風に棚引くマント

 最初にそれを見た時

 その白い白い純白のマントが真っ白な羽根に見えたのだと言ったら

 お前は笑うだろうか?





―――白い天使が舞い降りた夜






 暗い暗い闇の中に佇むのは穢れ無き『純白』。
 罪の証の筈のその白は暗い闇の中で皮肉の様に神々しく輝いている。


「名探偵」


 どこか作り物めいたその光景に見蕩れていれば、その純白に呼びかけられる。
 それは作り物が息を吹き返した瞬間。


「んだよ…気付いてたのかよ…」
「当然でしょう? 私を誰だと思ってるんです?」
「気障な芸術家だろ?」


 貯水タンクの裏から出てきた小さな影が浮かべた不敵な笑みに怪盗もまた不適な笑みを返す。
 それは嘗てこの日この場所で見せたのと同じモノ。


「まだ根に持ってたんですか?」
「ばーろ。根に持ってなんかねえよ」


 そう言った探偵の顔が今まで対峙した時に垣間見てきた物よりも酷く幼く見えて。
 怪盗は自分が言った事が強ち的外れではなかったと笑みを深めた。

 コツコツと音を立てて近付いて来る探偵。
 それを唯黙って見詰める怪盗。

 それはこの場所での出逢いを再現するかの様。
 もっとも、あの日の立場は逆だったけれど。


「花火…用意してくれば良かったですね」


 クスッと笑った怪盗を見上げ探偵は極上の笑みを浮かべる。


「折角俺がお前を招いてやったのに邪魔を入れる気か?」


 その問いに怪盗は降参だと首を緩く振る。
 そう、今日の呼び出しは探偵から。



『偽りの姿で出逢った偽りの日 全ての始まりの地にて白い鳥を待つ』



 それは二人だけの甘い想い出への扉。


「でもまさか貴方からお呼び出し頂けるとは思いませんでしたよ」
「いいだろ…今日ぐらいは」


 今日という全てを嘘にしてもいい日ぐらい偽りの名の下に全てを曝け出してもいい。
 そう語った探偵の蒼い双眸を怪盗はじっと見詰める。


「何が聞きたいんです?」

 その為に今日というこの日を選んだのでしょう?

「察しがいい奴で助かるよ」


 探偵から怪盗に差し出されたのは一枚の真っ白なカード。
 何も記されていないそれを受け取って、怪盗はほんの少し眉を寄せた。


「これは?」


 表を見ても裏を見ても只の真っ白なカード。
 それは怪盗が指先で弾いてみても当然変わる事無く、只白く滑らかな面を怪盗に晒すだけ。


「What is your search thing?」


 怪盗の問いかけに対する探偵からの答えもまた問いかけ。
 けれどその言葉に怪盗ははっとした。


「A foolish woman…」


 呟きながら怪盗はそのカードを月へと翳す。
 月の光に反応して浮かび上がったのは………世界各国に散らばっているビックジュエルの情報。


「どうして…」


 怪盗の口から零れ落ちた言葉に探偵は薄く笑う。


「批評家の株を上げようと思ってな」
「名探偵…」


 怪盗はカードを翳していた右手を下ろし、視線を探偵へと戻す。
 その視線を探偵は唯静かに受け止める。


「いいだろう? 今日は全ての嘘が許される日なんだから」


 この場所でこうして逢っている事も。
 情報を何の見返りも無く提供した事も。
 彼の探し物を知っている事も。

 全て今日この時だけの嘘で幻。


「ですが…」


 探偵の言葉に怪盗の顔が僅かに曇る。


「何だよ」
「……貴方にまた要らぬ負担をかけてしまったと思いまして…」


 自分の事だけで精一杯な筈なのに。
 こんな情報よりも必要な物は幾らでもある筈なのに。


「いいんだよ」


 怪盗の気持ちなど全て見透かした上で、探偵は笑みを深める。


「お前にはさ…似合わねえんだよ。怪盗なんて」


 最初にお前を見た時確かに見えたんだ。
 真っ白な真っ白な鳥を見た時、その白いマントがまるで白い羽根に見えた。

 天使の持つ穢れ無き純白の翼に。


「だからさ…さっさと見つけて辞めちまえよ」


 天使は天使のあるべき姿に…闇の中でなく、光の中で生きられる様に。
 早く全てを終わらせて戻るべきなのだ。あるべき場所へと。

 探偵の言葉に怪盗は一瞬目を見張り、けれど次の瞬間口元に何時もの不適な笑み上らせた。


「名探偵も随分と夢見がちな事を仰る」

 訂正しますよ。先日言った「夢がない」という言葉は。

「誰かさんを見習っただけさ」


 クスッと笑い合う探偵と怪盗。
 辺りに漂う静寂から隔離されたかの様な空間の中、それはある種共犯者めいた笑みを帯びその声は再び静寂へと溶ける。


「名探偵」
「何だ?」


 次にその静寂を破ったのは怪盗。
 探偵への呼びかけと共に、パチっという音を立てて用済みになったカードが怪盗の手から消え去る。


「私が天使だとしたら貴方は何を望むのですか?」


 真っ直ぐに向けられる視線。
 向けられた一つだけの碧を二つの蒼はただ静かに受け止める。


「俺が望むのは…」
「望むのは?」


 偽りの姿から今すぐに解放される事?
 あの組織を潰す事?
 それとも、大切な大切な彼女の幸せ?

