素知らぬ振りをして歩く

 足を止める事もなく
 視線をソレから逸らして

 ソレが普通
 ソレが通常

 その光景の中で
 一つの異常を発見した









子猫










 道端にソレは居た。
 皆見て見ぬ振りをして、直ぐ横を通り過ぎて行く。

 アレは誰が処理する事になるのだろう。
 役所か近くの住人か。

 そんな事を考えながら少し離れた場所からその冷たい光景を眺めていた時、不意にソレを抱き上げる人の姿があった。

 生きていた時なら誰かがそうしたかもしれない様に、そっと優しく。
 服が汚れるのさえ厭わずに、そっと腕で包み込む。
 その腕の中で漸くソレは子猫の姿に戻った様に見えた。






























「いい加減出てきたらどうだ?」


 言われた言葉に苦笑して、怪盗は物陰から姿を現した。
 尤も、その姿は当然いつもの白い姿ではなく、ジーパンに黒のロンTという極々普通の格好。
 それでも、探偵が怪盗を見間違える筈はなかった。


「いつから気付いてた?」
「さあな」


 言われた言葉にまた一つ苦笑が漏れる。
 この分だときっと最初から気付かれていたのかもしれない。


「見てるぐらいなら手伝えよ」
「随分お優しいんだな、名探偵は。自分の家の庭に埋めてやるなんて」
「他に埋められる場所なんてこの辺にねえだろうが」
「それもそうだけどね」


 言いながら、渡されたのは小さなシャベル。
 少しだけ肩を竦めて見せればじろっと睨まれたので、仕方なく探偵の隣にしゃがみこみ、探偵が地面に開けた小さな穴を少しずつ大きくしていく。
 その地面の底をじっと横で見詰める探偵に興味が湧いて、怪盗は訊ねてみた。


「何でこんな事すんの?」
「は?」
「いや、だってこんな事名探偵がする必要ねえだろ?」


 素知らぬ振りでその場を通り過ぎたその他大勢の様に。
 見て見ぬ振りをして何もなかった様に。

 彼もそうしたら良かったと思うのに…。


「しょうがねえだろ。見付けちまったんだから」
「そのままにしとけば良かったのに」
「…見なかった事には出来ねえよ」
「…名探偵らしいね」


 そんな事からも目を逸らせない。
 その真っ直ぐさが眩しいと思うと同時に、本人にとっては大層疎ましいだろうとも思う。

 ああ、本当に――――不器用で、優しい人だ。


「…俺、らしい……のか?」
「うん。名探偵らしいよ」
「…そっか。お前が言うならそうなんだろうな…」


 そっと腕の中の子猫の頭を優しく撫でながらそう言う探偵の言葉が怪盗には酷く心地良かった。
 だから、それ以上何かを言うこともせずただ黙々と穴を掘る。
 彼と同じ場所を見つめている、それだけで酷く落ち着く気がした。

 自分でも馬鹿みたいだと思う。
 怪盗である自分が、探偵の隣が落ち着くなんて。


「もうそのぐらいでいいだろ」


 言われた言葉に、惜しいと思いながら穴を掘る手を止める。
 その真っ暗な穴の中に、探偵がそっと子猫を横たえる。
 探偵の手の中では確かに子猫だったソレがまた無機質な何かに変わってしまった様に怪盗の目には映った。
 その上に、探偵は自分の手が汚れるのも厭わずに、そっと土をかける。
 決して乱暴ではなく、労わる様な優しさで。
 だから怪盗もそれに倣って、シャベルではなく手で土を重ねていく。


「お前、どっから見てたんだよ」
「え?」
「どっから見てたのかって聞いてんだ」
「…名探偵が通る前から」
「ふーん…」
「何? 冷たいとか言うつもり?」


 存在に気付いていて尚、それをどうするでもなくただ見つめていた。
 そう言われても仕方ないと自嘲気味に怪盗がそう言えば、ふっ…と小さく笑われた。


「バーロ。その逆だ」
「逆?」
「お前こそそのまま見なかった事にすりゃ良かったのに、出来なかったんだろ?」
「それは…」
「優しいよ。お前が何を言おうと俺はそう思ってる」
「名探偵…」
「さて、もうこのぐらいでいいだろ」


 小さな山が出来た頃、そう言って探偵は静かに手を合わせた。
 それに倣い、怪盗もその横で手を合わせ静かに目を閉じる。
 探偵が腰を上げたのと同時に怪盗も腰を上げ、手を払った。


