確かにそれは『恋』と呼ばれる種類のもので

 けれどそれが真実なのかと問われれば、戸惑う自分も間違いなく存在していた








 a vague love








 何度か逢瀬を重ねる内にだんだんとお互いに惹かれ合って。
 最初は『探偵』と『怪盗』なんていうスリルを共有し合う関係が、つり橋理論的にそう錯覚させているだけだと思っていたがそれもどうやら違うと解って。

 必然といえば必然の怪盗からの告白に頷き、世間一般で言われているような『恋人』という関係になった。

 相手は自分と渡り合える程頭が切れる奴だったし、性格も身体の相性も悪くなかった。
 言ってみれば『理想の恋人』の典型みたいな奴だったが、一つだけ自分の中で引っかかっている部分があった。


 それは相手が『犯罪者』であるという事。
 そしてそれは俺が未だにあいつに『愛してる』と言えない最大の理由。


 もちろん彼が父親の後を継いで探し物をしている事も、それによって今までどれだけ苦しんできたかも知っているからこそ新一もその手を取る事を決めた。
 けれど時に自分の中の『探偵』の部分がその事実から生じる矛盾に軋んだ音を立てる。


 自分は罪を白日の下へと暴き出す『探偵』
 その『探偵』である自分の恋人は国際的な『犯罪者』


 その矛盾に幾ら自問自答を繰り返しても決して出ることのない答えから目を逸らし続けたあやふやな心のままで今夜も俺はあいつのことを待っていた。








「今晩は。愛しの名探偵」
「今夜は随分と手間取ってたみてえじゃねえか」


 何時もの様に自分を抱き込んだKIDに不敵に笑ってそう言ってやれば降参の苦笑が返ってくる。


「相変わらずお人が悪いですね」

 私が手間取ってしまったのは貴方が今夜の警備に加わっていたからでしょう?

「お前はそういう俺が好みなんだろ?」

 加わったって言っても最後までは居なかったんだから手間取り過ぎだ。


 KIDの言葉に相変わらず表情を崩さない新一の、少し冷えてしまった身体をKIDはふわりとマントで包み込む。


「まったく…貴方には適いませんよ」

 ええ、本当に私好みの方ですよ貴方は。

「お前が俺に勝とうなんて百年早いんだよ」

 ま、お前もそれなりに俺好みだけどな。


 KIDの腕の中でそう言いながらその胸に顔を埋め安堵するのも何時もの事。
 本当はこの腕の温もりが恋しくて、逢えない夜は酷く寂しいのだという事は決して言ってやらない。

 それは自分の中で未だ完全に答えが出ていないせいもあるのかもしれないが。


「百年ですか…流石に私でも生きているか怪しいですね」
「月下の魔術師でも不可能があるって解って良かったじゃねえか」
「名探偵…私で遊んでらっしゃいませんか?」
「当たり前だろ。お前結構からかい甲斐あるからな」


 くすくすと笑みを零した新一に少しむくれるKIDの表情を眩しそうに新一は見詰める。
 そんな表情をするKIDを見る事が出来るのは自分だけの特権であるから。


「で、この後はどうすんだよ。俺んとこ来るのか?」

 それとも俺がお前の隠れ家に行くか?

「…どちらがお好みで?」
「任せる」


 唯一こう言える相手。
 自分が何かを任せる事の出来る人間。

 その関係が酷く心地良くて、時折こうして相手に選択権を譲る。


「では、今日は私の所へ」
「ああ」


 何時もの様にすぐさま返された答えに新一は満足そうに微笑んで、そしてやはり何時もの様に飛ぶ為のハングライダーを開こうとする彼の首へ回す為の手を伸ばす。



 ――ダァン!



