――――ピンポーン。


 穏やかな日曜日の午後はそのチャイムと共に崩壊するのだった。








名探偵は誰のもの?








「で、何しに来たんだよ?」
「工藤〜そないにつれない言い方するなや〜」
「うるせえ。連絡も無しに大阪から勝手に出て来るお前が悪いんだろうが!」

 電話の一本もかけやがれ!


 リビングで交わされる会話…と言うよりも罵倒する側とされる側…。

 罵倒している方は当然我等が女王…いや、我等が名探偵『工藤新一』
 罵倒されいる方は…毎回毎回連絡も無しにやってくる通称『黒い鳥』(爆)


 そう、何を隠そうあのチャイムの主は目の前にいるこの『黒い鳥』こと『服部平次』によるものだった。



「で、何しに来たんだよ?」


 このままでは何時まで経っても用件が聞けないと思った新一は、もう一度平次に同じ質問をする。


「ちょっと気になる事があってな」
「気になる事?」


 途端に顔つきが真剣になる平次に、新一の表情も一瞬のうちに探偵のものになる。


「ああ、実はな昨日大阪府警に電話があったんや」
「大阪府警に電話?」
「そうや。それがな…」


『次のKIDの犯行日に工藤新一を攫いに伺います』


「っちゅう内容だったんや」
「おい、ちょっと待てよ。何でそれが大阪府警に…」
「その辺はよぉわからないんやけど…」
「取り敢えず、俺の身柄を狙ってる輩がいるってことか」

 てか、お前そういうことは早く言えよ!

「そう硬い事いわんと。まあ、安心せい。俺が工藤の事守って…」


「その必要はないよ」


 守ってやる…と続け様として背後から突然声をかけられ、服部は咄嗟に振りかえった。
 そこには…。


「な、なんや!? く、工藤が二人!?」

 どうなってるんや!?


 平次は目を白黒させて、新一とその後ろからやってきた男を交互に眺める。
 その容姿は余りにも似ていて…。


「ああ、快斗。買い物ご苦労さん」
「新一。俺が知らない間に変な人入れちゃ駄目って言ったでしょ?」

 狼さんに食べられたらどうするのさ。

「あのな…俺は『7匹の子やぎ』の食われたほうのやぎか…」
「そうそう、気をつけないと食べられちゃうぞ〜」
「んな訳ねえだろ!」

 ……ん?ちょっと待て。誰か忘れてないか?

 新一さん…気づくのが遅過ぎです…(爆)
 すっかり新一と快斗に無視される形になっていた平次は今だ二人を交互に見詰めていた…。


「く、工藤。お前双子やったんか?」
「あ? ちげーよ。こいつは…」


 新一が快斗の事を紹介し様とした矢先…。


「こんにちは。俺新一の『恋人』で黒羽快斗。将来マジシャン希望の17歳です♪」


 と、にこやかに快斗は自己紹介をはじめた。
 いきなりの『恋人』発言に固まる平次に快斗は更に追い討ちをかける。


「あ、言っとくけど俺ここで新一と『同棲』してるんだよねVv」
「か、快斗!!」
「ん? 何、新一?」
「なんだよその『恋人』とか『同棲』とかって!!」
「なに? 違うの?」

 俺は新一と『恋人同士』『同棲』してると思ってたんだけど、俺の独り善がりだったんだ…。


 一人めそめそと泣き真似をする快斗に、新一もここで否定する訳にはいかなくなり…。


「ち、違わねーけど…」

 お前そういうこと堂々と言うなよ……///。


 真っ赤になってしまった新一を快斗は自分の腕の中に抱きとめる。


「ん〜やっぱ照れ屋な新一も可愛いよねVv」


 そして、額に軽くキスを落とした。


「俺の工藤になにしとんねん!!!!」


 快斗のその行動に今まで固まっていた平次が鮮やかに(笑)解凍され、その叫び声が工藤邸に響き渡る。


「服部…うるせえ…」


 その響き声で平次がいる事をまたようやく思い出した新一の口からは、直ぐに不満の一言が漏れた。


「せ、せやかて工藤…」
「大体いつ俺がお前のもんになったんだよ」
「そうそう、新一は俺のだもんね〜Vv」
「こら快斗! お前はまたそういう事言うんじゃねえ!!」
「あれ…違うの…?」
「………違わねえけど……///」
「ん〜Vvやっぱり俺の新一は可愛いよねVv」
「うるせえ…///」




 …あ、やっぱり誰か忘れてねえか?