「んじゃ、名探偵…お疲れ様」
「ちょっと待てよ」
「ん?」
「手ぐらい洗ってけよ」
「え…?」
「それから、珈琲ぐらいは淹れてやるよ」
「……いいのかよ、探偵が怪盗を家に入れても」
「怪盗なんて居ないだろ。今俺の目の前に居るのは、俺と同じ歳ぐらいのただの一般人だよ」


 言われた言葉に怪盗は一瞬呆けて、そしてククッと笑った。


「ったく、お前ホントに面白いな」
「るせー。おめーに言われたくねえよ」
「そりゃそうか」


 もう一度小さく笑って、怪盗はまだ残っていた手の土を更に払った。


「じゃ、お言葉に甘えてお邪魔させてもらうかな」
「ああ」


 靴を脱いで、庭側の窓からお邪魔する。
 玄関から入るよりよっぽど自分らしいとは思うが、それでも不法侵入じゃない辺り、やっぱり怪盗らしくはないのかもしれない。

 前を歩く探偵の後ろに付いて、洗面所に入った。
 二つ並んだ大理石のそれに、流石だと思う。


「流石お金持ち。大理石の洗面台が並んで二つ、ね」
「朝その方が便利だろ」
「まあ、そうだけど…」


 横に並んで手を洗っている探偵の手を怪盗はこっそり盗み見る。
 真っ白な泡が水で流され、真っ白になった手が現れる。
 まるで、しらう……いや、アレで表現するのは止めよう。
 兎に角、女の子も引け目を感じてしまいそうな程綺麗な手を横目に見ていれば、逆に探偵が自分の手を見詰めているのに気付いた。


「何?」
「いや…」
「何だよ。言いたいことあるなら言えば?」
「…手」
「ん?」
「綺麗だと思ってな」


 タオルで手を拭きながらそんな事を言って下さった探偵に怪盗は一瞬呆けて、しぱしぱと瞬きを何度かして、自分の手を見詰めた。
 マジシャンを志しているから、確かに手入れはしている。
 なるべく丁寧に扱う様には心がけているが、それでもやはり探偵の手には敵わないと思う。
 それでも、そう言われて悪い気はしない。


「ありがとう。でも、名探偵の方が綺麗な手してるけどね」
「バーロ。ヤローの手なんか褒めてどうすんだ」
「いや、名探偵…。俺の褒めてたじゃん…;」
「あ、そうか。まあ、……いいじゃねえか…」
「………ι」


 この人、思ったよりももしかしたらずっと天然なのかもしれない…。

 照れ隠しの様にそっぽを向いた探偵に、怪盗の中の探偵のイメージがちょっとだけ変わる。
 どっちかとうと、そういうのからは結構無縁で、もっと狡猾で抜け目がない様な気がしていたのに…。


(まあでも、あれかね…。事件に関わると人格変わる、ってやつ…?)


 そんな風に内心で勝手に納得して、怪盗もタオルで手を拭く。
 拭き終わるまでご丁寧に待っていて下さった探偵に伴われて、リビングへ入ると、ソファーを勧められる。


「今淹れてくるからちょっと待っててくれ」
「ねえ、名探偵」
「ん?」
「俺は怪盗だよ。そんなに簡単に目、離していいの?」


 剣呑を含んだ目を向ける怪盗に、探偵は呆れた様に溜息を吐いた。


「あのな、おめーはビックジュエル専門なんだろ? うちにはそんなもんねーよ」
「分かんないよ? それ以外のモノを狙うかもしれない。なんたって探偵の家だ。俺に必要な何かがあるかもしれない」
「あー…かもな。だったら適当に持ってけよ」
「………は?」


 言われた意味が分からず、思わず素の状態で聞き返せば、面倒そうに探偵は次々と情報をくれる。


「事件のファイルは書斎。宝石類は母さんの部屋。あ、でも結構向こうに持ってってるから多分ろくなの残ってねえけど。
 後は、昔のキッドのファイルは他の事件ファイルとは別に父さんの部屋にあるよ。それから……」
「いや、待て待て待て!! 何でナチュラルにんな事俺に教えてんだよ! お前は!!」


 頭が痛くなる。
 この目の前の生き物は一体何だ?

