これは夢か
これは泡沫の幻か
全てが幻の様で
全てが現実離れしていて
抱き締めていても
抱き締められていても
彼が此処に居るのだという実感は湧かなかった
夢現
何時目が覚めるのか怖くて仕方ない。
何時この夢が覚めるか不安で仕方ない。
彼の腕に抱かれるたび、そればかり考える。
怖くて恐くて仕方が無い。
今の幸せよりも、彼が居なくなるであろう未来の方がより現実味に溢れている。
「新一?」
腕の中ぎゅっと彼の背中の布を掴んだ新一に快斗は不思議そうな顔をする。
「どうかした?」
「……何でもない」
何時もそうだ。
怖くて恐くて仕方が無い。
明日の確証なんか何処にも無い。
「何でもない、って顔はしてないけど?」
「………」
優しく、諭す様に快斗にそう言われても新一は何と言って言いか解らずに快斗の胸に顔を深く埋めるだけ。
だってどうしたらいい?
怖くて仕方が無いと言ったところでどうやったって、何をしたって、確証が得られる訳じゃない。
それは新一だって解り切っている事だから。
「新一。何考えてるの?」
「………」
ぎゅ、っと快斗の洋服を握り締めていた新一の手に更に力が籠もる。
言葉に出来ない想いは、もどかしい気持ちは、伝える言葉を生み出してはくれないから。
「新一」
優しく優しく、甘くて蕩けてしまうのではないかと思うぐらい優しい声色で紡がれた自分の名前。
こんな時幸せだと思う。
こんな時怖いと思う。
この甘くとろける様な幸せが崩れ落ちた後を考えてしまったら………。
―――ぎゅっ。
「快、斗……」
快斗の笑顔が怖い。
快斗の優しさが怖い。
「新一」
ゆっくりと名前を呼んで抱き締めてくれる快斗の胸に顔を埋めながら快斗が居なくなってしまうという恐怖を追い払おうとする。
けれど、彼の温かさを感じる度、安心と共に不安がじわりじわりと心の内を侵食していく。
怖い。
恐い。
コワイ。
恐くて怖くて仕方が無い。
「新一。顔上げて」
優しく、ぎゅっと抱き締めていてくれた快斗がふいにそう言った。
その声に新一はゆっくりと顔を上げる。
「新一。俺の目見て?」
にっこりと微笑まれ、瞳を覗き込まれる。
静かな水面の様な青い蒼い瞳。
その穏やかさにちょっとだけ落ち着きを取り戻す。
「新一。大丈夫だよ」
ゆっくりと、落ち着かせる為に紡がれる言葉。
「大丈夫。俺は何処にも行かないよ」
紡がれるのは未来へと繋がる甘い罠。
「俺は新一の傍以外に居る場所なんてないんだから」
甘く甘く蕩ける程の睦言。
「―――俺は新一の為だけに存在してるんだよ?」
その言葉だけ信じて生けたらどれだけ幸せなのだろう。
きっと幸せ過ぎて目も眩みそうだ。
――どうしたらその言葉だけを信じて生きて行けるのだろう。
それは限りなく甘い夢。
それは限りなく甘い罠。
蜜の様に甘く、蜜の様に人を絡め取って行く。
気付けばきっとその蜜に溶かされ、我に返った時にはもう溶け切る一歩手前。
遅過ぎる覚醒にその時俺は泣くのだろうか。
遅過ぎる後悔にその時俺は叫ぶのだろうか。
もしも、その覚醒にその後悔に気付けても俺はきっと泣きも叫びもしないだろう。
きっと唯、何もかも見ない振りをして蜜の中に溶け出して行きたいと願うに違いない。