 はい。新一さん…やっぱり素敵に誰か忘れてます…ι


 やっと我に返った新一が平次の方に視線を戻すと、そこには快斗と新一のらぶらぶっぷりにあてられ再度すっかり固まってしまった平次の姿があった。


「ふっ…やっと完璧に固まりやがったか…」
「快斗お前わざとやりやがったな」
「だって〜躾は最初が肝心って言うでしょ?」

 新一が誰のものかしっかり覚えさせなくちゃねVv


 爽やかにそう語ってくれる快斗に溜め息をつきながらも、「まあ、静かになったから良いか。」なんて新一も思っていたりする(爆)


「で、それどうするんだ?」

 そのまま置いとくのも邪魔なんだけど。

「あ、それは任して♪お隣置いてくるから♪」


 快斗はちょっと待っててね〜、なんて言って平次を引きずって出て行ってしまった。


「ふぅ…やっと静かに本が読める」


 どうやら新一さんは平次君の安否より、目の前の推理小説のほうが大事な模様です(爆)


「そんなの当たり前だろ?」

 あいつの安否なんてどうでもいいんだよ。


 ソウデスカ…って新一さん?誰と話してるんでしょう?(オイ)


「新一〜ただいま♪」


 新一君が素敵に誰かとお話ししている間に快斗君が戻ってきたようです。
 それでは話しを先に進めましょう。


「おかえり。で、服部は?」
「ああ、志保ちゃんが丁度実験台探してたとこだったから提供してきた」
「そうか、お前で試されなくて良かったな」
「うん…ι」

 ほんと志保ちゃんならやりかねないからね。


 そう苦笑する快斗に新一も深く頷く。

 快斗は毒や薬に対する耐性が普通の人間の比ではない。
 そんな恰好の実験台をお隣のマッドサイエンティストが見逃すはずもなく…。

 ことある度に人体実験に使われているのだった。


「で、今度はあいつ何作ってるんだ?」
「美白化粧水…」
「……は?」


 快斗の口から言われた志保が普段作っているものからは、余りに予想もつかないものに新一は一瞬目を丸くする。


「なんかね…友達に頼まれたんだって」
「なあ…それって肌を白くするとかいうやつだよな…」
「うん、女の子にとっては結構深刻な問題みたいだからね」

 ほら昔から『色の白いは七難隠す』って言うし♪
 あ、新一はそのままでも充分真っ白で綺麗だけどねVv

「それの実験台にあいつを使うのか…?」


 快斗の賛辞を何時ものようにさらっと流し、新一は取り敢えず聞きたい事を聞いてみる。


「みたいだよ?」


 確かにあの黒い平次が白くなるのなら誰が使っても白くなるだろうが…。

((白服部平次…))


「「ぷ……あはははははは!!!」」


 どうやら二人して頭の中でその様子を想像してしまったらしく、次の瞬間にはお互いが爆笑していた。


「あ…あの服部が真っ白になるのか…?」
「…顔だけ白くなったりして」
「ぷ…やべえそれ傑作…」


 お互いに涙が出そうになるまでお腹を抱えてひとしきり笑ってしまった。


「やばっ…こんなに笑ったの久しぶりだな…」
「俺もかも」
「まあ、その点ではあいつに感謝だな」


 新一さん…感謝する部分間違ってます(爆)