 慌てて怪盗が静止をかければ、ことんと可愛らしく首を傾げられた。


「何でって、必要な何かがあるかもしれないんだろ?」
「いや、あるかもしれないけど…何でお前がそれを俺にわざわざ教えんだよ…ι」
「お前の事だから、事件のファイルは見たらきっと覚えてファイル自体は返してくれるだろ?」
「そりゃ…返すけど……」
「それに、お前が狙ってんのはビッグジュエル。母さんのこっちに残してる宝石じゃ、それに値するモノはない」
「そ、そう…」
「うちにあるのはそんなもんだよ。お前が探してるもんはねえよ」
「探してるって…」


 言われてから、ビクッとした。
 探し物をしているなんてどうして…。


「月に翳してるのを見たよ」
「!?」
「悪いな。声掛けるのも躊躇うぐらい、切羽詰まった顔してた」
「………」
「なあ、キッド」
「何だよ…」
「おめーに必要なもんなら、多分俺の部屋にあるよ」
「え…?」
「パソコン、立ち上げろよ。お前がパスワードだ。じゃあ、俺は珈琲淹れてくるからゆっくり見てこい」
「………は? って、おい、名探偵!」


 言われた言葉の意味が分からず、その問いを尋ねようにも言った本人は、珈琲を淹れるべくキッチンに行ってしまって。
 どうしたらいいか分からず途方に暮れてしまう。

 罠、かもしれない…。
 そう言ってパソコンにでも触れさせて、指紋でも…。


「あ…」


 そこまで考えて、思い出す。
 考えてみれば、ここまででもう既に自分の指紋が残っているだろう。
 今日はこんな予定ではなかったから、指紋を消すような細工はしていない。


「俺、軽率過ぎ…」


 はぁ…と溜息が漏れる。
 どうもあの探偵相手だと調子が狂ってしかたない。


「もういいか…。どうせ調子狂ってんだし…」


 諦める様にそう呟いて、怪盗は言われた通り、探偵の部屋に向かうことにした。
 立ち上がって、ちらっとキッチンの方を窺う。
 珈琲好きな名探偵がまさかインスタントで済ませる筈がないから、少し時間はかかるだろう。
 それならば、お言葉通りにゆっくりするとしよう。

 廊下に出て、階段を上る。
 上り切って、部屋数の多さに苦笑する。


「流石は世界的推理小説作家と、元大女優のお宅だねぇ…」


 一個一個確認してもいいが、流石にそんな面倒な事はしない。
 ある程度掃除は入れているだろうが、二、三日掃除をしないだけで、僅かに埃は積るものだ。
 だとすれば、微かに部屋のドアの前に埃が積もっている部屋は除外。
 あの事件事件の探偵が、自分の部屋とリビングと、キッチンと書斎以外を使うことは考え辛い。

 それだけ考えたら、答えの部屋は一つだけだった。
 ドアを開け、自分の推理の正しさに口の端が上がる。

 そして、机の上にあるパソコンに目が止まる。


「これ、か……」


 罠だろうか。
 そう思って、きょろきょろと部屋を見渡す。
 隠しカメラなり、盗聴器なり、しかけてあってもおかしくはない。
 けれど、あの探偵がそんな面倒な事をするだろうか…?
 いつだって正面突破で追いかけてくるあの名探偵がそんな姑息な真似をする気はしなかった。

 だから怪盗は素直にパソコンを立ち上げる。

 パソコンのデスクトップにあったフォルダに目が止まる。
 『0401』とタイトルのあるフォルダ。
 ……まさか、とは思ったが、それをクリックしてみれば、パスワード入力の画面が現れた。


『パソコン、立ち上げろよ。お前がパスワードだ。じゃあ、俺は珈琲淹れてくるからゆっくり見てこい』


 言われた言葉を思い出し、苦笑する。
 まさかとは思ったが、考え付いたパスワードを入力してみる。



【Kid the Phantom thief】



 期待などせず入れたそのパスワードで、見事にフォルダーが開く。
 その内容に思わず絶句した。


「名探偵…。お前、何考えてんだよ…」


 そこに入っていたのは、世界各国にあるビックジュエルの情報。
 更には表に出てこないようなモノの情報まである。
 怪盗ですら、把握していないモノの情報まで……。


「………」


 何とも言えない感情を抱えたまま、それでもその一つ一つのファイルに目を通し、きちんと頭に入れていく。
 理由はどうあれ、自分には有益な情報だ。
 見ておくに越したことはない。
 探偵がコレをわざわざ自分に見せる理由は分からずとも。


