ああ、全く何て日かしら


 大切な人と

 大切な彼らと


 一緒に居られる事を

 願ってしまったなんて…








籠から出た蒼い鳥[epilogue]〜









「んっ……」


 ゆっくりと意識が浮上してくる。
 ゆっくり、ふわふわと…。

 ゆっくりと目を開ける。
 一番最初に視界に入ったのは天井の白。
 次いで目に入ったのは心配そうに覗き込む蒼と藍。


「灰原…大丈夫か?」


 心配そうな顔をしたままそう問いかけてくる新一。


「哀ちゃん…大丈夫?」


 同じ様に心配そうに自分を覗き込んでくる快斗。

 同じ様に。
 同じ顔で。
 そう、まるで分裂したかのように同じ空気を纏って居る二人。

 こんな時は思う。
 彼らは似ているのだと。

 姿形だけでない、『空気』が同じ人達なのだと。


「ええ。大丈夫よ…」


 そう言って身体を起こそうとする。
 すると慌てて、その身体をベットへと戻される。
 しかも、二人に同時に。


「ダメ! もうちょっと寝てなきゃ!」
「安静にしてろよ!」


 物言いは違うけれど。
 二人とも心配してくれているのが分かる。


「………ありがとう」


 それが分かるから。
 だからいつものような冷たい言葉ではなく、素直に感謝を伝える。


「うん。あ、哀ちゃん喉とか渇いてない…?」
「そうね…少し…」
「じゃあ、今何か飲み物持ってくるから待っててね?」


 パタパタと。
 慌てて部屋を出て行った彼を見送って、哀は傍らの新一を見詰める。


「工藤君」
「ん?」
「ありがとう…今日彼を連れて来てくれて」


 やっと謝る事が出来た。
 彼に自己満足で告げてしまった『真実』という名を語っただけの『事実』

 それを伝えてしまった事を。
 彼に酷い事を言わせてしまった事を。
 ずっとずっと謝りたかったから…。


「いいんだよ。あいつが来たがったんだから」
「黒羽君が? 私はてっきりあなたが連れてきたんだと…」
「ちげーよ。アイツがお前に謝りたいって言ってたから連れてきたんだ」


 その言葉に少し驚愕して。
 でも、彼だからと納得する。

 本当に優しい人だから。


「本当に良い人ね…」
「ああ。アイツは良い奴だよ。ホント…」
「そうね、何たって……」
「俺等の傍に居られるんだから…だろ?」


 そう言って新一は笑う。
 哀の言う筈だった言葉を紡いで。


「ええ。本当に」


 哀も新一とクスッと一緒に笑った所で新一の視線が一点に釘付けになった。


「灰、原……お前………」
「何? 急に……」


 急に哀の口元をじっと見詰めてくる新一を哀は訝しげに見返す。


「一体何なの…?」
「………」


 哀の疑問に新一は何も言わずに立ち上がった。
 そして、手近にあった手鏡を取ると何も言わず哀に渡した。


「コレ……」


 目の前に映し出された事実に驚愕して。
 その映し出された物体にそっと手を触れる。

 白くて長い犬歯。
 彼が今日見せてくれたのと同じモノ。


「どうやら、本当になっちまったみたいだな。俺の『眷族』に…」
「あら。貴方の眷族なら大歓迎よ?」


 苦々しげに言い放った新一に哀は笑って見せる。


「少なくとも黒羽君の眷族になるよりはずっといいわ」
「ったく、相変わらずだな。おめーも。あんまりアイツで遊ぶなよ?」


 一変してクスクスと笑いを零す新一に哀は少しだけ意地悪をしてやる。


「あら、いいじゃない。貴方だけのモノじゃないんだから」
「駄目だ。アイツは俺のだから」


 全く。本当にバカップルなんだから…。
 そう言う代わりに溜息を吐いた。
 勿論見せ掛けだけの。

 彼はいつだって本心を彼には隠してしまうから。
 だから偶には言わせたっていいじゃない?


「全く…本人にそう言ってあげればいいのに…」
「言ったらアイツ調子に乗るだろうが…」
「あら、そんなに余裕綽々で居ると……他の誰かに取られても知らないわよ?」
「なっ…! お前何言って…」
「私も黒羽君の事気に入ってるんだから」
「は、灰原…!?」


 思いっきり目を見開いてこちらを見詰めてくる新一に哀はにこやかに笑って見せる。


「貴方が余り邪険に扱うようなら私が黒羽君は貰うわよ?」
「!?」


 哀の発言に新一は驚愕して、それでも何とか口を開こうとした時、





 ―――ガチャッ





 とても良い(…)タイミングで扉が開いた。



「あーいちゃん♪ 飲み物持ってきたよ………って、あれ? 何で新一君はそんなに怖い顔してるの?」



 トレーに哀用のマグカップと、しっかり新一用のマグカップまで乗せてきた快斗はそう言って首を傾げる。
 その様子に哀は快斗へにこやかに微笑んでやる。


「何でもないのよ。唯、私も貴方の事が好きだって言っただけだから」
「え、ええっ?!」


 いつもなら、そんな言葉死んでも(…)言ってくれなそうなのに…。

 そう快斗が心の中で考えてしまってもおかしくはないだろう。
 いつも哀にはからかわれて、皮肉を言われてばかりなのだから。

 でも、その辺りは伊達に怪盗紳士なんてやっていない。
 持ってきたトレーをとりあえずテーブルの上に置いて。
 気配さえも裏のモノへ変え快斗は哀の傍へ行くと、その小さな手を恭しく取って、そっと口付ける。