「そうだね。……ねえ新一、さっきの話しだけど…」


 突然先ほどまで同じ様に笑っていた快斗がその表情を一変させ、途端に真剣な顔になった。


「ああ。さっきのあれか」


 その快斗の様子に新一の表情も快斗と同じ物になる。
 快斗が言うさっきの話しとは…。


『次のKIDの犯行日に工藤新一を攫いに伺います』


 という予告の電話が掛かってきた事に関してだろう。


「新一なんか心当たりとかあるの?」

 最近の事件の関係者とか…。

「いや、最近関わった事件でそんな事をしそうな人物は思い当たらないな…」


 そう、最近関わった事件はどれもそこまで後味の悪いものはなかった筈だから。


「それより気にかかるのは…」
「『次のKIDの犯行日』ってところでしょ?」


 恐らく新一が一番引っかかっているのはそこであろう。
 何故KIDの犯行日を指定してきたのか…。

 もしかすると…。


「俺達の関係がばれてるかもしれないって事か…」
「でも、それはないと思いたいんだけどね…」


 怪盗KIDと名探偵工藤新一の関係。
 それはほんのごく一部の人間しか知らないはず…。

 まだ、黒羽快斗と工藤新一の関係に辿り着いたというのなら解らない事はないのだが。

「お前なんかへましてないだろうな?」
「え? ちょっと、なんで俺のせいな訳!?」
「お前ならありうる!」


 新一にきっぱりと告げられた言葉に快斗は、よよっと泣き崩れる。


「俺だってさ…新一と『恋人同士』っていうのを言いふらしたくてしょうがないの我慢してるのに…」

 それなのに疑うなんてあんまりじゃん!!

「うるせえ!!」

 だいたい、俺が逃走経路に辿り着いた後にいくら周りに人目がないからって抱きついたりする奴に言われたくな……。


「「それだ!!」」


 後ろ暗いところが有り過ぎるほどある二人は、新一の発言でやっと気付いた。
 そう、怪盗KIDの捜査に新一が参加している時は必ず宝石は新一の手から警察へと返却される。

 それはKIDが新一との一時の逢瀬を楽しんだ後に新一に宝石の返却を頼むから。
 そして、その逢瀬の場所は…もちろん屋上。

 あの恰好で会える場所といえば屋上ぐらいしかないから。

 周りには充分気をつけていたし…まさか人に見られているなど思ってもみなかったのだが…。


「……あれのせいか」
「多分…」
「だから俺は毎回やめろって言ってたんだよ!!」

 なのに会う度べたべたくっつきやがって!!

「だって〜KIDでも新一の事好きだって忘れさせたくないんだもん!!」

 俺は『黒羽快斗』の時も『怪盗KID』の時も新一のこと大好きなんだから!!


 そう、思いっきり熱弁している快斗をしり目に新一は思いっきり溜め息をついた。


(厄介な事になったな…)


 もし仮にあの現場を見られていたと言うのなら…そして証拠写真でも撮られていようものなら否定の仕様がない。
 新一はいかに尋問を受けても快斗の正体など明かすつもりは毛頭ないが、新一の周囲の人間に捜査の手が及ぶのは必至。