「ふぅ…」


 全てを頭に叩き込んで、怪盗はパソコンの電源を落とした。
 酷く集中して記憶していたので、流石に目が疲れた。
 目頭を押さえ、椅子によりかかると小さく溜息を吐いた。


(ったく、何てモノを……)


 正攻法ではこの情報量は無理だ。
 中には相当危ない橋を渡らなければ手に入れられないであろうモノすら。
 一体何だってこんなモノを探偵が持っているのか分からない。


 考えても見つかることのない答えを探す事を潔く放棄して、怪盗は立ち上がると、リビングへと降りて行った。






























「丁度良かった。今淹れたとこだから」
「………」


 汚れた上着を脱いでラフにシャツのままナチュラルにソファーに座り、自分の分の珈琲に口を付けている探偵に、何だかガックリと肩の力が抜ける。
 それでも折角淹れてもらった珈琲が冷めるのは気が引けたので、探偵の横に腰を下ろし、口を付けた。


「苦い…」
「………お前、珈琲駄目なのか?」
「ミルクと砂糖が欲しい」
「……しょうがねえな」


 呆れた様にそう言った探偵が、カップをテーブルへと置くと、キッチンから砂糖とミルクを持ってきてくれる。
 砂糖を三杯入れた所で、不機嫌そうに静止の声がかかった。


「入れ過ぎだ」
「苦いんだよ…」
「せいぜいその位にしとけ」
「えー…」
「えー、じゃねえよ。イメージ崩れるだろうが。怪盗キッドが甘党なんて」
「そう?」
「ああ」
「分かった。じゃあ、三杯で止めとく…」


 渋々砂糖をそれ以上入れるのを止め、代わりにミルクをギリギリまで入れれば、探偵に睨まれた。


「……なあ、…」
「ん?」
「それ、何て言うか知ってるか?」
「?」
「もうそれは珈琲じゃねえ。カフェ・オ・レもどきだ」
「カフェオレ扱い…しかももどきって…ι」


 いや、確かに言いたい事は分かる。
 正確にはカフェオレとも呼べないから、もどきなのは分かる。

 が、あんまりな言われ方じゃないだろうか。


「…知らなかったよ。怪盗キッドがブラックで珈琲も飲めねえなんて」
「いいだろ。個人の嗜好は様々だ」
「まさかホントに『お子様』だったとはな」


 からかう様にそう言われて、怪盗がムッとする。

「るせーよ。悪かったな。『お子様』で」
「ったく、それなら紅茶にしてくれとでも言えば良かっただろうが」
「紅茶でも、砂糖もミルクもそんなに入れる量変わんないけど?」
「………」


 言葉を失った探偵が、諦めた様に自分の珈琲に口を付けたのを見て、怪盗も自分のカップに口を付けた。
 こっちから言わせて貰えば、こんな苦い物体をブラックで飲める方がどうかしている。


「で、名探偵」
「ん?」
「何であんなもん俺に見せたの?」
「必要だろ?」


 まるで宿題を写させてやった位の軽さでそう仰って下さった探偵を、怪盗は鋭い目で見つめる。
 けれど、それをのほほんとかわして、探偵はもう一口珈琲を飲むとカップを置いた。

「お前が何か探してるみたいだったからな。それで見せただけだ」
「…何で名探偵が怪盗に協力してくれる訳?」
「礼だよ」
「礼…?」
「埋めるの、手伝ってくれただろ?」
「………」
「だから、その礼だよ」
「………お前、馬鹿?」


 さらりと何の気なしに言われた言葉に、怪盗は思わずそう返していた。
 あんな情報を怪盗に見せたのが、子猫一匹一緒に埋めてやった礼だと…?
 人をおちょくるにも程がある。


「もうちょっと上手い言い訳は考えられねえのかよ」
「言い訳…?」
「そうだよ。たかが子猫一匹一緒に埋めてやった奴にあんな情報見せんのかよ」
「…駄目なのか?」
「いや、駄目なのかって……」