 けれどそのどれにも探偵は首を横に振る。

 求めるのは願うのは違う望みだと。


「それ以外に何があると仰るのです?」

 貴方にそれ以外、それ以上の望みがあるとは思えないのですが?

「………」


 押し黙ってしまった探偵を怪盗は見詰め続ける。
 逃げる事も、誤魔化す事も許さないという様に。

 探偵もまた、怪盗の真っ直ぐな視線を受け止め続ける。

 そしてたっぷりと自分を落ち着ける為の間を取ってから、再び口を開いた。



「俺が望むのは――――天使の幸せだよ」



 周りの人間を巻き込まない様に。
 周りの大切な人々には『幸せ』でいてもらい続ける為に。

 ただ一人その身を堕とした天使。

 それは余りにも美しく、そして余りにも悲しい自己犠牲。

 だから願うのは望むのは―――天使が再び日の光の下へと戻る事。


「名…探偵……」


 その言葉に怪盗は息を飲む。
 向けられた蒼は一点の曇りもなく透き通っている。

 だからこそ解る。

 その言葉が自分を利用する為の偽りの可能性を一パーセントも含んでいないのだと。


「だからさっさと見つけて辞めちまえよ」


 そんな真っ白な衣で。
 そんな透き通った瞳で。
 そんな綺麗な自己犠牲で自分を壊してしまわないで?


 それは『江戸川コナン』としての言葉でも、ましてや『名探偵』としての言葉でもなく。

 偽りの日に語られる探偵の『本音』。


 向けられ続ける蒼に、そして探偵の本音に怪盗は目を細める。
 そしてただ一言、


「…ありがとな」


 とだけ告げた。


 それは探偵の言葉に対しては短過ぎる一言。
 けれど、怪盗が探偵に見せた一言だけの自分の本性。

 しかし、探偵はそれだけで全てを終わらせてくれる程甘くはなかった。


「礼は全部に片がついたら言いに来いよ」
「――――っ!」


 均衡を崩した言葉。
 きっと一生ありえなかった筈の未来を提示して見せたのは意外にも探偵から。


「いいだろ? それぐらいの見返りは貰ったってさ」


 探偵の浮かべた微笑に怪盗は苦笑する。
 きっと一生この人には敵わない、と。


「解りました。全てが片付いた暁には…」

 ―――― 一番に貴方の元へ参りますよ、名探偵。

「それは楽しみだ」


 提示された未来は何時になるとも知れない約束。
 けれどそれはこれから何があったとしても支えになる確かな『希望』。


「その言葉、努々後悔なさいませんよう…」


 微笑と共にどこか芝居がかった声が聞こえた途端、探偵の視界は真っ白な羽に遮られた。
 暗い暗い闇の中見えるのは白、広がるのは純白。

 そしてその白から探偵が解放された時、もちろん怪盗の姿はそこには無かった。


「ったく…ほんと気障な奴…」


 辺りに無数に散らばった白い羽の中から探偵は一枚羽を拾い上げ、そっとそれを手で包み込んだ。


待ってるからな………快斗…


 最後に呟かれた言葉を聞いたのは空高く輝く青白い月だけ。






END.


と言う訳で、邂逅記念日おめでと〜vv←誰だよι
ずっと使いたかったマント=天使の羽根(?)ネタ。
漸く、漸く消費出来たよvv←一人で自己満足(爆)
最後の台詞のみ加筆の再録でしたがどうだったんだろう…?正直なくても良かったか?(核爆)
どうしてコナンさんがキッドの名前を知ってるのか…。
めっちゃ必死になって調べたのか、それとも本人が過去に語ったのか、はたまたひょんな事(どんな事だよι)から知ってしまったのか…。
それは皆様のご想像にお任せしますわv←人はそれを逃げと呼ぶ(爆)
とにかく、お楽しみ頂けたら幸いです。

そしてパソクラッシュ記念…じゃなかった、クラッシュでの更新停滞のお詫びにこれは密やかに4月一杯フリーとさせて頂きます。
その際、こちらに関してはBBS,またはメール等で必ずご連絡をお願い致します。


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