 快斗の事だからばれるような事があるとは思えないが、それでもばれる可能性がゼロとは言いきれない。


「…新一。大丈夫だよ」


 そんな新一の心配をその表情から完全に考えを読み取ってしまっている快斗は、優しくそう言うと新一の肩を引き寄せた。


「俺は大丈夫だから。でもそれより新一の方が心配だな…」


 『東の名探偵』と称される新一が怪盗KIDと何らかの関係があった等と解れば…。


「…んな事どうでもいいんだよ」


 やはり新一の方も快斗の考えている事が手に取るように解るのか即座にそれを、どうでもいいと言い捨てる。


「だって、俺のほうは直接正体がばれた訳じゃないけど新一の方は言い訳できないでしょ?」


 もし仮に現場を見られているとしても、快斗はあくまでも『怪盗KID』
 しかし、新一の方は…。


「…それは問題ない」
「問題ないって新一…」


 あくまでも快斗に心配をさせまいとする新一の姿に、快斗は何だかとても切なくなっていたのだが…。


「『怪盗KID』に『男好きの変態』になってもらえば済む話しだ」
「………はい?」


 新一から告げられた余りに意外な発言に途端に目を丸くする。


「し、新一君…。それはどう言う意味かな??」
「そのまんま」

 いや…そのまんまって言われても…ι


 すっかり困惑気味の快斗に、新一はご丁寧にしっかりと説明をしてやる。


「だから、『怪盗KIDに無理矢理口説かれて…無理矢理抱き締められて…無理矢理キスされた。』とか言えば何とかなるだろ」
「………新一…酷い…」


 真顔でさらりとそんな事を言ってくれる恋人に、快斗はもう泣き真似をする余力さえ残っていなかった。


「だって、間違ってねえだろ」
「うぅ……そ、それは…」


 確かに新一が「誰かに見つかったらどうするんだ!」と抵抗するのを思いっきり抱き締めて封じたりだとか…、「こんなとこですんじゃねえ!」とか言うのに無理矢理キスしたりはしたけど…。


「だからって『男好きの変態』はないでしょ!!」
「間違ってないだろ?」
「俺は新一が好きなの〜!!」

 断じて男が好きなわけじゃな〜い!!


 拳を握り締めて思いっきり叫ぶ快斗に新一は本日何度目かの溜め息をついた。


「まあ、その『KIDとの関係』ってのは問題ないとして…」
「新一〜!! 問題なくない!!」
「いいから話しを進めさせろ!!」


 新一の言い分に充分過ぎるほど異存がある快斗は何とかその話題に戻そうとするが、新一はさくさくと話しを進めてしまいたいらしい。


「俺とのKIDとの関係に勘付いているかもしれない、ってのはいいとして…どうして俺を攫いに来るんだ?」
「…新一…嫌がおうでも話しを進める気なのね…」
「当たり前だ」
「…いいけどさ…」


 すっかりいじけてしまった快斗をしり目に、新一はさくさくと自分の中で推理を勧めていく。


「『KIDとの関係をばらす』とか何とかの脅しなら解るんだが…どうして俺を攫う云々の話しになるんだ?」
「それは新一君が魅力的だからVv」
「快斗…お前隣に実験材料で提供されたいのか?」
「…スミマセンデシタ…」


 真面目に考えているところに横から茶々を入れられた新一はすこぶる不機嫌そうに、怖い事をさらっと言ってのけてくれた。
 その様子に流石の快斗も大人しくなる。


「で、どうして俺を攫う云々になるんだろう…」
「ん〜、『次の怪盗KIDの犯行日』ってとこがネックなんだよね」

 それ以外なら普通の誘拐、ってことになるんだけど…。

「俺を『怪盗KIDの犯行日』に攫うメリットってなんだ?」

 しかも予告までして…。

「…………新一…。俺すげえ嫌な予感するんだけど…」


 新一がそこまで言うと、快斗はいやに引き攣った顔でそう答えた。


「嫌な予感?」
「そう…多分当たってそうだからなお嫌なんだけどさ…」


 そう物凄く嫌そうに呟く快斗に新一は首を傾げるのだった。










「新一本当に来る気なの?」
「当たり前だ」


 今日はあの電話で指定された『KIDの次の犯行日』。

 何時ものように、工藤邸の客間(現快斗の自室)でKIDになる準備をしている快斗の傍らには珍しく新一の姿があった。
 普段、快斗の『KID』の領域には一切立ち入らない新一が今日に限って準備をしている快斗の側にいる。
 それは今まで一度もなかった光景。


「家に居た方が絶対安全なんだけどな…」
「しょうがねえだろ」


『次のKIDの犯行日に工藤新一を攫いに伺います。』なんて予告の電話のせいで『この事件はKIDと何か関係があるのでは!?』という捜査2課の勝手な解釈もあり、KIDの現場にご丁寧にもお呼び出しされてしまったのだから。


