とある怪盗から招待状と言う名の呼び出しを受けた探偵。
ひっそりと佇むビルの屋上にやって来た彼は、そのまま給水塔の影へと移動し息を吐く。

そしてそのまま、隠れるようにその場へと座り込んだ…







─夜の囁き─








 深夜1時。
 今だ眠らない街の明かりを眺めながら、白き衣を身に纏った怪盗が口を開く。

「この明かりの何処かに、求めている『真実』はあると思いますか?」

「…さあな」

 探偵の訪れから数分。
 ふわりと屋上に舞い降りた怪盗は、何の疑いも持たずいるであろう探偵へと声をかけた。


 …確認をするまでもない。

 自身の身を影へと隠している探偵は、その行動に反して気配を隠していないのだから…


「お前は、この中から『真実』を見つけたいのか…?」

 怪盗の言葉から感じたそれをそのまま尋ねた探偵。
 姿を隠したままの問いに、怪盗は街明かりへと視線を向けたまま苦笑する。

「いいえ…私の追い求める『真実』は、こんなちっぽけな中からでは見付からないでしょう」
「だったら、くだらない事聞いてくるんじゃねぇよ」
「…そうですね」

 探偵からの容赦ない言葉に、少々ばつの悪い表情を見せる怪盗。
 いつもは完璧なポーカーフェイスで表情を被い隠す怪盗だが、この探偵を前にしている時だけは感情を隠そうとはしない。

 もっとも、今の状態では隠そうが晒そうが、気配と雰囲気でしか判別は出来ないのだが…


 街の明かりを眺めたままの怪盗。
 その身を隠したままの探偵。

 2人の距離は保たれたまま、会話は続けられる。

「此処にお越し下さったと言う事は、覚えていて下さったのですね」
「予告状まで親切に届けてくれてたからな。どっかの怪盗さんは…」
「すみません。あの時の約束を忘れられていたら、流石にショックだったので」
「……忘れる訳ねぇだろ」

 何処かわざとらしく聞こえる怪盗の言い分に、探偵が怪訝な思いを隠そうとせず呟く。
 すると怪盗は嬉しいような辛いような…複雑な表情を浮かべた。
 しかしそれを探偵に悟られるような真似はせず、

「そう言って頂けると、少しは私も報われます」

と、返事を返した…。










 ──話は先週に遡る。

 いつものように予告状を出し、とある美術館での「仕事」を終えた怪盗は、いつものように宝石の確認をする為に予め決めていた中継地点へと降り立つ。
 そして、その場所には中継地点を割り出していた探偵が既に待ち構えていた。


「こんばんは、名探偵」

 音もなく自分の数メートル前へと降り立った怪盗に、探偵は不機嫌そうな表情を浮かべた。
 しかしそれだけで何も言わない彼に、内心で首を傾げながら怪盗は言葉を続ける。

「今日は警備の方には参加されていませんでしたよね?」

 そう問いかけても、探偵は口を開こうとはしない。
 いつもは憎まれ口ででも何かしらのリアクションを返してくれる探偵に、怪盗はいよいよ首を傾げた。

 探偵の表情は不機嫌であり──何処か怒っているようにも見える…。


「……キッド」


 そんな怪盗の様子に促されたのか、漸く探偵が口を開き怪盗の名を呼んだ。

「なんでしょう?」
「…ちょっと、こっち来い」

 顎を動かし、傍に来いと言う探偵。
 その探偵の言葉は今までになかった要求。
 今まで、お互いがお互いの領域を侵すことなく顔を合わせていた。
 暗黙の了解のように成立していたそれは、怪盗にとっては唯一の戒めで…


 ──近付いたら溢れ出してしまいそうになる、怪盗の心を押さえつける最後の距離。


 …それを探偵は、破れと言ってきた…


「何故ですか?」

 極力動揺を悟られないよう口調を装って尋ねた怪盗。
 しかし探偵は構う事無く、もう1度「こっちに来い」と呟く。

「今までお互いに距離を保っていたはずですよ?」
「…これからも保ってやるつもりだ」
「では何故?」
「今日だけ例外だ。良いから早く来い」

 怪盗の問いかけに今度は渋々ではあるが答えた探偵。
 それでも明確な答えや理由を口にする訳ではなく、最後にはやはり「来い」と言う。

「(困りましたね…)」

 普段ならば、応じても良いと思えるその言葉。
 しかし今日は…今は受け入れ難い探偵からの要求に、怪盗は顔には出さず思案する。
 そんな怪盗に焦れたのか、

「お前が来ないんなら、オレがそっちに行くぞ」

と、言うが早いか足を進めた。

 それに戸惑ったのは怪盗の方で…
 始めから数メートルしかなかった2人の間は、一瞬でその距離を埋めてしまう。
 そして埋まったと同時に、探偵は怪盗の右腕を掴んだ…。

