逢いたくても中々逢えなくて

 それは職業柄仕方ないと言えば仕方なくて

 でも、どうしても一目逢いたい思ったんだ

 それには今日は丁度いい日


 だから…今宵貴方を攫いに伺います












――架かる事のない星の橋と架けられた運命の橋――













 
 
星々の輝く橋が架かる日

貴方に恋焦がれる彦星が

星々力を借り、貴方に逢いに伺います






 こんな予告上が新一の下へ届いたのはつい先日。
 そして今日はその予告日。

 そのカードと、窓の外に広がる空を見比べて新一はリビングで一人苦笑を浮かべた。


「星々の輝く橋、ねえ…」


 広がる空の色に少しだけ呟いてみる。

 視界の先に広がっているのは厚い雨雲の灰色。
 この分だときっと今宵は星の橋が架かるのは期待出来ないだろう。


「さあ…どうする?」


 クスッと笑った新一はとてもとても楽しそうだった。















「はあ…」


 学校からの帰り道、快斗は一人溜息を吐いていた。

 その視界の先に広がっているのは厚く広がる雨雲。
 この分だときっと綺麗な星空は期待出来ない。


「何でこういう日に限って曇るかなあ…」


 グチグチと愚痴ってみたところで天候が変わる訳ではないのだが、それでも口を吐いて出る愚痴は止まらない。


「折角名探偵に予告状出したのに…」


 きゅっと形の良い眉を寄せ、一人不機嫌になる。

 折角折角口実の良いイベントを見つけて。
 折角折角ロマンティックに演出しようと思っていたのに。

 天候に邪魔されるなんて、何だかとっても癪だ。


「ムカツク…」


 天候なんてどうしようもないのは解っている。
 けれど、星が見えない七夕なんて様にならない。


「ったく…星が見えないなんてはんそ………」


 『反則』そう言おうとした所で快斗はふとある事に気付いた。


「そうか…『反則』を使えばいいのか…」


 何かを思い付いたらしい快斗の口元には、とてもとても楽しそうな笑みが浮かんでいた。




















 ――コンコン


「ん?」


 夏とはいえ流石に電気をつけなくてはそろそろ文字を追うのにも苦労する暗さになってきた頃、窓ガラスを軽く叩く音が聞こえた。
 その音に新一は少しだけ口の端を持ち上げ、そっと窓へと近付く。


「こんばんは。名探偵」


 窓を境に自分と同じ距離まで近付いてくれた探偵に怪盗は優雅に一礼してみせる。


「随分と早いんじゃないか? 怪盗さん?」


 クスッと笑う新一に、キッドはにっこりと極上の笑みを浮かべた。


「早く貴方にお逢いしたくて」


 甘い甘い睦言。
 今日ぐらいいいだろ?


「ったく…相変わらず気障な奴…」


 そっけなく言われた言葉と、そっぽを向いてしまう彼の何時もの行動。
 けれどその頬が若干色付いているのをキッドが見逃す筈がない。


「お嫌いですか? 気障な怪盗は」
「別に嫌いじゃねえけど…」


 だから、可愛い彼だから、からかいたくなるのは当然の事。


「嫌いでないのならどう思って下さっているのです?」
「………」


 唇をキュッと固く結び、黙ってしまった新一にキッドはクスッと笑う。
 まったく、何時だって素直じゃないのだからこの人は。


「名探偵?」


 名前を呼ぶ事で先を諭せば、綺麗な綺麗な蒼がキッドの藍を捕らえる。


「……それより、今日は何の用だよ」


 少しだけ揺れた蒼。
 その後に続けられたのは解答ではなく、キッドへの問いかけ。

 まったく、何時だってそうやって話を逸らすのがお上手なのだ。
 この目の前の探偵殿は。


「予告状に書いてあった筈ですが?」

 貴方に逢いに伺うと書いておいたでしょう?