「まあ、その方がいざとなったら俺が守れるからいいんだけどね」
「うるせえ。そんな事に気回してへますんじゃねえぞ!」
「はいはい。解ってますって♪」


 ウインク付きで軽くそう返され、新一は溜め息をつく。

 どうも快斗は警察を非常に甘く見ている。
 その原因は当の警察の方にもあるのだが…。

 その油断が命取りになりかねない…と新一は常々思っているのだ。


「私を追い詰められるのは『平成のシャーロック・ホームズ』と称される貴方だけですよ、名探偵」


 新一の考えている事などとうにお見通しの快斗は口調をKIDのものに変えて、新一の前に跪き右手を取るとその甲に恭しく口付けた。


「だったら、警察になんか捕まるんじゃねえぞ」
「解っていますよ、愛しの名探偵」

 それよりも…。

 とKIDが言葉を切ったのを見て新一は苦笑する。

「俺がそんなに簡単に攫われる玉だと思うか?」
「いえ…そうは思いませんが…」

 もしかしたら、という可能性も捨てきれませんからね。


 そう言ったKIDは何時になく真剣な面持ちで、本当に自分の事を案じてくれているのだとはっきりと解ったのだが…。


「これは俺の問題だ。手は出すなよ?」
「…貴方に危険がない限りは」


 『探偵』としての彼の領域には手を出さない。
 それは新一が『KID』の領域には手を出さないのと同じ。

 あくまで『探偵』と『怪盗』の時は好敵手でいたいが為の誓い。

 ただし…それは彼の身に危険がない時限定で、だ。


「貴方に危害が及ぶような事があれば、手を出さないとはお約束できかねます」
「…わぁったよ」

 その代わりよっぽどじゃなきゃ許さねえからな。
 それに俺が関わるんだから、お前にそんな余裕がある訳ねえだろ。

「おやおや、手厳しいお言葉で」


 新一の実力を嫌というほど実感させられているKIDはそう言って苦笑した。

 確かに彼が関わるのなら油断は出来ないから。


「解ったらさっさと行けよ。もう時間もないんだろ?」
「ええ。それでは行って参りますよ愛しの名探偵」

 また現場でお会いしましょう。


 そう言うが早いか、KIDはポンっという音共に跡形もなくそこから消え去っていた。


「予告時間まであと2時間か」

 今日も楽しませてもらうぜ?怪盗KID…。


 小さくシニカルな笑みを浮かべ新一もその部屋を後にしたのだった。










「いいか!! 今日こそキッドを捕まえるぞー!!!」


 いつもの様に現場に響き渡る中森警部の声に、新一はうんざりとした様子で耳を傾けていた。

 彼のことは人格的には嫌いではない。
 しかし、戦力的に言えば自分一人で動いた方が効率が良い…のだが…。


「工藤君。今日もよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします中森警部」


 どうやら、何度か一緒に警備をするうちに気に入られてしまったようで最近では結構2課の方にも要請(KID限定だが)を受けたりしている。
 そのおかげで、すっかり信頼してもらってはいる…為に一人で動かせてもらえない(爆)


「で、工藤君キッドはどこから?」
「考えられる進入経路は三つ…」


 新一はそう言いながらパソコンのディスプレイに浮かぶ地図を指し示す。


「ふむ…地下と通風孔と正面か…」
「ええ、ですから警部は通風孔と正面を。僕は地下の警備に当たりますから」
「よし、解った。…しかし、君には確か誘拐予告が…」
「大丈夫ですよ。僕はそう簡単には捕まりません」

 もし捕まったとしても、犯人がここから逃げるのはまず不可能でしょう?
 これだけ警官が犇いているのだから何処よりも安全だと思いますが。

「ああ、そうだな。では頼んだよ」
「はい」


 本当は一人で全て進めてしまいたのだが、その辺は世渡り上手の名探偵。
 人を言葉巧みに丸め込んで思いのままに動かすのはお手のものである。

 ちなみにこの場合、KIDが地下から来る可能性が一番高かった事は言わずもがな。

 こうしてようやく一人になる自由を得た名探偵だったのだが…。


「工藤君。今日は僕もご一緒してよろしいですか?」


 地下へ続く階段へと歩いて行こうとしたところで、馴染みの声に呼びとめられる。
 後ろを振り向けば声から予想した通りの人物で…。


「今宵の貴方も星さえ霞んでしまうほどに美しい…」


 目の前の人物はご丁寧に、新一の眼前に跪き恭しく右手を持ち上げてそう告げる。


「……白馬。お前毎回そういう事言うのやめろって言ってるだろ」


 最初に会った時から何故かこうして女性のように丁重な扱いを受けているのだが…。


「大体、そういうのは好きな奴にやれよな」
「いえ…ですから僕は工藤君の事が…」
「ほら、さっさと行くぞ」
「あっ! 工藤君、待ってくださいよ〜!!」


 流石は恋愛事にはこと疎い名探偵。
 まったくもって白馬の想いは通じていなかったりする(爆)

