ふと目に入ったその赤い十字架が

 皮肉のように思えて、口元を歪めながらそっとそこへと降り立った








church







「…開いている筈ないですよね」


 荘厳な扉を押して、開かない事を確認して。
 罰当たりにもその鍵を自力で開けてしまう。

 だって今更神を恐れずとも、もう罪に落ちている身だから関係ないと。






「……これはまた随分と…」


 埃っぽい、そう溜め息を吐く。
 使われていないのがありありと解かってしまう程、歩けば靴の形が残ってしまう程に埃が積もり積もっている。


「まったく…嘗ては神に祈りを捧げていた場所だというのに…」


 どうしてこうも放っておけるのか。
 壊すなり、移築するなりどうとでも対処法はあるだろうに。

 足音を消す必要性もないからカツカツと音を立てながら真っ直ぐに祭壇へと歩く。

 両脇に備え付けられている長椅子は所々壊れている所もあって。
 一見すれば廃屋のようにも見える。

 まあそれは間違ってはいないのだが。


「…貴方も見捨てられたのですか?」


 祭壇の前に行き着いて、そこに備え付けられている神の子に尋ねる。

 人々の祈る姿を見続けてきた彼。
 けれどその祈りを捧げた者達はもう此処には居ない。

 何処か別の教会に移ったのか。
 それとも祈る事を忘れてしまったのか。

 それは解らないけれど、今現在此処に祈りに来るものが居ないのは事実。


「………人間なんて身勝手な生き物ですからね」


 貴方も苦労しますね、と勝手に語りかけて。
 けれどその問いにすらその偶像は笑みを投げかけて来ているような奇妙な感覚に陥る。


「…そうでした。貴方はそんな愚かな人間の贖罪の為に十字架に掛けられたんでしたね」

 もう愚かな人間の姿は見飽きる程見て来たのですね。


 それでも人を愛せるのなら確かに神の子なのかもしれないと、勝手にそう思って。
 改めてその偶像を見詰める。


「………こんな罪に濡れた身でも貴方は…」


 言いかけて、その後に言わんとしてしまった言葉に苦笑する。

 今更何に救いを求めようというのか。
 今更何に縋ろうというのか。

 信じてもいない神に。



「後悔はしませんよ」



 宣戦布告かのようにそう言い放って。
 口元に何時もの笑みを浮かべる。

 それは『怪盗KID』には必要不可欠なもの。


「例えこの身が地獄に落ちようとも…」


 止められないし辞めるつもりもない。

 罪に濡れた白い衣が赤く染め上げられるのもきっと時間の問題。
 ボレー彗星が地球に最も近付くまで残された時間は後僅か。
 追っ手との攻防も日増しに激しいものになっている。
 今日も幾つもの弾が身体を掠った。

 けれど辞めるつもりはない。

 例えこの身が朽ち果てても奴らに『永遠』は渡さない。


「けれど…」


 もしも万が一…自分の願いが神に届くのだとしたら…。


「彼はまだ連れて行かないで下さいね?」


 蒼い蒼い綺麗な瞳を持った彼。
 何時も無理ばかり、無茶ばかりしている彼。

 はっきり言って自分よりも危険な位置にあるのかもしれない。

 だって彼の頭脳は確かに今の彼の物だけれど、身体はそうではない子供。
 だからこそ必要のない苦労も、必要のない危険も彼の身に襲い掛かる。


「貴方は綺麗な者…才能ある者が好きですから…」


 何時だって才能ある者綺麗な者達は神に愛されてしまう。
 そして惜しまれながらその短過ぎる人生に幕を下ろすから。

 けれど彼は…彼だけは…。


「私が代わりになりますから…」


 もっとも、罪深き私では代わりにはなれないでしょうがね。
 内心で苦笑をして、神の子に背を向ける。

 KIDの出て行った教会の中に残るのは深夜の静寂と、全てを見詰め続ける神の子の偶像。




 深夜の教会で白き罪人が願うのは、自身の安全でもなく、悲願の達成でもなく…。


 ―――彼が何時も健やかであれますように。








END.


良い人程、大切な人程自分よりも早く召されてしまいます。
代わりになれるものならなりたい。

ちなみに何故赤い十字架なのかと言うと、うちの近くにある教会の十字架が夜赤くぼやーっと光るから。
ちょっと不気味(爆)

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