「それにしちゃぁ予告状通り、じゃねえんじゃねえか? 気障な怪盗さん?」

 どうやら『星々の力』は借りられなかったみたいだしな。


 先程までの可愛らしさはどこへやら、目の前の探偵は不敵な笑みを口元に浮かべて腕組みまでプラスして下さっている。
 けれどそんな皮肉も怪盗には通じない。


「それならこれから架けますから大丈夫ですよv」


 にっこりと微笑んだキッドの答えが意外な物だったのか、新一はぱちぱちとその蒼い瞳を瞬かせた。


「これから…架ける……?」


 数度瞬きを繰り返して、更に首を傾げるというオプションまで付けて下さった新一にキッドは笑みを深める。


「ええ、そうですよ。これから星々の世界へ名探偵をお招きします」


 優雅に再度一礼した怪盗。
 その洗練された動作に探偵が目を奪われていた次の瞬間―――。



「これ……」



 ――突然部屋の中が星々の輝きで満たされた。



「お気に召して頂けましたか?」


 次いで感じたのは暖かな温もり。
 それはクーラーの風でいつの間にか冷えてしまっていた身体には酷く心地良い。


「お前何時の間に入ってきたんだよ…」


 ふんわりと後ろから抱きしめられていて。
 先程まで窓の外に居た筈の相手を新一は肩越しに睨み付けた。


「それは企業秘密ですv」

 それに言ったでしょう? 星々の力を借りて貴方にお逢いしに伺うと。


 部屋の中一杯に綺麗に投影された星々。
 その隙にいつの間にか抱き締められていた身体。

 人工であるとはいってもそれは確かにに星空の下で。
 『星々の力』を借りているのは間違いないのかもしれないが…。


「…ったく、ほんと気障な奴……」


 ボソッと、嫌そうに呟いた新一にキッドは笑みを深める。
 だって、嫌そうに言ってはいても彼の頬は先程よりもずっとずっと赤く色付いているのだから。


「いいでしょう? 今日というこの日ぐらいは」


 一年に一度、今日というこの日にだけに逢う事を許される織姫と彦星。
 その日ぐらい思いっきり気障な事をしても罰はあたらない筈だ。


「別に…悪かねえけど…」


 素直に言葉を紡ぐ事が出来ない新一。
 それを解っているからキッドはぎゅっと探偵を抱き締める。

 本当はこういうロマンティックなのが実は好きな事だとか。
 恥ずかしがり屋で思った事を素直に口に出来ない所だとか。

 何度か逢瀬を重ねる内に本当の彼を一つずつ見つけていって。
 逢う度に好きになる。

 だから今日は少しだけ…ステップアップ。

 いいだろう? 今日というこんな特別な日なんだからさ?



「名探偵」
「なっ…!」



 耳元に低く甘い囁きを落とせば、更に頬を赤く色付けた新一は焦った様に腕の中から逃げようとする。
 けれど、キッドの逞しい腕に阻まれてそれもままならない。
 逃げようとしている彼を腕の中に閉じ込めて、更に新一の身体を自分の方へ向かせて。
 暫く抱き締めていれば、諦めたのか背に回された彼の腕に満足して。
 彼の蒼に自分の藍を映しこんで、キッドはそっとそっと囁く。










「愛していますよ。私の名探偵」

「キッ…ド……」










 余りに突然の告白に新一は瞳を瞬かせる。
 揺れる蒼。
 それを優しく見詰める藍。

 輝く人工の星々の下二人の間に静かな時間が流れる。

 怪盗の藍を見詰めたまま、口を開きかけては閉じ、また開きかけては閉じる、という事を2、3度繰り返した新一は怪盗の藍から逃げる様に俯いてしまった。
 その様子に、流石のキッドも内心で焦る。



(俺…何かまずい事言った…?)



 彼が自分の事を好いてくれている事はこれまでの逢瀬で解っていた。
 だから、だから機会を作って、ちゃんとした形で告白しようと思っていたのに…。



(やっぱ…犯罪者じゃ無理だったのかな…)