 とにもかくにも、どうやら今日は白馬と一緒にKID確保をする羽目になった新一は仕方なく彼と連れ立って地下へ続く階段を降りて行く。


「そういえば工藤君…」
「何だ?」
「貴方に誘拐予告がされていると伺いましたが?」
「ああ。そうらしいな」


 まるで世間話をしているようにさらりと言ってのける新一に白馬は苦笑する。


「一人では危ないのではないですか?」
「別に危なかねえだろ。いざとなりゃ警官は山ほどいるんだし」

 てか、俺はそんなに易々と捕まる程柔じゃねえよ。

「そう…ですか…」


 笑いながらそう言う新一に白馬は心配そうにそう呟いた。


「心配すんなって。それに今はお前がいるだろ?」
「ええ、そうですね」


 新一のその言葉に白馬は表情を再び明るい物へと戻し、階段を降りて行く新一に着いていくのだった。








「さて、あと10分ですか」


 先代のKIDから受け継いだ見事な細工の施してある懐中時計を見ながら、KIDは一人呟く。

 ここは今夜の舞台の『東都博物館』の地下室へと続く地下通路。
 通風孔とは違う、KID独自が作り上げたいわば抜け道のようなものだ。

 その人一人がやっと通れるような場所を抜けて、ようやく展示室の地下室前へと辿り着く。


「…名探偵のことですから気づいていらっしゃるのでしょうね」

 私が地下から来るという事に。

「それにしても…奴が一体何時動く気なのか…」


 間違いなく、大阪府警に電話をしたのは奴だ。
 恐らくはあの『服部平次』をこちらに誘き寄せる為。

 あわよくば彼も利用しようと企んでいたのだろうが…。


「お隣りの実験材料に提供してしまいましたしね…」


 思わず今回の実験の内容を思い出し、顔が笑い出しかけるがその辺はポーカーフェイスが得意と自負するだけあって簡単には表情を崩さない。
 これで厄介な人物が一人減ったことは良かったのか悪かったのか。

 まあ、どちらにしろ相手にする人数が減ったにこしたことはない。


(それにしても、どうやって私の前から彼を攫うつもりなんでしょうね)


「さて…お手並み拝見と参りましょうか」


 犯行予告時刻まであと5分…。








「時間ぴったりだなKID」
「やはりいらっしゃいましたか、名探偵………と、白馬探偵」


 地下室から展示場へ進入しようとしたKIDの目の前には、名探偵『工藤新一』…と迷探偵『白馬探』の姿があった。


「今日こそは君に捕まってもらいますよ!」


 KIDに付け足しの様に言われたことにもめげず、きゃんきゃんと吠えている白馬を無視し新一とKIDは会話を進める。


「やっぱりここから来たか」
「ええ、貴方がこちらにいらっしゃると思いまして」
「ほぅ…で、ここをどうやって突破するつもりだ?」

 ここに出口は、俺の後ろにある上へと続く階段へのドアしかないんだぜ?