「美しいお嬢さんにそう言って頂けるのでしたら、光栄の極み…」
「あら。私も素敵な怪盗さんにそう言ってもらえる資格があるのかしら?」
「勿論です。貴方は素敵なレディーですから」
「相変わらず口がお上手ね」


 目と目を見詰め合ったままそんな事を言う二人。
 それを見詰めていて一番面白くないのが新一だった。


「……そんなに灰原がいいのかよ……」

「えっ…?」


 その言葉に快斗が新一の方を向けば、其処にはむうっと頬を膨らませた新一の姿。


「め、めいたんて…」
「そんなに灰原がいいなら灰原と付き合えばいいだろ!」
「あ、あのぉ……」


 新一はすっかりご立腹らしい。
 何やら突拍子もない事を言って、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


「あらあら…私を間に挟んで夫婦喧嘩なんて止めて欲しいのだけれど?」


 哀としても、そこまで顕著に反応してくれるなんて思っても居なかったからこの新一の態度には苦笑しか出てこない。
 新一は哀が寝ているベットの左側でイスに座っていて。
 快斗は哀が寝ているベットの右側で自分の手を握ったまま傅いたままで。

 間に挟まれているのは何だかとても微妙だった。


「哀ちゃん…新一に何言ったの?」


 そんな様子から悟ったのだろう。
 気配を元に戻した快斗が哀の耳元にこっそりそう囁いた。


「『貴方が余り邪険に扱うなら、黒羽君は私が貰うわよ』って言ったの」
「………哀ちゃん………」
「あら、そんな目で見ないで欲しいわね。折角やきもちを焼く工藤君を見せてあげたんだから」


 もう、全く…。
 そう言いたそうな快斗の視線を哀はその一言でかわしてやる。

 そうすれば途端に快斗の口から苦笑が漏れた。


「相変わらずだね。哀ちゃんは」


 それだけ言って快斗は立ち上がると、ベットを回って反対側の新一のもとへ辿り着いた。
 快斗がすぐ隣まで来ても一向に目を合わせようとしない事に苦笑して、快斗はぎゅっと新一を抱き締めた。


「離せよ…」
「イヤ」
「イヤじゃねえ! 離せって言って…」
「嫌だ。世界で一番大切な人を離せる訳ないでしょ?」
「………」


 そんな風に言われて。
 それでも虚勢を張れる程、新一も強くはなくて…。
 結局惚れた弱みなのかもしれないけれど。


「哀ちゃんの事は本当に大切に思ってるよ。だって俺達の大切な理解者だし、何より新一の大切な人だろ?」
「……それはそうだけど……」
「哀ちゃんの事は好き。新一の事は愛してる。この意味分かるよね?」
「んっ…」


 こくんと素直に頷いた新一に満足して。
 快斗はぎゅーっと新一を抱き締めた。


「安心して。俺は新一を見るので大忙しで、他の人見てる余裕なんてないんだから」
「ん…」


 こくんともう一度頷いて。
 背に回してくれた手が嬉しくて。

 もう一度その存在を確めるかのように快斗は思いっきりぎゅーっと新一を抱き締めた。


「全く…いつまで経ってもバカップルなのね…」


 すっかりあてられてしまった哀は甘々バカップルを見詰めて溜息を吐くばかり。


「こんな状態を私はずっと見ていかなきゃいけないみたいね…」


 はぁ…と溜息混じりに紡がれた言葉にいち早く反応したのは快斗。


「えっ…?哀ちゃん、それって…」
「貴方と一緒よ。私も人でなくなってしまったみたいだから…」


 そう言って哀は少しだけ唇を開いて見せた。
 見え隠れするのは鋭く長い犬歯。


「あっ…」
「まあ、貴方達と同じ様になったのかは私の血も調べてみなければ分からないけれど…」


 眷族なのだから。
 もしかしたら彼らと同等には生きられないかもしれない。

 それでも悪くはない。
 少なくともきっと、一緒に居られる時間は延びたのだから…。


「哀、ちゃん…」
「そんな顔しないで。私がコレを望んだんだから」


 ずっと一緒に居たいと願った。
 彼らと。

 幸せになれと言ってくれた彼と。
 同志だと言ってくれた彼と。

 一緒に『幸福しあわせ』になりたいと願った。

 例え人でなくなろうと。
 それはそれで幸せな気がした。


「灰原…」


 そこまで言って、快斗の胸に顔を埋めたままだった新一が顔を上げ哀を見詰めた。
 その顔に色濃く浮かんでいたのは、哀を労わるような心配そうな表情。


「いいのよ、工藤君。それに……」
「?」
「例え悠久の時を生きる事になったとしても、貴方達を見ていたらきっと飽きないでしょうから」
「灰原!」
「哀、ちゃん…;」


 彼は少し怒って。
 彼は泣きそうな顔を浮かべて。

 ああ、似ていると思っていたけれど。
 やっぱり貴方達は違うのね。

 そんな当たり前のことを感じた。


「いいじゃない。私だって『幸せ』になっていいんでしょ?」




















 人里離れた森の中。
 ひっそりと立つ小さな白い家。

 そこに暮らすのは、ずっとずっと幸せなままの探偵と、魔法使いと、そして―――それを見守り続ける小さな科学者。





END.


漸く終わりました。気付けば2年かかってますね;
予定では違うラストな筈だったのですが……やはりハッピーエンドしか書けない管理人です(爆)
予定よりかなり、と言うか相当長くなってしまったお話しでありましたが少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。
最後までお付き合い有り難う御座いました。

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