 しかし、そこで鳴り響いたのは何時もとは違う乾いた銃声。


「名探偵!」
「……えっ…?」


 声と共に新一の身体は一瞬にして突き飛ばされ、明らかに自分を狙っていた筈の弾は目の前の白に吸い込まれていた。
 一瞬何が起きたのか解らなかった新一は白から伝う赤をただ呆然と見詰めて、そして目の前の現実を理解する。


「KID!」


 理解したのと同時に新一はKIDへと駆け寄った。
 けれど白かった筈の衣装は今はもう大分真っ赤に染め上げられていて、新一は唇を噛み締める。


 ――もう…助からない、と…。


 こんな時でも半ば無意識にそれが解ってしまう自分に吐き気すら覚える。

 それは認めたくない現実。
 けれど認めざるおえない事実。


「………どうやら今日は御一緒出来そうにありませんね…」


 そう言ってにっこりと笑ったままの彼の顔が余りにもその光景と似つかわしくなくて。
 まるで用意していたかの様なKIDの言葉に新一は彼が全てを把握していたのだと気付く。


「…お前解ってて……」

 俺を庇ったって言うのかよ…。


 最初からそこに狙撃者が居た事。
 そして新一を狙っていた事。

 それら全てを把握していなければ庇えなかった筈。


「…さあ、私には何の事だか解りかねますが?」


 息を呑んだ新一に平静を装い続けるKIDの身体を新一は思い切り抱き締めた。


「馬鹿…野郎……」
「名探偵…最後ぐらいもう少し甘い睦言は頂けないのですか…?」


 苦笑交じりに言われた言葉すら息も絶え絶えの状態から紡がれたもので。


「…喋るな」


 頼むからそれ以上喋ってくれるなと、少しでも長くこうしていたいからと思うのに、


「……そう仰らないで下さいよ。もう時間も少ないんですから」


 怪盗はなおも最後の言葉を残そうとする。

 そうまでして自分に言いたい事があるのかと…この温もり以上に大切なものがあるのかと。
 壊れそうになる心を抱いて、最後の言葉を聞く為に怪盗の瞳を覗き込む。


「…何だよ」

 聞いてやるから…聞いてやるからさっさと言え。


 泣かないように抑えていても自分でも涙声になっている自覚はあって、けれど優しい言葉の掛け方なんか知らなくて何時もと同じ様になってしまう。
 本当はもっと何か言いたいことはあるのに。


「……貴方を愛していました」


 怪盗の過去形の言葉に今度こそ新一の瞳からは一筋の透明な雫が零れ落ちる。


「…貴方が迷っているのも、貴方が悩んでいるのも全て知っていました。
 けれど私にはそれを突き詰める勇気はなかったんです。
 突き詰めて貴方がもし私から離れてしまったらと思うと恐かったから…。
 だからずっと知らない振りを続けて来ました」

 けれど…けれどもう時間がなさそうですから……最後に一言だけ聞かせてくれませんか?


 KIDの言葉にぽろぽろと涙を零しながら、新一はずっとずっと伝える事の出来なかった一言をKIDへ贈る。


「KID……俺もお前を愛してたよ」


 今まで伝えられなかった言葉は意外な程すんなりと新一の口から紡ぎ出された。
 そしてその一言にKIDはこれ以上ない程優しい笑みを浮かべて…瞳を静かに閉ざした。


「KID!!」


 目の前の受け入れ難い現実に新一は彼の名を叫んで。
 けれどその叫びに返って来るのはもはや夜の静寂のみ。

 それはKIDの死を痛切に新一へと伝えてくる。

 新一はその事実に涙を零しながら痛む胸を彼の血で濡れた手で押さえて、改めて彼を想う。


「――俺はお前を愛してたんだな…」





 彼が居なくなると解ったその瞬間
 曖昧だった『恋』は本当の『愛』へと変わった…。








END.


……最近浮かぶのが死にネタばかり(ぇ)←形にはならない物ばっかり
で、今回は珍しくKID様側。
何時もは新ちゃんだからね…ι
どうなんでしょう…?(反応が微妙に不安らしい)

ちなみにタイトルは『曖昧な恋』

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