何処で間違ってしまったのだろう

あの時別れたのは相手の為だったのに


何処で変わってしまったのだろう

あの時の関係は真実だったのに



想いはずっと…変わらなかったのに……










バロック7:終焉










―――バァン!


 ビルの最上階、『社長室』と書かれた扉を新一は思いっきり蹴破った。
 そこに居たのは…嘗て自分と戦った魔術師。
 けれど嘗てと違うのはその魔術師の衣が『純白』ではなく、『漆黒』になっている事。


「やっぱりお前だったのか…」


 蒼く澄んだ瞳を、嘗て見たモノとまったく変わらないソレを向ける新一にキッドは悠然と微笑んでみせた。


「ちゃんとヒントを読み解いて下さった様で嬉しいですよ。名探偵の『工藤新一』さん」


 信じたくなかった。目の前の現実を。
 初めてだった。真実から目を背けたいと思ったのは。
 けれど、探偵としてそこから目を背ける訳にはいかなかった。


「どうしてだ…?」


 それが新一にとっての最大の謎。

 組織は彼の父親を殺した。
 組織は彼を狙った。
 彼は組織を潰す事を願っていた。

 だからこそ彼と手を組んだ。
 だからこそ彼と組織を潰した。

 なのにどうして…どうしてその彼が今この組織のトップとして活動している……?


「解らないでしょうね、貴方には」
「どういう意味だ?」
「そのままですよ。綺麗なままの貴方にはきっと一生解らない」


 新一の問いにそう呟いたキッドの瞳は嘗て新一が見たそれとは大きく異なっていた。
 澄み切っていた筈の『藍』は今では深く沈んだ色へと変わり、嘗て持っていた筈の澄んだ冷涼な気配は、今では裏に身を置き続けた人間の纏う闇を伴っていた。
 それらは新一へ確実にキッドが裏の世界に染まりきった事を教えていた。


「俺は…綺麗なままな訳じゃない」
「ええ、知っていますよ。私もその片棒を担いだ人間ですから」
「なら何で…」
「単純な事ですよ。貴方はその手を穢してもなお光の中へ帰る事が出来た。でも、私は違った」


 伝える必要は無い。
 何の為に歪んだのか。

 見せる必要は無い。
 壊れかけた心の中に仕舞い込んだ、唯一つの小さな宝石は。


「お前は俺のせいだと言いたいのか?」

 俺だけが元の生活に戻れた。だからこんな事をしたと言うのか?

「いえ。貴方のせいではありませんよ」

 私が戻れなかった。それだけです。


 貴方だけが全てだった。
 貴方だけが自分の中の光だった。

 けれど、その光は光らしく元あるべき場所へと還って行った。

 それは自分にとって光がない闇の中に突き落とされたと同じ事。
 だからこそ逆に自ら闇の中へ堕ちて行った。


「それに…もし仮に貴方のせいだと私が言ったところで、貴方はどうなさるおつもりなんです?」

 責任を取って此処で死んでくれますか?それとも責任を取って私を捕まえますか?

「………」


 だけど叶うなら、少しでもいいから自分に執着を持って欲しかった。
 『泥棒』では見向きもされない。
 『シャーロック・ホームズ』に振り向いてもらうには『モリアーティー教授』にならなければならなかった。
 だから、その為にうってつけだったこの組織を使わせてもらっただけ。


「責任か…」


 その言葉を呟いた瞬間、澄み切っていた筈の『蒼』が目の前の『藍』と同じ翳りを見せる。
 それは明らかに闇に身を浸した人間が持つ己自身の闇。
 そしてそれは……新一がキッドがこの組織をもう一度復活させた訳を悟った事を意味していた。


「取って欲しいなら取ってやるよ」


 口元に浮かんだ笑みは歪んだ造形を形作る。
 構えられたのは拳銃。
 この日本では携帯を許されない筈のそれを持っている訳は聞かずとも、キッドには解りきっている事。















「責任取って…お前を殺してやるよ。キッド…」















 言葉と共に放たれた銃弾。
 それを両手を開き招き入れた魔術師。

 その銃弾は迷う事無く魔術師の胸へと吸い込まれていった。








「これで満足か?」

「ええ…」








 魔術師の崩れ落ちた身体を探偵が支える。
 そしてそっと抱きかかえる様に、彼を床へと横たえた。


「悪かったな。長い間放っといて」
「本当ですよ。どれだけ待ったと思ってんです?」
「ほんとに悪かった」


 最後の一時。
 交わす言葉は嘗ての関係に戻った時の様なモノで。


「…ずっと待ってたんですよ」


 長い長い時すら彼方へと押しやり、あの時のままの想いで相手を見詰められる。


「ああ、そうだろうな。あれだけの事してくれたんだから」


 それは僅かな間の幸福。


「埋め合わせは……あっちでして貰いますからね…?」
「ああ」
「それでは…先にあの世でお待ちしていますよ。めい…たんて………」
「………」


 事切れたキッドを新一はそっと抱き締める。
 それは静かな、一人だけの弔い。



 想いは溢れた。
 言葉はもう無い。

 それでもこの胸に残る温かいものは何なのだろう?

 けれど、それももうどうでも良かった。
 唯自分に今出来る事は…。




「直ぐ行くから待ってろよ…」




 その日、組織のビルの最上階からは一つの銃声と…そしてもう一つの銃声が響き渡った。










end.


最後までお付き合い頂きまして有り難う御座いました。
久々にどっぷり(?)暗めのお話しは如何でしたでしょうか?
反響は怖いですが…宜しければ感想など教えて下さいませ☆

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