 幾ら好意を寄せられていても、自分は所詮犯罪者。
 『探偵』であるこの人には自分は相応しくないのだろう。

 そう思ったところで、キッドの口元に自嘲気味な笑みが浮かぶ。
 やっぱり無理だったか、そう諦めて新一を離しかけたその時―――。








 ―――ぎゅ。








「えっ…?」


 ―――背に回されていた手に力が籠められた。
 それに戸惑っていれば次いで聞こえた言葉。


「勝手に離すなよ…」


 それは小さな小さな呟き。
 けれど、新一の言葉としては異例の素直な言葉。
 その言葉に、そして新一の瞳に浮かんでいる涙にキッドは息を呑んだ。

 どうして泣かせてしまうんだろう。
 彼には、何時も笑顔でいて欲しいのに。
 彼の瞳を曇らせたくはないのに。

 だから、どうして…、そう尋ねたくて口を開きかけたのだが…。


「名探…」
「大体こんな日にそんな事言うんじゃねえよ!」


 返って来たのは少しだけ涙声の新一の叫びだった。
 突然声を荒げた新一にキッドは得意のポーカーフェイスも忘れて一瞬唖然としてしまう。


「こんな日って…」
「今日は七夕だろ!だから…何でこんな日に言うんだよ……」


 言いながら、また俯いてしまった新一。
 その言葉を頭の中で2、3度反芻してからキッドは漸く新一の言わんとしていた意味に気付いた。


 今日は七夕で。
 年に一度織姫と彦星が出会える日で。

 だから…その日が過ぎたらまた逢えなくなると思ってしまったのだろうか…?


 そこまで考えて、キッドは思わずクスッと小さく笑ってしまった。
 その声に顔を上げた新一はムッとした表情を浮かべる。


「何で笑うんだよ!」
「すみません。余りにも名探偵が可愛らしかったもので」
「何だよ可愛いって!!」


 余計にムッとなって、彼の綺麗な眉が寄ってもそれはキッドにとって笑みを深める物にしかならない。


「ねえ名探偵。私は今日だけ貴方の傍に居たい訳ではありませんよ?」


 笑みを深めながら、それでも彼の不安を払拭する様に真剣な眼差しで。
 新一を見詰めながらキッドは続ける。


「貴方が好きだから、だからこそ今日貴方に気持ちをお伝えしたんです」


 例え『探偵』と『怪盗』という柵によって、かの伝説の様に引き裂かれる事になったとしても。
 きっと自分は橋が架かるまで待ったりしないから。
 橋が架からないのなら、きっと泳いででも君の下へ行くから。
 決して、可愛そうな織姫の様に一人にしたりはしないと約束するから。


 ―――だから…だからこの一時だけでなく、これからも側に居て頂けませんか?



「………」



 再び揺れる蒼と彼が黙ってしまった事にキッドは不安を覚える。

 何か言い足りなかっただろうか?
 それとも逆に何か言い過ぎてしまっただろうか?

 そんな思いが頭の中で交錯する。

 けれど、自分の気持ちは全て彼に告白した。
 これ以上言える事など何もない。

 だから、キッドは静かに黙って新一の答えを待った。




 



 どれ位の時間が流れたのだろう。
 キッドにとっては1秒が1分、1時間にも感じられ、その時間が少しだけ苦しい物になってきた頃、


「………かよ…」


 小さな小さな呟きがキッドの耳に届いた。


「えっ…?」


 けれど、少しだけ意識が飛んでいた事と、その呟きが余りに小さ過ぎた為全ての言葉を聞く事が出来なかった。
 それが解ったのか、新一はもう一度口を開いた。


「ほんとにずっと傍にいるのかよ…」


 本当にずっとずっと傍に居てくれるのか。
 『探偵』である自分はきっと『怪盗』である彼にとっては邪魔な存在にしかならない筈なのに。
 それでもずっと傍に居てくれる?


 言外にそう語る新一にキッドはこれ以上ない柔らかな笑みを浮かべた。


「ええ。貴方が望むなら何時までもお傍に…」

 その代わり、貴方が死ぬまで…いえ、死んでも離しませんので覚悟して下さいね?

「………だったら一生傍に居ろ」

 死んだって離してやらないからお前こそ覚悟しろよ?




 余りに熱烈なその告白に、怪盗は眩暈を覚えたのだった。










 七夕の日に結ばれた織姫と彦星。
 その二つの星は伝説の様に離れる事無く、今日も明日もそのまた先も、ずっとずっと傍に居る事を誓い合った。








END.

1日遅れで七夕記念v(爆)
今回は「あくまでも可愛い新一さんで!(笑)」が目標だったんですが…最後は何故か男前?(笑)
男前な新一さんにキッド様もクラリv

ちなみに…快斗君考案の反則技は『ミニプラネタリウム(快斗君改良版)』なのでした♪


コチラは密やか(?)に7月一杯フリーとなっております。
お持ち帰りしてやっても良いと仰る奇特な方!是非是非嫁に貰ってやって下さいませv
その際、ご連絡頂ければ小躍りして遊びに伺います♪


フリー期間終了いたしました。お嫁に貰って下さった方々、有り難う御座いました♪



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