
「だってぇ…新一の事驚かせたかったんだもん」


 むうっと口を尖らせてそう言う姿は正に『子供(キッド)』。
 それが可愛いと言ったらコイツはどういう反応をするのだろう。


「しんいち?」
「何でもねえよ」


 けれど悔しいから、そんな事は言ってやらない。
 ましてや、この腕の温もりが恋しくて恋しくて堪らなかったなんて口が裂けたって言えない。


「新一ってばそんなに驚いた?♪」
「うるせぇ。驚くにきまってんだろ」
「それは良かった♪」
「良くねえよ」


 それを解っている様な相手に少しだけむくれてみせる。

 何時だって快斗は余裕で。
 何時だって自分は精一杯で。

 何だか時々無性に自分が負けている気がする。


「うん。ごめんね。でも、新一に早く会いたかったのはほんとだからさ」
「…相変わらず気障な奴……」
「でも新一はそういう俺も嫌いじゃないでしょ?」
「言ってろ…」
「そうします♪」


 口では勝てない。
 流石は怪盗、と違ったところで皮肉めいた賛辞を送ってやりたくなる。


「もう好きにしろ…」


 流石に先の見えない、勝てないこの会話に疲れて。
 ぽふっと頭を快斗の胸へ預ける。
 そうすればより一層抱き込まれていく身体。

 温かい腕に抱かれて安心する。
 彼の鼓動が伝わってくると彼が今此処に生きて居てくれるのだと実感出来る。

 何時死ぬかも分からない仕事をしていて。
 何時死ぬかも分からない場所に出掛けて。

 それでも今彼は此処に居る。
 ああ、今日も彼が自分の許に生きて帰って来てくれたのだと信じてもいない神に感謝さえしたくなる。


「新一」


 耳元で甘く囁かれる声が心地いい。
 このまま……。


「新一?」


 心地良い音に目を閉じる。
 身体の力が抜けていく。
 けれど彼が自分を支えてくれているから倒れる事など決してない。


「眠いの?」
「…ん……」
「ならベットまでお運びしましょうか?お姫様v」
「……姫は余計だ」


 ふわりと身体が一瞬宙に浮いて。
 俗に言う『お姫様抱っこ』と呼ばれるもので運ばれても、相手が快斗ならどうでも良かった。
 寧ろ快斗をより近くに感じられて内心嬉しかったぐらい。


「俺が居ない間また夜更かししてたんでしょ?」
「しょうがないだろ……」
「何で?」
「………」


 ああ、もういいか。
 偶には素直になるのも悪くない。

 眠気が勝ったからなのか。
 それとも眠さに紛れ込ませた真実なのか。

 きっと快斗は解ってくれるから。


「お前がいないと……ゆっくり眠れねえんだよ……」
「!?……///」


 快斗の足が止まった事を不思議に思って少しだけ目を開けば、其処には柄にもなく顔を真っ赤にさせた快斗の姿があった。

 偶にはいいだろ?
 こういうのも悪くない。

 崩れ落ちたポーカーフェイスに満足して、新一は再び目を閉じると今度こそ眠りの国へと旅立って行った。










「まったく…新一ってばほんと罪作りなんだから」


 完全に眠りに落ちてしまった新一をベットへと寝かせ、掛け布団を掛けてやって、あどけない新一の寝顔を見詰め快斗は一人苦笑した。


「あんな事言われちゃ絶対遠距離恋愛なんて出来ないじゃん」


 勿論するつもりもないけれど、と内心で付け足して。
 快斗は久々に見る恋人の寝顔を朝まで堪能し続けた。















END.


遠距離恋愛は…薫月には到底出来ない代物です(苦笑)←人の温もりが無いと生きていけないタイプ(爆)




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