 余裕たっぷりにそう語る新一にKIDは苦笑してみせる。


「少々手荒な方法なのですがね…」
「手荒?」
「ええ、しかし…」

「KID!! 君を捕まえるのは僕ですよ!!」


 KIDの手荒な方法が告げられる前に、二人に無視される形になっていた白馬は声を荒げた。


「白馬探偵、悪い事は言いません。今日はやめておきなさい」

 その方が貴方のためですよ。


 そう言って睨み付けるKIDの視線に少しびくつきながらも、白馬は引く事をしない。


「甘いですね。今日の僕が何故工藤君と一緒に居るか君には…」
「大阪府警にあの電話をかけたのは貴方ですね、白馬探偵?」
「な、なんだよそれ! おい白馬ほんとなのか!?」


 KIDの発言に一番早く反応したのは新一だった。
 その真意を問いただそうと白馬に詰め寄る。


「な、何故解ったんですか…」


 が、KIDの発言に衝撃を受けた白馬は思わず犯行を認める発言を洩らしてしまった。
 ボイスチェンジャーも使った筈、と顔を引き攣らせながらそう呟いた白馬が己の失言に気付いたのは次の新一の言葉でだった。


「ほぉ…お前だったのか白馬」

 いい度胸してんじゃねえかよ…。


 新一さん、既に攻撃体制一歩手前(笑)


「ま、待ってください工藤君。これには訳が…」
「うるせえ! 誘拐予告に訳があろうがなかろうが関係ない!!」


 相当ご立腹の工藤新一氏。
 その右足が振り上げられると同時に…。


「っ………しまった……」


 強烈にこみ上げて来る眠気。
 白馬に気を取られているうちにKIDに催眠スプレーを使われたのだという事に気付いたのは、眠りの淵に引き込まれて行く寸前にKIDの腕の中へと包まれた時だった。


「い、何時の間にそれを!」
「さあ。マジシャンは手品のタネを明かさないものですからね」


 白馬は自分のポケットを確認し、そこに確かに入っていた筈の催眠スプレーがKIDの手に握られている事に冷や汗をかいた。


「まったく、こんな物で彼を攫う気だったんですか?」
「くっ…き、君達の関係は解ってるんですよ!」


 KIDに計画の全てを知られていると解ってしまった白馬は最後の砦を振りかざす。


「一体どんな関係だと言いたいのですか?」
「き、君達は…」
「私達は?」

『男好きの変態』『その被害者』だという事です!!」

「…………;」


 思いっきり叫ばれた白馬の発言にKIDは思いっきり肩を落としつつ、出掛ける前の新一とのやり取りを思い出していた。


(どうして私が日に二度も『男好きの変態』呼ばわりされなきゃいけないんですか…)


 名探偵はまだ良いとして、この目の前の迷探偵にまで…。


「どうしました? 反論出来なくて困っているんですか?」


 そんなKIDの様子に勝ち誇ったかの様にそう語りかけてくる白馬に、KIDは溜め息をついた。


「まったく…一体何処からそんな妄想がでてくるんですかね…」
「妄想じゃありません! 僕はしっかりとその現場を見たんですから!」
「現場?」
「そうです! 工藤君を無理矢理抱き締めている君をしっかりとこの目で見たんですから!!」
「…無理矢理とは心外ですね」

 抱き締めたところまで…という事はそれ以上は見ていられなかった訳ですか。
 まあ、それは…少しは当たってますけど…;

「無理矢理に決まってるでしょう! 工藤君が僕以外に抱き締められる事を望む訳ないじゃないですか!」

「…………」


 KID様再び沈黙(爆)


(誰がてめえ以外に抱き締められる事を望まないだぁ〜?・怒)


 心持ちはしっかりポーカーフェイス崩れてます(笑)


「白馬探偵。思い込みも大概にしておいた方がよろしいですよ」
「それは君の方でしょう?」

 それをしっかりと見せつけるための今回の犯行予告だったのですから!!


 そう熱弁をふるう白馬にKIDはやっぱりか、と内心怒りを通り越して呆れ気味だった。

 要はKIDに見せつけるための新一の誘拐予告。
 きっと白馬は自分が「一緒に来て欲しい」とでも言えば新一が一緒に愛の逃避行(笑)に来てくれると勝手に妄想していたのだろう。
 しかし、自信のなさが持っていた催眠スプレーに現れているのだが…。


