『快斗の母さんって口煩い方か?』


 思えばこの一言がきっかけだったのかもしれない。










世話焼き










「新一〜お弁当持った?」
「…持った」
「ハンカチは?」
「……………持った」
「ふでばこ……」

「うるせえ! 小学生じゃねえんだ。んなもん言われなくても持ってる!!」


(まったく…朝っぱらからこのバカップルは……)


 工藤邸の前で毎朝繰り広げられる光景に哀は溜め息を吐いた。


「あ、哀ちゃんおはよう♪」


 そんな哀に気付いた快斗は後ろから仕掛けられた新一の肘打ちを軽やかにかわし、にこやかに挨拶した。


「ちっ…避けやがって…。あ、おはよう灰原」


 そんな快斗に思いっきり舌打ちすると新一もにこやかに哀に挨拶する。


「おはよう。仲が良いのは構わないけど早くしないと遅刻するわよ」
「げっ…もうそんな時間!? じゃあ、二人とも気を付けて。新一くれぐれも危ない事しないように…」
「いいから早く行け!」


 新一に軽く蹴り出されるようにして、快斗は渋々走り出す。
 が、時計を確認して時間が相当無い事を確認したのか次の瞬間には恐ろしい速さでそこから居なくなった。


「相変わらずの足の速さね…」
「足が速いのは職業病みたいなもんだろ」


 快斗が聞いたら思いっきり肩を落としそうな会話をしながら哀と新一も学校へ向かい歩き始めた。

 一人方向の違う快斗とは違い、二人の通学路は哀の通う小学校までは同じ道だ。
 加えて、家から学校までが近い為に二人の歩調はゆっくりとしたものになる。


「それにしてもまるで母親の様ね」

 いえ、その辺の母親より酷いかしら?

「ん?」
「黒羽君の事よ」
「ああ、確かに」
「鬱陶しくないの?」


 私だったら3日と耐えられないわ、と哀は冷めた口調で付け加えた。


「確かに鬱陶しいけど、あれは俺のせいだからしょうがねえんだよ」
「貴方のせい?」


 訝しげに眉を寄せ哀は隣を歩く新一を見上げた。


「そう、俺の一言がきっかけなんだよ」


 新一は何処か遠くを見ながら穏やかにそう呟いた。










『快斗の母さんって口煩い方か?』


 あれは快斗がうちに居着いてから二ヶ月ぐらい過ぎた頃。
 ふと、そんな事を尋ねた事があった。


『う〜ん…まあ普通じゃないかなあ…』


 少し考えた快斗の口から出た答えはYesでもNoでもなかった。


『お前普通ってな…無駄にIQあるんだからもうちょっとましな返答は出来ないのか?』
『新一! 無駄にってなに! 無駄にって!!』


 そう言ってむくれる快斗に新一は冷静にさらに爆弾を投下する。


『無駄は無駄だろ』
『新一君酷い…。無駄じゃないもん…』
『だったらもう少しまともな返答をしてみろ』


 快斗はいじけつつもその高すぎるIQが無駄でない事を証明する為(?)に考えつつ口を開いた。


『まあ、「家の手伝いしなさい」とか、俺の嫌いなアレ食えとかは言うけど…』


 自分で言って例のアレを思い出したのか途端に快斗の顔色が悪くなる。


『そうか…普通はそんなもんなんだよな…』


 そんな快斗を放っぽって、そう一人納得した新一を快斗は強引に自分に引き寄せる。


『新一君は何で突然そんな質問をしてきたのかな?』


 かるく額に口付けながらからかうように切り返す。


『いや、クラスの奴がさ親が口煩いって嘆いてたから』
『成る程ね。で、そういう新一のお母さんはどうなの?』
『うちか? うちは……』


 そう言いながら新一は自分の記憶を手繰り寄せる。


(うちの場合は………)


『俺が言ってたな…』
『え…………?』


 新一の答えが余りに意外だったのか、快斗のポーカーフェイスは面白い程あっけなく崩れた。


『新一が言ってたって……』
『うちの母さんが普通じゃないのは快斗も知ってるだろ?』
『うん…まあ…』


 夫婦喧嘩の度に海外から海を越えてやってくる母親と、それを迎えに来る父親を何度か目の当たりにしている快斗は少し複雑そうに苦笑してそう答えた。


『母さんあの性格だからな…よく物、忘れたりすんだよ…』


 溜め息を吐く新一に


『なんか凄く解る気がする……』


 と、快斗も苦笑いを浮かべる。


『だから言った記憶はあっても、あんまそういうの言われた記憶はないんだよな』


 そう呟く新一を快斗は優しく抱きしめる。


『で、新ちゃんはそれが寂しかった訳だ』


 新一の綺麗な髪を梳きながら快斗は柔らかく微笑む。


『別に寂しかった訳じゃ…』


 そんな見透かしたような快斗の言葉に居心地が悪くなった新一は抱きしめられている方の手を外そうとする。


『嘘だね。俺にそんな強がりが通用すると思ってる?』


 快斗君も舐められたもんだね〜、と言って易々と新一の腕を閉じ込めると耳元で甘く囁いた。


『それなら俺が代わりに口煩くなってあげるよ…』










「それであんなに煩くなった訳ね」


 まったく、朝からとんだ惚気を聞かされたもんだわ。


「まあ、そんなとこだな」


 さも嫌そうに呟いた哀に、新一はそっけない言葉とは裏腹に幸せそうに微笑んだ。


「まったく、朝からあんまり惚気ないでくれるかしら?」

 それでなくても毎朝毎朝あてられっぱなしだっていうのに…。

「たまには…な」
「黒羽君に言ってあげればいいのに」

 彼きっと号泣して喜ぶわよ?

「これ以上調子に乗られても困るからな」

 ここだけの秘密だぜ?


 そう言って笑みを深くする新一に哀もまた微笑んだ。


(貴方達は本当に今幸せなのね…)


 散々辛い目にあってきた貴方達だもの。もう幸せになっても良い筈…。


「このまま続けば良いわね」
「ああ、そうだな」


 皆まで言わなくてもお互いに言いたい事は通じていた。

 このままの日々が続いて行けばいい。
 5年後も…10年後もずっと…。


「おい、灰原。お迎えがきてるぜ?」


 新一の視線の先を見れば、少年探偵団の面子が手招きをして『早く早く』と言っているのが見えた。


「じゃあ行ってくるわ。貴方も気を付けてね」

 ただでさえ事件体質なのだから。

「ああ、解ってるよ」


 そのまま新一は哀が学校へ入って行くのを見送る。

 彼女にも笑顔が増えたな、とふと思う。
 そして自分にも。
 これもあいつのお陰かな、と一人ほくそ笑んだ。

 あいつが家に居着く様になってから自分にも彼女には笑顔が増えた。
 口煩くて、寂しがりで、独占欲は人一倍強いあいつを俺も彼女も気に入ってしまっているのだから。


(これからもこんな風に過ぎて行けば良いな)


 人から見ればきっと何気ない日常なのだろうけれど。
 比日常的生活を今まで送ってきた自分たちだから。

 この日常的な生活が愛おしい。


「さて、俺も学校行くかな」


 哀の姿が完全に見えなくなると自分も学校へ向かって歩き出した。
 幸せそうな微笑みを浮かべて。












END.


友人A「快斗君がママに見える…。」の発言より書かれた話(笑)
いや、余りにも甲斐甲斐しく世話焼いてるからねえ。
そんな風に新一を甘やかす快斗君が好きなのですがVv



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