「見返りがないからこそ楽しいんだよ」


 そう言って笑った彼が

 何故だかとても眩しく見えた










見返りと社会発展とお隣のバカップルについての考察











「人間皆平等なんて所詮理想論なのに」


 テレビを見て呟いた哀に快斗はクスッと笑った。


「しょうがないよ。所詮理想論だと分かっていてもそう言わなきゃいけない事もあるんだから」


 評論家の人も大変なんだよ。
 そう言いながら快斗は今日買ったばかりのマグカップにコーヒーを淹れて哀が座っているソファーの前にあるテーブルの上にそれをそっと置いた。


「それはそうでしょうけど、出来もしないことを言うのは馬鹿げてるわ」


 呆れた様に溜息を吐いた哀には今度は快斗も苦笑した。


「まあね。人間が皆平等だったら今の形だけの民主主義なんかになっていないだろうし、ましてやこんなに社会は発展しなかっただろうしね」
「そうね。でも、それならいっそ今の日本も社会主義にしてみる?」
「問題点をよくご存知の上でそう言うんだから哀ちゃんもお茶目だよね」


 もぅ、っと快斗がクスクスと笑うとそれにつられたように哀も小さく笑った。


「まあ、自然も社会も面白いけれど、でも一番面白いのは貴方達ね」


 ふいに思いついたようにそう言った哀に快斗は首を傾げて見せた。


「どうして俺達が面白いの?」
「まあ、貴方達と言うよりは正確に言えば貴方の方が面白いのだけれど」
「??」


 余計に分からなくなったという様に顔にハテナマークを貼り付けた快斗に哀はもう一度笑うと、その意味を説明してやる。


「世の中は殆どの事である程度見返りが返ってくる、もしくは見返りを期待するものでしょう?
 勉強をしたらそれなりの教養が、運動をすればそれなりの身体能力が。
 でも、貴方の場合は貴方のしている努力と同等かそれ以下でもそれなりの見返りがあるとは到底思えないのだけれど?」
「…?」


 けれど、その説明ですら快斗は何の事かさっぱり分からないらしい。
 それに哀は少し呆れた様な顔をしながらも、更に説明を付け足してやった。


「貴方の工藤君に対する献身的な態度。
 それに対して工藤君の貴方に対する接し方。
 その温度差について私は言っているのだけれど?」
「ああ。そういう事か」


 そこまで言って漸く理解したらしい快斗に哀は今まで思っていた疑問を口にした。


「そういう事か、って…貴方はそれでいいの?
 よく『無償の愛』なんていうけど、現実はそこまで理想的な形ではない筈よ?
 人間だもの。やっぱり努力に対しての見返りが欲しい筈。
 何の見返りもなくてずっと相手の事を想っていられるものなのかしら?」
「んー…他の人の場合は知らないけど、俺はそれでもずっと新一の事を想っていられるよ。
 何の見返りがなくても、それこそそれで俺が見返りを得るどころか損をしたとしてもね。
 例えばもし明日新一が俺の事を嫌いだと言っても、俺はきっとずっと一生新一の事を愛し続けてる」
「それが分からないのよ」


 快斗をじーっと見詰め、嘘を見抜こうとでもしていたかの様だった哀は快斗から視線を天井へと移すと、その身体をソファーへと深く沈め目を閉じた。


「貴方のその気持ちが分からないの」
「そうかな?」
「ええ。分からないというよりは解らないのよ」


 心では分かっても頭では分からないとでも言えばいいのだろうか。
 兎に角『分かり』はしても『解らない』のだ。


「そう?
 でもまあ俺に言えるのは恋愛は見返りがないからこそ楽しいって事かな」


 そう言った快斗の顔を哀はゆっくりと瞼を開きじっと見詰めた。
 その表情は本当に幸せそうだった。


「そうね、忘れてたわ」
「?」
「貴方はそのぐらい『工藤君馬鹿』だったってこと」


 科学者の皮肉にも昼の魔術師は悠然と微笑んだ。















「勿論だよ。俺は世界で一番の『新一馬鹿』なんだから」





















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