「そんなの知ってたよ」


 そう言ってアイツは爽やかに笑って見せた










――嘘と真実と甘い囁き――











 コーヒーは嫌い。
 苦いから。

 本は嫌い。
 夜読んでいると気持ちが沈むから。

 推理は嫌い。
 人を傷付けるから。

 探偵は嫌い。
 ――人の死に直面しなくてはならないから。




















「全部嘘なんだよ」


 夜、ソファーに座っていた快斗の横でそう口を開いた俺に快斗は首を傾げて見せた。


「全部嘘なんだ。俺という者を表現する物は全て嘘で作られた幻なんだ」


 それを綺麗に無視して俺は口を開き続ける。


「コーヒーなんて本当は好きじゃない。
 本だって、本当は好きじゃない。
 推理も、探偵も、本当は全部全部大嫌いなんだ」


 泣き言だと知っていた。全て。
 唯の戯言だと知っていた。全部。

 けれど、快斗は唯黙って俺を抱き寄せてくれた。


「全部嘘なんだ…」


 その温かさに何かが心の奥底からこみ上げてきて、泣きたくも無いのに一つ、また一つと透明な雫が零れていく。


「俺の全ては嘘で作られてるんだ…」


 ぽろぽろと零れ落ちる雫。
 そこで漸く快斗が口を開いた。








「そんなの知ってたよ。俺はそんな事とっくに知ってた」








 その言葉に驚いて顔を上げれば快斗は柔らかく微笑んでいた。


「俺がどうして朝新一のコーヒーにミルクを入れると思う?
 俺がどうして新一に夜遅くまで本を読むなって言うと思う?
 俺がどうして新一に夜の現場に来るなって言うと思う?」


 投げられた問い。
 答えなど分かりきっていた。


「俺は新一が新一自身が作り上げた自分に傷ついている事知ってたんだ。だけど、それをやめられないのも俺は知ってる」


 同じだから。
 快斗も新一も。

 『作り上げた筈の自分』に『本当の自分』が侵食されていく感覚を二人とも知っているから。


「俺は…」


 紡ごうとした言葉。
 全て『嘘』で作った俺など所詮『作り物』なのだと。
 だから作り物は――。


「いいんだよ。それ以上言わなくていい」


 紡ぎだそうとした言葉を封じるように腕に籠められた力。
 埋もる身体。
 それが心地良かった。


「いいんだよ。俺は新一だから好きになったんだ」


 不覚にも嗚咽が溢れた。
 その言葉に涙が止まらなくなった。










「新一。愛してる」










 ――ああ、彼は全て解っていてくれたんだ…。
















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