 真っ直ぐにこっちらを見詰めて、ことりと首を傾げられる。
 その瞳は、純粋に不思議そうに怪盗を見詰めるばかりで、何かを企んでいる様な彩は見えない。

 それに余計に怪盗はガックリと肩を落とした。


「……駄目だ。お前と話してると、調子狂う…」


 これは、罠ではない。
 しかも、この探偵は人をおちょくっている訳でもない。

 この瞳は……余りにも純粋だ。


「…分かった。百歩譲ってお前が猫を埋めてやった礼であれを見せてくれたんだとして…どうしてあんなもん集めてたんだよ」


 偶然手に入れたモノでは決してない。
 アレは意図を持って、そしてかなり危ない橋を渡って、漸く手に入る類のモノだ。

 だとしたらどうしてそんなモノ探偵が―――。


「お前の死ぬとこを見たくなかったから」
「……は?」
「だから、お前が死ぬとこを見たくなかったんだ」


 ふぅ…と一つ息を吐いた探偵が、傍らの怪盗から視線を自分の前方へと移して、腕を組んでそう言う。
 そう言われたって、怪盗としては探偵にそんな事を言われる所以がない。


「何でお前がそんな事思う必要があんだよ」
「お前との鬼ごっこは結構面白かったから」
「……理由はそれだけか?」
「他に何か要るのか?」
「………」


 きっと何一つこの探偵は嘘は言っていない。
 それがありありと分かって、怪盗は頭痛を覚えた。

 この『名探偵』という生き物は本当に『謎』を求め生きているらしい。

 その中で恐らく自分は結構彼を楽しませてきたのだろう。
 だから、きっと彼の中ではこれは怪盗に対する順当な対価なのだろう。


「…やっぱりお前、馬鹿だ。この推理馬鹿。推理ヲタク」
「お前な…情報やった俺にそんな事言うのかよ」
「事実だろ。たかだかあんな鬼ごっこと、子猫埋めた礼がアレって…」


 絶対に、釣り合わない。
 全く持って、釣り合わない。

 片方の天秤にこれでもかという程、何かを積んで嵩増ししたみたいな気がする。
 それが…探偵にはきっと『謎』という重りなんだろうけれど。


「いいだろ。それに…」
「それに…?」


 徐に、探偵は言葉を切る。
 らしくないその様子に怪盗が首を傾げれば、探偵は酷く真面目な顔を怪盗へ向けた。


「お前の墓穴掘るのなんて俺はごめんだ」
「え…?」
「だから、さっさと探しもん見付けて、怪盗なんてやめて、……俺専属の暗号職人にでもなれよ」
「………」


 もうなんか、頭痛とかそんなレベルじゃなかった。
 ……怪盗に、なんつーオファーをなさるんだろうか、この大馬鹿推理之介は…。


「ホント、お前……馬鹿だ……」
「おめー程じゃねえよ」
「専属の暗号職人ってなぁ…」
「ギャラは弾むぜ?」
「そういう問題じゃねえよ…;」


 そりゃ、これだけのお金持ちの坊ちゃんだ。
 ギャラは弾んでくれるだろう……って、違う、問題はそこじゃない。


「探偵が、怪盗見逃す訳?」
「見逃してねえだろうが」
「情報わざわざ渡した癖に?」
「俺が直接渡した訳じゃねえ。お前が勝手に見ただけだ」
「………」


 ああ言えばこう言う。
 あれだけヒント…いや、もう直接的な事を言っておいてどの面下げて『勝手に見た』なんて言うんだろうか、コイツは。

 本当に全く…。


「わあったよ。俺が勝手に見ました、俺が」
「ん…」


 満足そうにこくんと小さく頷かれて、溜息が漏れる。
 駄目だ…本気で頭痛がしてきた。


「…名探偵」
「何だ?」
「お前が馬鹿なのはよく分かった。有難く、礼は頂いとく」
「ん…」


 再度満足そうに頷いた探偵を怪盗はちらっと一瞥して、ソファーから立ち上がった。


「じゃあ、今度こそ帰るよ。珈琲ごっそーさん」
「カフェ・オ・レもどき、な」
「はいはい。じゃあ……またな」
「ああ…。またな…」


 探偵と怪盗が『またな』なんて…何て馬鹿な挨拶だろう。
 でもそれも悪くないと、探偵に背を向けて怪盗はクスッと笑う。

 そう、悪くない。

 らしくなく子猫の墓を作ってやったり。
 思いっきり調子を狂わされたり。
 あんなに馬鹿みたいに苦い飲み物を飲むのも。



 ―――名探偵限定なら悪くない気がした。













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