「ええ、しっかり見せつけて頂きましたよ」

 貴方が蹴られそうになっている現場をしっかりとね。

「くっ…負け惜しみもそれぐらいに…」
「失礼、白馬探偵。貴方と遊んでいる時間はもうないのですよ」


 時計に目を落とせば犯行予告時間から10分も過ぎてしまっている。
 遊んでる場合じゃなかったな、と舌打ちしながらKIDはそう白馬に吐き捨てる。


「き、君を素直に行かせると思って…」
「いないからこれを用意してきたんですよ」


 そう言ってKIDの右手から現れたのは小型のスタンガン。
 ただし、小型といってもKIDの手が加えられているので威力は通常のものの6割増し(爆)

 なんたって今回はこの誘拐犯(もどき)に制裁を加えてやらなければ、と思っていたのだから。


「き、KIDは人に怪我をさせないはず…」
「誘拐犯に手加減は無用でしょう?」

 もっともその誘拐犯にすらなれませんでしたがね、貴方は。


 そう言った瞬間、KIDが手にしていたスタンガンは白馬の身体へとあてられた。


 ――――――バチッ!!


 小気味好い音(笑)と共に自分の方へ倒れこんできた白馬をKIDは思いっきり蹴り捨てた(酷)


「まったく、これぐらい避けれないでどうするんですかね…」


 恐らく自分の腕の中にいるこの名探偵なら避けられただろうなぁ、等と考えながらそっと腕の中を覗きこむ。
 そこには穏やかな寝息を立てている彼の姿があった。


「貴方は私のものですからね」


 寝ているのをいい事にそっと自分の唇を彼のそれに重ねる。

 羽根が触れる程度のキス。
 寝ている彼が少し微笑んだように見えたのは、自分の心が見せた幻だろうか?


「さて、それではお仕事をしてきますか」

 早く貴方を連れて帰りたいですしね。


 そんな囁きと共に、KIDは地下室の出口のドアへと向かうのだった。










 その一時間後…。


「…で、どういう事なんだよ」


 工藤邸のリビングでKIDは名探偵の厳しい尋問にあっていた(笑)


「いえ…それは…」
「何でお前があの電話は白馬からだって知ってたんだ?」


 勝手に眠らされて、あまつさえその自分を抱きかかえた状態でKIDに犯行を行われてしまった新一さん。
 今回かなりご立腹のご様子。


「彼は常々貴方と私の関係を疑っていたようですから…」

(『男好きの変態』と『その被害者』だという関係だとね…)


 本当の所は敢えて伏せておく。
 でないと「やっぱりそう見えるだろ?」などと目の前のこの人は言い出しかねないからι


「そうなのか?」


 そのKIDの言葉を聞いた瞬間に先程までご立腹だった新一の表情が一変した。
 心配そうにKIDを除きこんでくる新一の瞳にKIDは内心苦笑する。


(あんな風におっしゃっていたのに、やはり心配して下さっていたんですね)


 いざとなったら『男好きの変態』にすればいいとまで言っていた彼だけど。
 本当は凄く心配してくれているのを知っているから。


「大丈夫ですよ。それに彼も今回の事で懲りたでしょうから」


 彼を安心させるために微笑みながら告げる。


「そう言えば、お前俺が寝てる間に白馬に何したんだ?」


 どうやら新一はそれまで忘れ去っていた白馬の事をKIDの一言で思い出したらしい。


「それは秘密ですよ」


 そう言って笑みを深くしたKIDの様子に新一はやれやれ、と溜め息をつく。


「まあ、あいつの場合今回は自業自得だから当然かもな」
「名探偵を攫おうとした報いはきちんと受けて頂きましょうね♪」


 そう言って笑うKIDに新一も同意を示したのだった。










 怪盗KIDの逃走後、地下から白馬がロープで縛られた姿で発見された。

 しかもご丁寧に、


 『中森警部へ

  今回の誘拐予告はこの方によるものですよ。


                          怪盗KID』

 と書かれたカード付きで発見された。

 捜査の末、結局犯行がばれ相当お灸を据えられた白馬はそれから相当大人しくなったとか…。











end.


無駄に長く、そしてお題が消化できてねえ…(爆死)
んで、白馬の扱いのが今回酷くなってるし…(オイ)←鳥よりは上じゃなかったのか?
雪花姉…勘弁して下さい…(逃)

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