「め、名探偵…っ」
「黙って腕見せろ!」

 慌てる怪盗に対し声を荒げる探偵。
 その声は怒っているようにも、焦っているようにも聞こえる。

「……やっぱりな…」

 捲り上げ晒された腕は赤く染まっている。

「………お気付きでしたか」

 怪盗の纏う白い衣には、血痕どころか汚れも傷もなかったと言うのに…


 ばれてしまった自分の怪我に、探偵の言い分を拒否する理由がなくなった怪盗は、そのまま大人しく探偵からの応急処置を受ける。
 持ってきていた簡易キットを慣れた手つきで扱いながら、探偵は怪盗の怪我に気付いた理由を話し出す。

「お前の特集が組まれてたんだよ、今日。で、犯行現場から飛び去るお前の姿をカメラが捕らえていた」
「…私が撃たれた処も…?」
「グライダーが不自然に揺らいだのは解った。あれは…弾を避けたんだろ?」
「ええ…、その通りです。それで、此処まで足を運ばれたのですか?」
「暗号は警視庁から依頼されて解読してたからな」

 幸い、怪盗の怪我は軽傷で、探偵の持っていた道具で事足りた。
 処置の終えた腕から手を離し、

「とりあえずそれで大丈夫だとは思うけど、ちゃんと治療しろよ?」

 そう言って簡易キットを片付けると、そのままの流れで怪盗から距離を置く。

「名探偵…?」
「悪かったな、無理矢理近付いて。…もう、均衡を破る真似はしねぇから」

 苦笑を浮かべて背を向けた探偵。
 最初に言った約束を守るように離れていくその背中に、怪盗は衝動的に手を伸ばし…探偵の腕を掴み引き寄せた。


「好きだ」

「──っ!」


 引き寄せられるままに怪盗の胸の中へと収まった探偵は、頭上から聞こえてきた声に息を飲む。
 同時に、驚きで認識出来ていなかった今の状況を把握し、身体に力が入る。
 それでも怪盗は探偵を離す事無く言葉を続ける。

「ずっと好きだった…、名探偵だけが」

 再び破られた均衡。
 怪盗から縮められた2人の距離はゼロなり…また生まれる。

「…数日後、また予告状を出します。その時、返事を聞かせて下さい」

 一方的に言い残し、怪盗は「治療、ありがとうございました」と飛び去っていく。
 1分にも満たない間に起こった様々な出来事に、探偵が困惑するのは当たり前で…



 …そして今日が、怪盗が言った予告状に記されていた、犯行日──









「直接届けなきゃ、オレが逃げるとでも思ったのか?」

 …随分と信用ねぇんだな。

「念の為にと思いまして。名探偵は普段から多忙な方ですから…」

 忙しすぎると、よく忘れてしまうでしょう?


 相変わらずの位置で会話を続ける探偵と怪盗。
 顔どころか姿さえ確認していない状態で、認識しているのはお互いの気配だけ。


 ……不意に訪れた沈黙。

 その後で、怪盗が本題に入る為の言葉を口にした…。



「──どうしても今日、貴方の中の『真実』が知りたかったものですから」



 街明かりを視野に入れたまま、意識は探偵へと集中する。
 そんな怪盗に気付いているのかいないのか…探偵は壁に寄りかかったまま天空を見上げる。

「…オレの中の『真実』、か…」

 吐息と共に吐き出された言葉。

「お前がこの前言った言葉は…お前の中の『真実』か?」
「…私を疑いになるのですか?」

 小さく尋ねた探偵の問いかけに、怪盗が切なげに言葉を紡ぐ。
 しかし探偵は問い返された内容に緩く首を振り、

「オレが疑う・疑わないじゃない。お前の言葉で、それが『真実』かどうか聞きたいんだ」

と、答えた。







【桜月様後書き】

【ああ、こんな処で終ってるよ(爆)】

 サイト正式オープン記念!
 アンケートで1位になった「K新で甘め」フリーSS………のはずです(撲殺)
 おっかしいなぁ; なんでこんな展開になってるンだろぉ(爆)

 とにかく、このお話は「until dawn」に続きます!


 ……これは果たして『甘め』なんだろうか…?←聞くなよ;



until dawn ─夜明けまで─

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